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第104話 荒れ狂う龍 4

Q:投稿時間が遅れた理由は?

A:風邪を引いてました

 その町は東北にある、ごく普通の田舎町だ。

 後山町のように、芦屋と土御門という退魔の名家があるわけでもなく、境界も皆無。稀に出現する魔物と言えば、脅威度ランクがE以下の小物だけ。

 故に、常駐している退魔師はさほど多くない。

 それも、平均的な力を持つ術師が数人程度という配置だ。

 これに関して、機関の判断は間違いではない。むしろ、妥当だ。何故ならば、世界を掌握しているに等しい機関と言えども、魔力を扱える人材には限りがある。例え、芦屋や土御門には大きく劣るとしても、戦闘向きの退魔師というのは存在しているだけでありがたい物なのだ。

 だからこそ、危険度が少ない土地には相応の人材を置いておく判断は間違いない。

 間違いがあるとすれば、それは在り方を大きく変えてしまった世界の方だ。


『どぉこだぁああああ?』

『ころしてやるぅううう』

『ひ、ひひひ、きってやるぅ、きってやるぅ』


 普段ならば、子供達が平和に帰路につくべき夕暮れ時に、魑魅魍魎が跋扈していた。

 和やかに街の住人が談笑していた公園は、既に、魔物たちによって占領されている。しかも、その魔物の姿は歪で奇怪だった。

 体の上半身が人のそれで、下半身は蜘蛛。

 さながら、神話のアラクネを連想させる姿であるが、違う。龍脈の統合により、そちらの側面も習合されているが、この場に現れた魔物たちの本質は違う。


『『『殺してやるぞ、朝廷の狗どもめ』』』


 声を揃えて、怨嗟を叫ぶ魔物たちの正体は、土蜘蛛だ。

 かつて、日本という国が違う名前で呼ばれていた、遥か昔の出来事。そういう化物の名前を付けられて、迫害され、侵略された『まつろわぬ民』達の怨念が異界へと影響を及ぼし、生まれ落ちたのが土蜘蛛という魔物だった。

 その存在理由は、復讐。

 朝廷に連なる者たちを全て根絶やしにすること。

 つまりは、現代日本に住まう人々を手あたり次第に殺す、という獰猛な魔物たちの群れが、そこにはあった。


『何故、我らだった?』

『貴様らに、何の正義がある?』

『ただ暮らしていただけだったのに』


 かつて、迫害を受け、殺された人間たちの怨嗟を再生して、土蜘蛛たちは殺戮を繰り返す。

 そこには知性も、意味もありはしない。

 過去に死んだ者たちのために殺しているのではなく、土蜘蛛はそういう『鳴き声』の魔物であり、知性無き魔物の一つに過ぎない。

 なので、彼らの殺し方は獣のそれだった。

 人の声が聞こえれば、そこにいる無辜の人間たちを縊り殺す。刺し殺す。齧って殺す。殺して、肉を食らう。肉を補充して、受肉するために殺す。そこに大儀などは無い。

 土蜘蛛たちはただ、そういう在り方の魔物であり、そういう形で顕現した、過去からの復讐なのだ。

 そう、無価値で無意味な殺戮と復讐。

 それこそが、土蜘蛛という魔物の本質だ。


「――――獄炎開花・白百合」


 従って、彼らが道草を狩るように……否、道草を焼き払うように滅却されたとしても、それは自業自得に過ぎない。

 問答無用に殺していたのだから、問答無用に殺されただけ。

 かくして、脅威度ランクBに満たない有象無象は、このように淘汰されていくのだった。



●●●



「ちっ、数が多い」


 土蜘蛛の群れを焼き払った時、既に、治明は百体以上の魔物を討伐していた。

 町全域が境界となった上に、国土全てにマナが満ちた所為か、魔物の大量発生は留まるところを知らない。偶然、担当区域外である、隣町を訪れていた治明とエルシアの助勢により、何とか一般人の被害は最小限に留められているが、それでもゼロではない。


「…………クソが。一体、何が起きてやがるんだよ?」


 治明は土蜘蛛が食い荒らした死体の痕跡を見下ろして、不愉快そうに悪態を吐く。

 老若男女問わず、死体が公園に転がっているという事態は明らかに異常だ。その上、この死体を放置すれば、それが魔術的な意味を持ち、新たな魔物を呼び出す原因となるのだから性質が悪い。

 故に、治明が炎で灰も残らず死体を焼き尽くしたのは正しい判断だ。

 例えその正しさに痛みを覚えさせたとしても、今の治明には、その痛みを抱えて強さに変えるだけの意思が存在する。


「いや、何が起こっていても関係ねぇな。そうだ、俺は退魔師だ。なら、やることは一つ」


 治明は腰に下げた刀を抜刀し、未だ、魔物の気配が収まらない方向を睨みつけた。

 魔力を十全に漲らせて、なおかつ、呼吸は静かに、凪ぐ水面の如く。

 己の内に居る妖狐は切り札として、まだ眠らせておいて。


「悉く焼き尽くしてやるぞ、魔物ども。ここは、俺たちの世界だ――退きやがれ」


 治明の殲滅戦が開始された。


「紫炎開場――――蜃気楼・刃」


 身体強化された治明の肉体は、大きく跳躍すると同時に、その姿を七つに増やす。

 もちろん、一つ以外の全ては幻術。されど、幻術でありながら、他者の精神を焼く、紫色の炎だ。加えて、大山との敗北で学んだ治明は、その幻に『現実の斬撃を一回分付与』させるという術を身に着けた。

 つまり、幻術という虚の中に、斬撃という実体の伴った攻撃を隠したのである。

 これにより、幻術を見破れない弱い魔物は、精神が燃え尽きて瞬く間に消え去り、幻術を見破る魔物が居たとしても、その幻覚に触れた瞬間、斬撃が発動して切り裂かることになった。

 真正面から対峙して、堂々と魔物を討伐するのが、今までの治明の戦闘スタイルだったのだが、幻覚という術を新たに覚えてことにより、少しずつ変化が生まれている。

 それが果たして、契約者である妖狐が望む通り、かつての陰陽師の影響なのか、それとも単なる成長なのか、今の治明には判別できない。

 ただ、それが少しでも多くの人々を救うため、魔物を焼き殺す役に立っているのならば、何も迷う必要が無いと考えていた。


「大方雑魚は焼き殺してやったが……さて、ここからは、有象無象とは違う奴らとの戦いになりそうだな」


 治明は十分も経たずに、町全域の魔物たちをあらかた焼き終わった。

 故に、残っているのは幻術を打ち破り、付与した斬撃を耐え抜くほどの強者たちである。治明の予測では、幻とはいえ魔物殺しの炎を耐えて、分身を消し去った魔物たちが少なくとも、六体は存在していた。

 そのどれもが、推定、脅威度ランクB上位だ。

 いつか戦った『刀食らいの鬼』と同等以上の力を有しているだろう。


「炎刀・柊」


 されど、治明の戦意は萎えたりなどしない。己の刀に白炎を纏わせて、警戒を維持したまま、強敵である魔物たちの下へ向かう。

 無謀な挑戦でも、己の力量を弁えない蛮勇でもなく、確かな勝機を伴った行動として。


「まず、一つ」


 事実、治明の刃は襲い掛かって来た魔物を、特に苦労することなく一刀両断する。

 雑魚ではない。少なくとも、治明の分身を消せるだけの力を持った魔物を、だ。

 そう、銃弾も刃も徹らないはずの鱗を持つ大蛇は、治明を一呑みしようと口を開けた時点で、あっさりその長身が両断されてしまったのだ。さながら、魚の身を開くように。


「二つ」


 次いで襲い掛かったのは、牛と巨大な蜘蛛が交じり合ったかのような魔物だ。牛鬼と呼ばれるそれは、治明から少し離れた路地から、毒の息を吐きかけようとして、その直前に真っ白な炎に巻かれて焼却される。


「これで、三つだ」


 さらには、治明が大蛇を切り殺した後の隙を狙っていた、小さな蟻の魔物を踏みつけ、焼き殺す。指先程度の大きさに反して、鋼鉄の柱すら切り倒す力を持った蟻の魔物は、その性能を発揮する前に、あっさりと治明によって対処されてしまった。

 曲がりなりにも、脅威度ランクがB上位である魔物が三体。しかも、十秒も経たずに処理されたという現実を知ると、治明を囲んでいた魔物たちは露骨に怯み始める。

 そう、治明はかつて苦戦した相手と同程度のランクの魔物ですら、あっさりと処理できるほどの強さを手に入れていた。

 身近な同僚である照子が、あっという間に自分を追い越して規格外へと変貌していく様を、治明は指を咥えて見ていた訳ではない。

 大山と戦い、己の無力さを噛みしめて。ミカンの修行を受けて。何度も、何度も、その身に魔神殺しの絶技を受けることによって、治明の力量は飛躍的に向上していた。


「…………魔物ども。来ないのなら、こちらから行かせてもらうぞ」


 息を整えて、治明が地面を蹴る。

 以前は、身体強化によって速度を重視した移動方法だったが、今は違う。さながら、地面の上を滑るように進み、速度としては『遅い』はずなのに、奇妙に『早い』という歩法を用いて、自らを取り囲む魔物たちへと迫っていく。


「そら、四つ」


 また一体、治明が振るった刃によって魔物が切り捨てられる。

 脅威度ランクB上位に値する存在が。

 並大抵の術者ならば、単独で打倒することは到底不可能な存在が。

 まるで道端の草を刈るように、あっさりと殺されていく様子は凄まじい物だろう。その上、魔力を過剰に消費しているわけでもなく、音速を超えた動きをしているわけでもない。

 ただ、治明は何千にも及ぶ、『魔神殺し』の骸骨に殺されることによって、その術理の一つを写し取ることに成功していたのだ。

 それが、『早打ち』である。

 速度としての攻撃ではなく、相手の意識の間隙を縫うように。相手が魔力を動かすよりも前に、いつの間にか剣を振るっている。相手が身構える間もなく、いつの間にか切り捨てている、そういう類の技術だった。

 そして、これは魔力による物ではない。治明の鍛錬による剣術であるが故に、魔物たちは気付けない。武術という鍛錬を必要としない魔物たちは、特に、ついさっき現世へ侵略に来たばかりの魔物では、魔力がどれだけ高くても無意味だ。強力な固有魔法があろうともその刃の前では障子程度の防御力も持たない。

 何故ならば、治明が扱う術式。魔物殺しの力を込めた白炎の刃は、かつて、最高位の鬼神の肉体すら切り裂いたのだから。

 脅威度ランクB程度の力では、治明の刃からは逃れられない。


「五つ……さて、逃げられると面倒だが、どうするか」


 だからこそ、今の治明によって、厄介なのは魔物たちが逃げに徹することだ。

 治明は幻術により、分身をすることができるが、その性能は本体に比べて著しく劣る。例え、斬撃付与を扱えるようになったとしても、治明の強さは単独戦闘にこそ発揮される。

 相方であるエルシアが居ないのも、そのためだ。エルシアは現在、この町に常駐していた術師と共に、住民たちの避難誘導に全力を注いでいる。治明の務めは、それを邪魔することなく、出来る限り多くの魔物を討ち滅ぼすこと。

 なので、相手が向かってくる分には治明としては大歓迎だ。逆に、脅威度ランクB以上の魔物が本気で逃げに徹すると、流石に捜索には多大な時間がかかってしまう。そう、今の治明にとって、魔物たちと戦うことよりも、魔物たちが逃げ出す方がよほど面倒なのだ。


「とりあえず、逃げる気配がありそうな奴を優先的に殺して…………いや、これは」


 治明が周囲の気配を探り、今後の方針を考えていたところで、ふと、背筋に悪寒が走る。

 かつて、大山と戦う時に感じていた物と同等の悪寒。生存本能と経験則から導き出される、死の予感が治明の肉体を無意識に動かした。

 そして、その無意識下での判断は正解だった。


 ――――――ヴァルヴァリィッ!!


 その轟音は、文字にすればこのような音だった。

 一瞬の閃光が治明の視界を白く染めたかと思うと、周囲に、空気が焼き切れるような音が響いたのである。

 雷鳴。

 龍脈が鳴動した音と似通っていた音だが、それよりも鮮明に。はっきりと。鼓膜が破れてしまいそうな音と共に、『それ』は到来した。


「がははははは! いいぞぉ! 我が『落雷』を防いだ奴は久しぶりだァ! まぁ、俺が降臨するのも数世紀ぶりなんだがなぁ!」


 豪快な笑い声と共に、治明が感知したのは、いつの間にか魔物たちが先ほどの雷によって消し飛んでいたということ。

 そして、自分がとっさの判断として、落ちてくる雷を焼き払ったという事実だった。

 相手の奇襲を防いだという点では、十分過ぎるほどの対応だ。だが、問題があるとすれば、治明の眼前に降り立った存在は、先ほどの落雷を『挨拶代わり』だと考えていることで。


「何者だ、テメェは?」


 治明は即座に意識を切り換えて、死闘の覚悟を決める。

 筋骨隆々で、長身の男がそこには居た。髪は金色。瞳は白銀。顔つきは精悍なる武人や、武将を連想させる堀が深い顔である。しかして、身に纏っているのは、雲の如き真っ白な衣と袴だ。さながら、日本神話の中の登場人物が出来たような姿をしている。

 いや、実際にそうなのだろう。

 何故ならば、その男は稲光を身に纏い、右腕には青銅の形をした太刀を携えて、こう名乗ったのだから。


「タケミカヅチ」


 男――タケミカヅチは雄々しく笑うと、太刀の切っ先を治明へと向けた。


「我が名を知るなら、畏れよ! 我が名を知らぬなら、震えよ! さぁ! 神代へ戻ったこの国にて、再び我が神威を振るわん!」


 タケミカヅチ。

 脅威度ランクAの最高位。

 その中でも、武神という戦闘に秀でた魔神が、雷の如き声で治明へと対峙する。


「うるせぇな、ぽっと出の神風情が」


 しかし、治明は動じない。かつて対峙した鬼神――大山と同格の相手を前にしながらも、獰猛な笑みは崩れない。


「生憎、俺が怖いのは頭のおかしい同僚と! 日々変態になっていく幼馴染だけなんだよ! テメェを恐れる道理なんてありゃしねぇ!」

「がははは! 無謀か!? 蛮勇か!? あるいは、強者故の発言か!? 良いぞ! 貴様のような馬鹿と会うために、俺はこの現世に来たのだからな!」


 かくして、治明は単独で武神へと挑む。

 遠い昔、一人の剣士が赤き魔神へと挑んだ時と同じように。

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― 新着の感想 ―
[一言] >日々変態になっていく幼馴染だけなんだよ! おさななじみ(  ̄- ̄)「………………」 おさななじみ(*⌒―⌒*)「………………」にっこり(手に包丁)
[一言] シリアスな場面なのに照子さんと彩月さんの(存在の)所為でシュール( ˘ω˘ )
[一言] 菅原道真の方がいいんでない?
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