64(最終話)
人間と魔族を隔てていた結界が解かれて50年が過ぎた。今日はその周年記念式典が催されることになっている。魔族界からは魔族を代表して魔族の女王、鬼族のエラルとその部下数名が参加することになっている。
とうの昔に息子に王位を譲ったアンリは、自室で慌ただしく準備に追われる部下たちを眺めていた。兄のセントルは所帯を持つことはとうとうなかった。
「アンリ、これからの世は私のような合理的な人間ではなく、お前のような人間が必要なのだ」
そんな懐かしい言葉を思い出していると、可愛い孫娘二人が一冊の本を読んで欲しいとせがんできた。
二人の孫娘は双子であった。二人とも魔力が強く、魔族にも負けない魔法使いになるのだろうと期待されていた。アンリは二人が持ってきた本を見て、懐かしい気分に浸ったが、それも一瞬で終わった。孫娘たちが早くし読んでと忙しない。
「ねぇねぇ、おばあさま」
本を読み終わると、孫娘の一人が尋ねてきた。
「何だい?」
「ここに書かれている人達って、このあとどうなったの? まだ生きてるの?」
子供は遠慮がない。屈託がないとも言える。アンリからするとそう言うのも含めて愛らしいのだが。
「何てことを言うんだい。ちゃんと生きてる人もいるよ。今日も参加してくれることになっている」
「もしかしてラーカイルさんのこと? あの人怖いから嫌ーい」
子供は本当に遠慮がない。アンリは苦笑する。
「そんなこと言うもんじゃありません。あの人は人間と魔族が一つになれるよう尽力して下った方だよ」
「ふーん、でも怖いからきらーい。ランクル様みたいに優しくないんだもん」
そう言いながら二人の孫娘たちは見つめあって笑う。
「ねぇねぇ、他の人達は?」
「さあねぇ、どこにいるんだろうね。でもきっと生きてるよ。この広い世界のどこかで。きっと」
この世界のどこかで生きている。そう思うだけでアンリの心の隙間が温かいもので満たされていくようだった。
「でもね、この本の表題が『勇者物語』っておかしくないかな?」
孫娘は手を顎に当ててまるで王様気分だ。
「どうしてだい?」
アンリは優しく孫娘に尋ねる。
「だってここに出てくるみんなは勇者ではなかったんでしょ? おかしいよ」
アンリはつい可笑しくなってしまった。
「二人はこの中では誰が好きなんだい?」
「私ね、この女の子大好き! 一番勇者っぽいから」
「私は、この魔法使いさんが好きかなー。最後にその女の子を助けたのはこの魔法使いさんだよ」
二人の様子を見てると微笑ましい気分になる。
「でもね、その魔法使いさんは自分が魔法使いだって言われるのが嫌いだったんだよ」
アンリは、彼のあの不貞腐れた時の顔を思い出して、また可笑しくなってしまう。
「ふーん、そうなんだ。でも、この二人が主人公だね」
「だったら『勇者と魔法使いの物語』っていうのでどうかな。この方がいいよ」
「でも、女の子は勇者ではなかったんでしょ。魔法使いの人もそう呼ばれるのは嫌だっていうし……しかも、その人たちでこの世界を救ったんでしょ。『○○物語』じゃ味気がないよ」
「うーん、だったら『勇者的な女と魔法使い的な男が世界を救う物語』にしたらどう?」
「ははっ、それなら、ばっちりだね」
孫娘達は朗らかな顔で微笑んでいる。アンリもまたその顔をみて微笑む。
この平和が末永く続きますようにと願いを込めて。
この世界のどこかに生きている二人に敬意を込めて。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
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次回作も頑張りますので応援よろしくお願い申し上げます。




