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「認めるわ。確かに私はマナではない」

「だったら何者だ!?」


 ルベルには時間が欲しかった。少しでも魔力を回復させて次の攻撃に備えなければならないからだ。


「そんなこと今更知る必要があるかな? もう私は勇者だよ。この結界はもう私のもの」

「違う! 先輩は最初から決めてたんだよ。勇者になったらやりたいことがあって、それが夢だって俺に教えてくれたんだ!」


 魔物が好きでたまらないマナは、勇者になったら結界を解きたいとずっと言ってきた。魔族とか人間とかこの大地の魔力とか関係ない。純粋にただ魔物が好きという気持ちだけで勇者になろうとしていた。それはルベルだけが知る真実であった。


「先輩はっ、お前みたいに種族とか政治とか関係なくもっと純粋な気持ちで勇者になろうとしてたんだよ!」

「ふーん、だからそれが何だというの? 今結界を持っているのは私だよ。私が好きにする権利を持ってるの」


 ルベルは我慢の限界だった。ルベルも最初はマナの夢を馬鹿馬鹿しいと思っていた。だが、いつしかそれがルベルの夢にもなっていた。自分は勇者になれない。マナがいたから勇者になるのを一度は諦めた。諦めたけど、マナの純粋な馬鹿馬鹿しい目標を聞いた時『どうせ勇者になれないのなら、先輩の夢のために頑張ってみよう』と考えを変えた。そうすることで勇者になることを諦めた。勇者になれない自分を慰めた。


「何が『好きなようにする権利』だ。横から掠め取って偉そうに喚いてるだけの奴に言われたくねぇ! 先輩がここまで戦ってきて勝ち取ったんだよ。お前なんかに好きにさせてたまるか!」


 ルベルは、マナの夢を叶えることで自分で自分に蓋をしてしまったと同時にそんな自分のことを嫌いになった。強くなりたいと頑張ってきた自分。そんな自分より圧倒的に強い存在との出会、挫折、憧れ、尊敬。ころころと自分を偽ってへこへこする自分に嫌気が差していた。


 そんな鬱憤が今ルベルの力を底上げしていた。魔装棍に流れる魔力がとめどなく溢れてくる。自分でも制御できない力が湧いてきた。


「先輩! すみませんが、先輩が得意だった技を使わせてもらいます! 魔剣っ」


 ルベルの魔装棍から大きな風の流れが集まってきた。それらは大きな流れから次第に研ぎ澄まされた剣先のような鋭さを持つようになった。それだけでなく、その剣先は凄まじい速さで回転している。その音が甲高い音を発し始めていた。


「いきますよ! 魔剣、風の巻っ!」


 ルベルの魔装棍棒から鋭い風の刃が放たれた。真っ直ぐマナの方へ向かっていく。マナは避けようとせず、じっと結界核の横に立っているだけだった。


「えっ、何で。避けない……」


 マナは避けなかった。風の刃がマナに当たる直前、マナが何か喋った。その表情は笑っていた。ようにルベルには見えた。


 ルベルの風の刃はマナに直撃した。一瞬でマナの体を上下に引き裂いた。大量の血飛沫が飛び散る。ルベルの放った刃はまだ止まらない。マナの体を引き裂いたあと、そのまま結界核を切り裂いた。


 それは一瞬だった。マナの体とほぼ同時に結界核まで引き裂かれた。結界核は切り裂かれたと同時に、周囲から魔力を吸い取り始めた。ルベルからも魔装棍を通じて魔力が吸い取られていくのが分かった。


「な、何で、避けなかったんですかつ! 先輩っー」


 ルベルは魔力が吸われることよりもマナが魔法を避けなかったことに動揺していた。


「先輩なら軽く避けられたでしょう! 何で?」


 結界核に周囲の魔力が吸い取られていく。それはライカとラーライルたちも同じだった。ラーカイルはマナがルベルの魔法によって引き裂かれたところを見て、焦燥を隠しきれなかった。エルトを失った時とは比べ物にならない焦燥だった。最後の希望と思われた魔王が目の前で散ろうとしている。その現実を直視できなかった。


「先輩っ!」


 ルベルは駆け出した。まだ間に合うかも知れない。残った魔力で回復魔法をかければ命は助かるかも知れない。マナの体は頑丈だ。ルベルもそれは分かっている。アンフィスから学んだ回復魔法には自信があった。自分なら、自分だけがマナを救える。そんな気持ちでルベルは走り出した。


「ル、ルベル……だ、駄目。魔力がなくなっちゃう」


 マナの声は聞こえていたが、ルベルは無視してマナの方へ向かっていく。魔装棍は捨てた。魔装棍を通じることで魔力が余計に吸われてしまうからだ。少しでも魔力を残しておかなれけばならない。


「先輩っ」


 ルベルはマナを抱き止めた。マナの体はかろうじて繋がっていた。完全に引き裂かれた訳ではなかった。だが、流れる血の量は絶望的だった。ルベルはマナを仰向けに寝かせて傷口に回復魔法をかけ始める。


「ル、ルベル、あんた、馬鹿なの?」

「先輩は黙っててください!」





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