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 ライカには答えが出せないままでいた。ライカが見た魔族領は確かに荒廃していた。十分な緑がなく、川も枯れかけていた。それに比べ、人間領は緑か豊かで水も豊富だ。人間領のこの自然を守るためには王宮結界が必要だ。弱い人間だけでは魔族には勝てない。結界を維持しなければ人間は幸せになれない。この二律背反する仕組みについてどちらが善でどちらが悪なのかが分からない。


「そうだ。人間は奪ってきた。お前たちからな。でも、それでもお前たちの好きなようにさせてしまえば、今度は人間が苦しむことになる。お前たちがやろうとしてのは結局人間と同じことじゃないか」

「ふん、そんなこと。お前たちが永い年月をかけて俺たちから多くの命を奪ってきたんだ。そのくらいの代償は払ってもらわないと釣り合わない」


 ラーカイルの言うことはもっともだった。人間は結界を永い間維持し続けてきた。そのせいで魔族は苦しめられてきた。多くの命が失われてきたのだろう。それに比べたら人間たちが苦しむことは当然なのかも知れない。


「それでもっ、私は私を生かしてくれた人間たちを守りたいんだ! お前たちに蹂躙されるのを黙って見ている訳にはいかない。そうだ、人間たちは罪を犯した。重い罪を背負って生きていかなれけばならない。だが、お前たちの感情のままに蹂躙されるのは間違っている。そんなわけない。そんなことをお前たちだけで決められる言われはない」

「何だと! ここまで俺たちを苦しめておいて何を戯けたことを。人間はその罪に見合った代償を受けなければならない。それは明白だろう」

「それが違うっていってるんだよ。お前たちで勝手に決めるな! そんなこと、決める権利がどこにあるんだ! そんなことは私か許さない。絶対に止めてみせる」

「ふん、ここまできたら見解の相違でしかない。それなら、お互いの意地をぶつけあおうか、力でな!」

「この、分からず屋がっ!」


 ライカはラーカイルは両手を上にかざし、掌から大きな火炎を二つ作り出した。その火炎は一つに集まって一つの大きな炎の塊となった。


「ばかっ、そんな大きな魔法を使ったらこの建物がもたないぞ! それこそ王宮結界核だってどうなるか分からない」

「うるさい、だったらお前が私を止めてみせろ」


 ラーカイルは聞く耳を持たなかった。もはや魔法を放つことに迷いなど微塵も感じられなかった。


「大馬鹿野郎! くそっ、それなら何とか耐えてみせるしかない」


 ライカは大きな風の障壁を作り始めた。魔法を直接防ぐ魔法は存在しない。自然現象として打ち消すことしかできない。火炎魔法は、通常は水魔法で打ち消すことができるが、その際に大きな爆発を引き起こしてしまうため、この建物の中では危険過ぎた。土魔法も使えたが、ここは建物の中だ。流石に土で壁を作ることはできない。


 風魔法しかなかった。中途半端な風だと火炎の勢いを増すだけになってしまうが、火炎もその勢いより大きな風を受けると瞬時に吹き飛ばされてしまう。そうするしかなかった。それ以外にはラーカイルの火炎魔法を防ぐために手立ては考えられななかった。建物とここにいる人間たちを守るにはそれしかなかった。


 ライカは何重にも重ねた風魔法の障壁を作ってラーカイルの魔法に備えた。


「ふん、ちょこまかと小細工を。そんなことで私の魔法が防ぎ切れるものか」


 最後の準備を終えたラーカイルは自らで作り出した大きな火炎をライカのほうへ向けた。


「さあこい!」


 ライカは気合を入れた。


「いくぞ! 人間どもめ! 魔族の怒りを、悲しみを、恨みを知るがいい!」


 ラーカイルは火炎魔法を放った。巨大な火炎が信じられないような速度で飛んでくる。その勢いだけでも物理的にこの建物を破壊してしまいそうなのに、さらに業火というおまけつきだ。


 ライカは第一層目の障壁を火炎にぶつけた。が、一瞬でその障壁は貫かれてしまった。


「まだまだ!」


 ライカは続けて風の障壁を連続で飛ばしていく。火炎が燃え広がることはないが、障壁は次々と貫かれていく。そしてその勢いは全く衰えることはなかった。


「くっ、やっぱりこれでは駄目か。なら、これならどうだ」


 今度は柔らかく弾力を持った障壁をぶつけた。風の勢いを無作為な方向に幾重にも巡らせた層を作って弾力性を持たせた。その障壁にぶつかったとき、火炎の威力が少し吸収されたような気がした。


「よし、これなら」


 ライカはその障壁を何重も何重も作り出して火炎を包みこつように重ねた。風の勢いが火炎に乗らないよう、細かく風の向きと勢いを制御しなければならず、並大抵の魔力制御ではなかった。


「ぐっ、やばい、鼻血出そう」


 だが、その障壁には効果があった。包み込むように弾力のある障壁が火炎魔法の勢いを止めることに成功した。止めると言っても、ライカの魔法とラーカイルの魔法の力が拮抗している状態であった。お互い引くこともせず、力と力の押し合いになっていた。


「ぐぬぬぬぬ、ライカ、貴様往生際が悪いぞ」

「何を言っている、私は私の想いを背負って戦っている。負けるわけにはいかない」

「なぜだ、なぜ同じ魔族なのに俺たちの気持ちが分からん」

「種族じゃないんだよ。育ってきた街を、世界を守りたい。ただそれだけだ」

「それはこっちも同じだ! 守らなければならないものがある」

「往生際が悪いのはそっちだろ。この分からずや!」

「何が分からずやだ。お前こそなぜ分かってくれない」

「私はお前の想いがまだ理解できていないのかもな。だから、ただの頑固な野郎にしか見えない」

「な、何をっ。だが、ここまできてっ」


 ラーカイルが最後のひと押しをする。それにより、火炎の力が増して、ジリジリとライカの方へ迫っていった。


「このままでは。力の押し合いだと部が悪い……。何とか火炎の力を削がないと」


 火炎の方がライカに向けて進み始めたとき、全く別の方向から何がが弾けて切れる音がした。その音がしたと同時に、火炎がその音がした方に徐々に吸い寄せられていった。ライカの風魔法の障壁も同じだった。水が流れるように魔力が流れていくのが分かった。

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