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マナとルベルの会話に耳を傾けていたライカもルベルと同じ考えだった。あそこにいるのはマナだが、何かが違う。それが何かは分からないが、確実にマナとは違うとだけは断言できる。
「ラーカイル、いい加減に足を離せ!」
それでもラーカイルはその手を話さなかった。業を煮やしたライカがラーカイルの腕を斬り落とそうとする。
「やめろ。お前たちでは何ともならん」
「何のことだ! 腕を斬り落とされなければ離せ!」
ラーカイルはそれでも離そうとしなかった。
「やめておけ。お前たちではあのお方には勝てない。諦めろ」
「『あのお方』? 何のことだ?」
ラーカイルはマナに対してずっと平伏して顔をあげようとしていない。今になってその理由が気になり始めた。
「それに、お前はさっきからなぜずっと平伏してるのだ? 戦うのを諦めたのではなかったのか」
「そうだ。だが、状況が変わった。『あのお方』が現れたのだかな」
「お前の言う『あのお方』とは誰なんだ?」
それには一呼吸おいて、ラーカイルの口から発された。
「我らが主、魔王様だ」
「なっっ! なんだと? 魔王? 何を言っている。あれが魔王なんかの訳あってたまるか」
それでもラーカイルは引くことない。
「お姿が違う理由は分からないが、纏っている魔力の質で分かる。間違いない。魔王様だ。ライカ、お前も魔族だろう。頭が高い。頭を下げろ」
ライカにはとても信じられない話だった。先ほどまでマナだった人間がいきなり魔王と言われても承服できない。
「そうだ、マナはあの鬼を殺した。なぜ魔王が自分の部下を殺すのだ? おかしいではないか?」
「だからなぜそうなったかは分からないと言っているだろう。考えられるのはエルト様を殺したときはマナという女だったのだろう。たが、結界核に触れた後に明らかに魔力の質が変わった。何かしらのことが起こって入れ替わられたのだ。としか考えようがない」
ラーカイルの考えには頷かざるを得ない部分もある。確かに結界核に触れた後からマナの魔力の質が明らかに変わった。だが、なぜそんなことが起こったのか。なぜマナにそんなことが起こり得るのかが全く見当もつかなかった。
「どちらにしても止めに行く。離せ、ラーカイル。離さないのなら斬る」
なおもラーカイルはライカの足を離さない。離さないどころか足を握る力がどんどん増していった。ライカの足がみしみしと軋み始めた。
「ぐっ、何をするっ」
ライカは足に身体強化魔法をかけていた。かけていたからこそ、ラーカイルの力に耐えることができている。今度はラーカイルが立ち上がり始めた。ライカの足は掴まれたままだ。
「魔王様、あなたのご計画の邪魔をする者は私が止めて見せましょう。この命に換えてでも!」
ラーカイルはライカの足を握ったまま、腕を振り回してライカを広間の壁に向かって思いっきり投げつけた。
「くそっ、このままでは」
ライカは全身に身体強化魔法をかけて衝撃に備えた。大きな衝撃音と共にライカは背中から壁に叩きたけられた。ライカの全身に激痛が走った。
「ぐっ、ぐはっ」
口から血が噴き出ると共に、全身の骨から嫌な音が聞こえた。倒れ込んだライカは起き上がろうとして、背中の激痛に耐えかねた。間髪を入れず、ラーカイルが距離を詰めてくる。逃げようにも逃げられない。受け止めようにも腕が思うように動かない。
ライカは咄嗟に風魔法で自分の体を飛ばして、ラーカイルの攻撃を避けようとした。ラーカイルの突進はギリギリのところでかわすことができた。ライカは自らで体を飛ばしたものの全身の激痛のおかげで、上手く体勢を作ることが出来ず、またしても壁にぶつかってしまった。
「いたたたた。このままじゃまずい。な、何とか時間を作らないと……」
そう思っているうちにまたラーカイルはライカの方へ距離を詰めてくる。
「まずいっ」
今度は魔法をかける時間が足りない。このまま潰される。ライカがそう思って目を閉じた。衝撃音がしたが、体に衝撃が伝わってこなかった。不思議に思い、目を開けると。そこにはランクルが立っていた。ランクルがラーカイルの動きを受け止めていた。
「アンフィス、アンリ様! 頼みましたよ」
ランクルはおたけひをあげながら、ラーカイルの腕を掴み、そのまま振り回してライカとの反対側の壁に叩きつけた。アンフィスとアンリがライカの元へ走ってきた。
「ライカさん、じっとしていて下さいね」
アンフィスとアンリでライカへ回復魔法をかけ始めた。
「無茶だ。あの人間。生身の体ではラーカイルを止められないぞ! 死ぬ気かっ」
「お静かに!」
アンフィスがライカには怒鳴りつけるように叫んだ。
「ランクル様は身体強化魔法を使っていらっしゃいます。確かに力は及ばずかも知れませんが、あなたを回復させる時間はあるはずです」
「そうです、ライカさん。ここは堪えて下さい。」
「ランクル様はあれでも王宮騎士団の副団長ですよ。並の人間よりは頑丈なはずです」




