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「マナ、すまないが拘束させてもらう!」
セントルが魔法でマナを拘束しようとする。マナの下から魔法の結界が現れてマナを包み始めた。だが、あっけなくその魔法の結界は霧散してしまった。
「馬鹿みたい。何で王宮結界を掌握できた私にそんな子供騙しみたいな魔法が通じると思ったのかな? あーあ、少しは交渉相手になるかと思ったけど、馬鹿馬鹿しくなってきた。ごめんね、人間を代表して死んでくれる?」
マナが剣を抜いてセントルに向けた。剣に魔力が伝わり、赤い炎が現れた。
「じゃあね、王子さま」
ライカは止めに入らなければと思い、身体強化魔法を使って一気に駆け出した。だが、思いも寄らないところから邪魔が入った。駆け出そうとするライカの足を掴んだのはラーカイルだった。
「な、何をする? 離せ!」
ラーカイルは顔を上げないまま、ライカの足をガッチリと掴んで話さなかった。
「残念だったね」
ラーカイルの足止めによってマナの魔法を邪魔する者はいなくなった。セントルは覚悟を決めなければならなかった。逃げる場所も猶予もないことは明白だった。せめて、自分の後ろにいるヘンリルとアンリに危害が及ばないよう、魔法で障壁を作る。
「へえ、お父さんと妹には手を出させないってことかな? 泣けるじゃない。でも、そんな障壁で防ぎ切れるかな? いくよっ!」
マナが魔法を発動させようとした時、別の方向から、風に乗って一筋の炎の旋風が迫ってきた。マナはそれに気が付いたが、セントルへ向けて発射しようとしていた魔法の方へ注意が向いていたため、反応が遅れた。セントルへ向けた魔法をそちらに向けようと試みたが、完全には間に合わず、炎の旋風に巻き込まれてしまった。
マナの周囲が一瞬で炎に包まれる。激しく燃える炎の旋風から逃れるため、セントルは素早く後ろに下がった。
「た、助かった、のか……?」
セントルがそう思ったのも束の間、マナを取り巻いていた炎は、次の瞬間一瞬で吹き飛んだ。吹き飛んだその中心にマナが立っていた。服はところどころ焦げ付いていて、損傷している箇所が見られたが、マナから放たれる魔力の力は全く衰えていなかった。セントルはそのまま腰を抜かして座り込んでしまった。足がすくんで立てなかった。
「やっぱり、そうこなくっちゃ。私の障害になるのはあんたしかいないと思っていたよ。ルベル」
マナは不意打ちを受けたにも関わらず、嬉しそうだった。ルベルの方を見て笑みを浮かべた後、一瞬泣き笑いのような表情に変わり下を向いた。が、すぐにルベルの方へ向き直った時には泣き笑いの表情は消えていた。
「ところで、あんた重症だったんじゃないの? 何でそんなにピンピンして立ってるのさ?」
先ほどまで仰向けになっていた、ルベルはしっかりとした足取りで立ってマナに向かい合っていた。
「いくら先輩でも、それは内緒ですよ」
ルベルは余裕のある態度を取っていたが、内実はビビっていた。不意打ちで放った魔法で十分に先頭不能にできると思っていたが、殆ど効かなかったからだ。
「ふーん、先輩に対してそんなこと言っていいのかな? まあ、でもあんたのことだからアンフィスさんにかけてもらった回復魔法を真似してひっそり自分にかけてたんでしょ。あんたなら一度見た魔法は簡単に使えちゃうんだもんね」
正解だった。益々ルベルは焦った。回復魔法は思ったよりも魔力を使う。マナもそれは十分に理解していた。だから、マナもルベルも回復魔法よりも攻撃魔法を重点的に習得してきた。回復魔法のために魔力残したまま敵に勝てなければ結局は死んでしまうからだ。
「あっ、図星かな。と言うことは、さっきの魔法でも結構魔力使ったから既に魔力があんまりなかったりするのかな?」
ルベルはあと一回、あと一回だけなら魔法を使えると踏んでいた。奥の手もないわけではない。だか、それは諸刃の剣で、それが通じなければマナを止められなくなってしまう。
「先輩! そんなことはどうでもいいじゃないですか。それより一体どうしちゃったんですか? おかしいでしょ。先輩はそんなことをする人じゃなかったですよね?」
時間稼ぎにしかならないことは分かっていたが、ルベルにはどうしても聞いておきたかった。
「そんなことって結界を掌握したこと?」
「そうですよ! あなたは一体誰ですか? 先輩なら絶対そんなことしませんよ!」
「何言ってるの、ルベル。私は私だよ。前に言ったことなかったっけ? 私勇者になりたいって」
「そうですよ! だけど、あんたは違う! 先輩が勇者になりたかったのはそんなことのためじゃない!」
「訳わかんないよ。言ってることめちゃくちゃじゃない? もしかしてただの時間稼ぎしようとしてるだけ?」
「そうですか、やっぱりだ。あなたは、いや、お前は先輩じゃないな!」




