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ライカは眩い光を見た。マナが結界核に触れた瞬間、一瞬だが周囲が眩い光に包まれた。発信源はマナであった。一緒だったが、その光は周囲を包み込んだ。そしてその光が晴れた時には、世界の全てが一瞬で作り替えられたような感覚に陥っていた。
だが、目の前の光景は何も変わりがなかった。マナは相変わらず結界核に触れたままであった。魔力を吸い込んでいく流れは止まっていた。周囲に動くものがなく、まるで時が止まっているかのように感じた。
目の前のマナがゆっくり動き始めた。それを見てライカは時は止まっていないのだと気がついた。それほど張り詰めたような静寂が辺りを支配していた。マナは片手は結界核に触れたまま、こちらを向いた。表情は見えない。乱れた前髪がマナの表情を分からなくしていた。
「何とか成功したみたいだね」
マナが発した声はマナのものであったが、何か少し雰囲気が違っていた。
「マナさんっ! どういうことですか? 何が起こったのですか?」
ライカの声を聞き、マナはライカの方を向く。ライカはマナと目が合った。その瞬間、マナとは確実に違う何かを感じ取った。
「違う。『魔力の質』がマナさんではない! どうしちゃったんですか? マナさんっ」
マナは、ライカの問いかけには答えず広間を見渡した。皆が何が起こっているか分からず、マナの一挙手一投足に注目していた。
「よしっ、みんなこっち見てる見てる」
マナは嬉しそうに独り言を溢した。ライカは一瞬いつものマナではないかと思い直そうとしたが、すぐにその考えを振り払った。見た目も声も雰囲気もマナで間違いないが、『魔力の質』が全く違う。マナとは別人のものだったからだ。
よく見ると、目の前のラーカイルがマナに向かって平伏していた。
「お、おい、ラーカイル。何をしている?」
ラーカイルが答える暇もなく、マナの大きな声が響き渡った。
「みんなー! ちゅうもーく!!」
ライカはハッとしてマナの方に目を向ける。片手を口に当て、大声でマナが叫んでいた。もう片方の手はずっと結界核に触れたままだ。
「私、成功しちゃったみたいでーす。結果核と上手く融合っていうのかな? 上手く表現は出来ないけど、適合、いや、結合かな……うーん、まあいいや、とりあえず、王宮結界は、私が掌握しましたーー!」
周囲の緊張した雰囲気の中、マナの上機嫌な声だけがこだまする。皆はその感情の隔たりが不気味で何も言えないままでいた。
「あれー? 誰も何の反応もなしー? 寂しいなー。一人で浮かれちゃってなんか私一人が馬鹿みたいにじゃない」
少し考える仕草を見せた後、名案でも浮かんだかのような嬉しそうな表情のまま、人差し指を向けた。
「ねぇー、そこの王子さま? 聞こえてるー? 王様は意識戻ってなさそうだからあなたに聞かせて貰うね。私が勇者ってことでいいかなー?」
人差し指を指されたのはセントルだった。
「王族に向かって指を向けるとは無礼な奴だ」
セントルは立ち上がり、マナと向かい合った。
「兄上!」
アンリが心配そうにセントルを見上げた。
「アンリ、心配ない。だが、私に何かあれば後のことは頼む」
「えっ?? 何かって……」
セントルはマナに近づいていく。
「マナ、おめでとう。そなたが勇者と認める前に一つ聞かせてもらいたい」
「んー、何かなー?」
マナは相変わらず嬉しそうな顔をしている。
「今、『結界を掌握した』と言っていたが、そなたはこの結界をどうするつもりなのかな?」
マナはセントルの質問にキョトンとする。
「なんでー、そんなことが気になるんですかー?」
「私は立場上、確かめなければならない。もちろん、ただの確認だ。この結界を維持するよう努めてくれるのだと信じている。でもそなたは『掌握した』と言った。それで、少し違和感を感じてしまっただけだ。気を悪くしたのなら済まない。ただ、確認したいだけなのだ」
セントルはなおもマナに近づいていく。
「あれっ? 私失言しちゃったのかなー? ってゆうかそんなこと気にしちゃうんだー」
そこでマナの表情が一気に変わり、声に怒気が混じった。
「これまで、大地から魔力を吸い上げてきた大罪人が」
一気に緊張感が増した。ライカはマナから不穏なものを感じた。見た目と声がマナであるが故に違和感が拭えない。だが、まだその違和感の正体が見抜けなかった。
セントルは呪った。自分の甘さを。勇者となる者は無条件に結界を守るものだと思い込んできた自分の甘さを。そのことに疑いもしてこなかった自分の不甲斐なさを呪った。
「そなたは、何者なのだ? 何の目的で勇者選抜に参加したのだ?」
セントルはマナの近くまでやってきて立ち止まった。マナからの返答はない。少し下を向いていて、乱れた前髪から表情が読み取れない。セントルは意を決した。




