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エルトは背後に強い殺気を感じ、反射的に体をくねらせた。が、一瞬遅かった。マナの剣が今度は左の肩にかかり、そのまま切られてしまった。左の肩から血が飛び散って、切り口からはとめどなく血が流れ始めた。
「な、なに……。何が起こっ……て」
エルトには敵が誰なのか認識できていなかった。女の声が聞こえた。声は聞こえたが、どこにいるか、何をしようとしているのか全く理解出来なかった。考えている一瞬で右手と左腕を無くしてしまった。深呼吸をして状況を把握しようとする。が、右手と左腕の痛みがそれをさせてくれなかった。流血が多く、意識が少し遠のきそうになった。
「ば、はかな、こんなところで……」
目の前の景色が朦朧とし始めた。そして何の気配を感じることなく、ほんの目と鼻の先に女の顔が現れた。
「お、お前は。マナ、か……。な、なぜ。邪魔をする? 理由は分からないが、お、お前も結界を無くしたいんじゃなかったのか? その辺ではライカとは違うだろう。俺たちと目的は一緒な筈だ……」
エルトの問いかけに対してマナは無言のままだった。マナにはそもそも問いかけに応じる気はなかった。エルトの疑問には応答はなく、マナは剣がエルトの左胸に突き刺った。
「魔剣、炎の巻」
マナの剣から炎が溢れ出し、そのままエルトの体に乗り移った。マナは剣を抜かず、火炎魔法を剣に注ぎつつけた。火力がどんどん増していき、エルト全体を包み込むようになった。
「う、あおお、あ、あつ……い、お、おおお、こ、のまま、しぬのか……」
エルトは業火に包まれ、何も言うことなくそのまま炭になってしまった。炭のまま儚く崩れ落ちて、細かく砕け散った。すべて散り散りになったのを確かめて、マナは剣を納めた。
「ミラベルさん、ルベル、仇は取ったよ……」
マナは散り散りになったエルトの欠片を見送った。
「いや、先輩、死んでませんからっ!」
聞き慣れた声を耳にして、マナは声がした方に振り向いた。そこには寝そべって上を向いたまま、右手を上げて叫んでいルベルがいた。
「勝手に殺さないで下さいよ。先輩」
ルベルの声は元気そうだった。アンフィスがやり遂げたのだった。
「こら、まだ回復させたばかりなのに無理をしちゃ駄目だろ」
アンフィスはランクルの治療を始めていた。ランクルの方もきっと大丈夫だろう。そう思い、マナは王宮結界の核の方へ振り向いた。
「ルベル、良かった。アンフィスさん、ありがとう」
「エ、エルト様! ま、まさか、エルト様が……」
エルトがマナに燃やされるところを見て、ラーカイルは戦意を喪失した。ライカも一瞬でエルトが殺されてしまったことに驚いてしまっていた。ラーカイルは膝から崩れ落ち、頭を垂れた。
「ライカ、切れ。エルト様がやられた以上、俺が戦う理由はない。このままサリュ様とエルト様のところへ行かせてくれ」
「……サリュもやられたのか?」
「ああ、あの魔法使いにな」
ライカはルベルの方を見た。自分と同じ候補者。サリュを倒すほどの魔力を持ちながら、魔法使いと呼ばれることが嫌いな男。
「ライカよ、候補者たちは、何のために勇者になるのだ? なぜ、我々と同じ魔族の血を引いていながら、人間のために戦うのだ?」
「さあな、あのルベルのことは知らないが、私は人間に育てられた。だから人間のために戦う。それだけだ。血など関係ない」
頭を垂れたまま、ラーカイルは声を絞り出す。
「なら、候補者計画とは一体何なのだ! 何のために、エルト様の兄であるエラル様はこの計画を立てたのだ? 矛盾している。候補者が勇者になったとしても魔族たちは救われない……。だからエルト様は動いたのだ。自らの手で結界を破壊しようとな」
「何のことだ? 私たちは結界を守る勇者になるよう育てられただけだ。その後のことなど知らない」
二人が話をしているところに、マナの大きな声が聞こえてきた。
「ライカー! 一足先に始めちゃうよ」
マナが王宮結界の核の前に立っていた。その隣にはカリムがいる。
「はっ? い、いつの間に」
カリムがマナに何か教えている。二次試験の内容だろう。ライカは先を越されたと思ったが、今目の前のラーカイルを無視してそちらに向かうわけにはいかなかった。
「あのマナと言う女も候補者なのか?」
ライカは一瞬ハッとした。ラーカイルの質問にはっきりと答えることはできなかった。あれだけの強さの者が人間であるはずはない。だから自分と同じように候補者だと思ってきたが、ちゃんと確認をしたことがなかった。ルベルは候補者だった。それはライカがルベルに確認したことでもあった。だが、マナにはちゃんと確認したことはなかった。魔族の中でも上位の鬼族であるエルトをあっさりと殺せてしまう力を持っている候補者など、不自然ではないだろうか。疑問が疑問を生み、何かとんでもないことを見逃してしまっているのではないかと思い始めた。
そんなライカの気持ちを他所に、マナは両手を結界核に向かって広げていた。ライカの気持ちが整理されることなく、二次試験が始まろうとしていた。




