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「な、何と。お主、それは本当か? お主は結界を壊すためにここにきたのではないと?」
ヘンリルは驚いていた。自分はこの場で殺されて、結界が壊されることを覚悟をしていた。それを覚悟の上でこの勇者選抜を開催することを決めた。自らの、人間の罪は自らで贖わなければならないと思っていた。この結界は制御できない。それならば、魔族にこの結界を委ねてもいいと考えていた。それが贖罪だと、ずっとそう考えてきた。
「先ほども申し上げましたように、私は人間として育ったので、私怨はありません」
「そうか、それならば…」
ヘンリルが続きを言いかけたそのとき、ライカは後ろから誰か近づいてくる気配を感じた。
「誰だっ?」
ライカが階段の方へ向かって短剣を投げつけた。
「おっと、危ない危ない」
不適な笑みを浮かべたベティレが階段から上がってきた。ライカの投げた短剣はベティレの手に刺さっていた。短剣が刺さった手からは鮮血が滴り落ちる。
「貴様、関係者ではないだろう。どうやってここまで来た?」
アンフィスがベティレの喉元に剣を抜いた。
「おっと、怖いですね。アンフィスさん。落ち着いて下さいよ。私はあなたたちの邪魔をしに来たのではありませんよ」
「なら、何でここに入ってきた?」
アンフィスの問いかけには答えず、ベティレはマナを見て不敵に笑った。
「決まっているじゃないか。世界を救いに来たのさ」
「な、なんだと……」
マナには状況が理解できていなかった。ベティレのことは認識していたが、なぜここにいるのか、なぜそのようなことを言うのか理解できていなかった。アンフィスにも、この場にいる皆がベティレの登場に狼狽えていた。誰も予想しなかった展開。皆が狼狽えて動けない状態のまま、ベティレが行動に出る。
「ふん、まあ大体の状況は分かったからいいか」
すると、ベティレは両手を広げて声高らかに叫んだ。
「さあ、いつでもいいですよ。エルト様! いつでもお越しください。私はあなたにこの体を授けます」
何が起ころうとしているのかアンフィスもランクルにも、その場にいる者皆理解できなかった。ただ、ベティレの声が広場内に響いた。すると、ベティレは上を向いて手を広げたまま、ピクっと痛みに反応するかのような動きを見せた。
「な、何だ。何が起こると言うのだ?」
近くにいたアンフィスはただならぬ様子に警戒して、ベティレから離れた。
ベティレの体の反応の周期が徐々に早くなり始めた。体がビクッと反応するたびにベティレが苦しそうにもがく。
「は、早く来てください。エルト様。私の肉体を依代にすれば、部下も数人連れて来れるはずです」
ベティレはさらに苦しそうにもがきながら、体を震わせる。
「こ、これで終わるんですね……。魔族が苦しむことなく平和に暮らせる世界が。魔族同士で殺し合うことなく、助け合える世界が……ぐはっぁ」
ベティレの口から血が吹き出した。苦しそうに体を震わせている。やがて、ベティレの体が部分的に膨らみ始めた。その膨らみが数カ所同時に発生した。ベティレはまたさらに苦しそうにもがいている。
「は、ははっ、エルト様。そ、そんなにたくさんの部下をお連れになるのですね。嬉しいです。エルト様の作戦の礎となれて、このベティレは幸せです。か、必ず魔族を平和な世界へと導いて下さい」
数カ所で膨らみ始めた部位が、所々で血を吹き出し始めた。中から何かが出てくるように見える。ベティレはすでに痛みが限界を超え、何も言えなくなっていた。
「がっ、ぐぐぐっ、がはっ、あ、あとは頼みましたよ、え、エルトさ……ま」
ベティレの声はそこで途切れた。ベティレの体は大きく膨らみ、小さく発光し始めた。ベティレの体が今にも破裂しそうになる。同時に強く発光して、爆発しそうになった。
「アンフィス、危ない!」
ランクルがアンフィスに飛びかかり、ベティレから引き離す。そして、ベティレの体は大きく膨らんで爆発した。周囲に衝撃波が走る。ヘンリル、セントルは広場の壁に叩きつけられた。マナとライカはかろうじて耐えることができた。ランクルは爆発に巻き込まれ、背中を負傷した。ランクルに庇われたアンフィスがそれに気づく。
「ランクルさまっ」
衝撃波と共に強い光が周囲を包んだ。眩しい光だった。皆がその光に視界を奪われる。しばらくするとその光が消え、周囲の様子が見え始めたところで、先ほどまでベティレがいたところに数人の人影が見えた。
マナはその人影に見知った顔をみた。震えるほど驚いた。ほんの少しの間だけ会えなかったよく見知った顔。その顔を見て嬉しさが込み上げてきた。と同時に湧き上がってきたのは単純な疑問だった。
「ルベル! 何でこんなところにいるのよ!」
すると思った通り、懐かしい声が聞こえてきた。
「せ、先輩、無事でしたか。すみません、僕はしくじったみたいです」
そう言い残してルベルは項垂れるように倒れ込んだ。
「ルベルー!!」
マナの悲痛な叫びが広間にこだました。




