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「なんだ? あのガキみたいな奴は」
ルベルは突如として現れた魔族の仲間を訝しんだ。ついさっきまで宙に浮いていたのはサリュだけだった。
「あ、あいつ、前触れもなく急に現れたよな? もしかして、あのサリュとかいう魔族が言っていた転移魔法が使えるやつなのか……?」
「どうした? サリュ、何かてこずっているのか?」
サリュにはエルトの質問が痛い。自らの失態を報告せねばならないからだ。だが、サリュのそんな気持ちを察してか、ラーカイルが近寄ってきて、代わりに報告をした。
「ほう、そういうことか。それにしてもお前もかなりやられたようだな。どれ……」
エルトはラーカイルに向かって回復魔法をかけた。ラーカイルの火傷を負った半身がみるみるうちに回復していく。
「エルト様、お心遣いありがとうございます」
ラーカイルの傷が癒えたところで、エルトがルベルの作った魔法に近づいて、それに触れた。と同時にエルトの手がびりっと痛みを感じ、弾かれた。
「これは……驚いた。結界魔法なのかも知れない。まだ粗けずりだが、基礎はできているな。なんでこんな奴がこの魔法を使える?」
エルトはルベルの方を睨み付けた。
「おい! そこの魔法使い! この魔法をどうやって覚えた? 誰から教わったのだ?」
ルベルはこの魔法は偶然できたものであって、特に特別なものと思っていなかったため、エルトの質問の意図を掴めない。ルベルからするとあくまでマナが使っていた風魔法の応用である。
「そんなこと、教える訳ないだろう!」
ルベルの返答にエルトは少し思案した。
「そうか、お前は『候補者』なのだな? それなら納得はできる」
ルベルはエルトから『候補者』という名前が出てきて、動揺した。が、顔には出すことはなく考えた。なぜあの魔族が『候補者』のことを知っているのかと。
『候補者』とは『勇者候補者』だ。結界を制御できる力の才能をもった者である、とルベルは教わっていた。父の代わりをしてくれた男から教わったものだった。その父は物心ついてすぐに死んだ。魔物に襲われたと聞かされた。ルベルは幼い時から魔法の才能があると周囲から認められていた。王都から離れた小さな農村だったから、農村の中では英雄視する者と異端視する者とで二分した。どちらにしてもルベルにとってその村は居心地が悪かった。魔法の才能なんてなかったらよかったのに。子供心ながらに何度もそう思った。
だからルベルは騎士に憧れた。自らの身体能力で強くありたい。そんな騎士になりたいと思って領域騎士団を志願した。だが、現実は騎士団といえど魔法が使えない者には冷たかった。そんな中、ルベルはマナと出会った。
ルベルにとってマナは超えられない壁だった。身体能力、魔力どれをとっても敵わないと感じた。自分は特別でも何でもない。そう思えたことで気が楽になった。候補者として勇者になることが目標の一つであったが、急に冷めた。自分が凡人だと感じた途端に冷めてしまった。はっきり言ってただのヘタレである。特別であることを疎ましく思っていたのに、特別ではないと分かってそれが逆に寂しくなった。要はいじけてしまったのだ。
そんないじけたルベルを目覚めさせたのはパリストだった。特別ではなくても特別な力を持った者に希望を託すことができるそんな器量を持った大人に、ルベルは単純に憧れた。あの人のようになりたい。自分の大切な人を守りたい、と。
なぜ魔族が結界の中まで攻めてこようとするのかは分からないが、今ここで侵入を許してしまう訳にはいかなかった。自分の大切な人が守れなくなるかも知れないからだ。相手は強敵だと分かる。そんなに近くにはいないのに魔力をビリビリと感じる。エルトと戦っても負けるかも知れない。だが、守りたい人を守るために覚悟を決めていた。
「おいっ、そこの魔族。かかってくるなら来てみやがれ! いつでも俺が相手してやる」
ハッタリだったが、注意を惹きつけるには十分だった。だが、エルトはルベルに興味を示したが、そのままサリュとラーカイルの元へ戻って行ってしまった。
「サリュ、ラーカイル。あの魔法使いは『候補者』のようだ。それならあの魔力にも頷ける。」
「エルト様、候補者であるならなぜここで私たちの邪魔をするのでしょう?」
サリュの疑問ももっともだった。候補者も魔族から派遣された者だからである。
「候補者と言えど、詳しい事情までは知らされていないのだろう。やつらは結界を乗っ取るのが仕事だ。余計なこと考えずに仕事をしてもらうためだろう」
「そうですね。その証拠にあいつは何も知らないようですし」
ラーカイルはルベルを一瞥する。
「エルト様、ところでベティレの奴は上手くやってくれていますか?」
サリュはさも心配そうにエルトを見る。
「心配ない。順調なようだ。だが、そろそろだろう。ここで敢えて戦って余計な魔力を消耗することもあるまい」




