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デンジャの街までの遠征隊はあれからすぐに出発した。編成から出発までの時間が尋常でない速さであったため、ルベルは休む暇もなく出発する羽目になってしまった。王宮騎士団は馬で移動、勇者選抜の応募者からの有志は馬を持たないため、馬車で運ばれた。
「うえっぷ」
「おい、やめろよ。こんなところで。汚いぞ」
馬車は王宮騎士団の速さに合わせていたため、かなり居心地が悪かった。揺れが酷くて中には気分を害するものもいた。
「飛ばすなぁ。これなら1日で王宮結界まで着いてしまうぞ。それにしても王宮騎士団からおおよそ50騎か。国難という割には少ないな……」
ルベルはこの荒れた馬車の中でもまだ冷静さを欠いていなかった。目指すべき目標がそこにいる。それだけで気持ちは十分に昂っていた。
一度野営をしたのち、しばらく馬車に揺られていると、遂に王宮結界の門まで辿り着いた。そこで、王宮騎士団の動きがいったん止まった。門の周りで隊列を止めてから一向に動こうとしない。どうやら王女が先頭を切って門を出ようとするのを部下たちが止めているようだった。
痺れを切らした優者選抜応募者の一人の大男が立ち上がった。
「何やってるんですか? とっとと外に出ましょうや」
太々しい態度だった。自身に溢れた表情でアンリを睨みつけた。
「貴様っ、無礼だぞ!」
「待て、いい。気にするな」
ペリルが激昂するが、それをアンリが宥める。
「お前、名は?」
「俺か? 俺はガンマだ。こう見えてデンジャの街の領域騎士団だ。俺の街が襲われてるのに出て行かない理由はないよな」
ガンマが自らの肉体を隆起させながら答えた。
「ガンマか、この門を出ると結界の外になる。どんな魔物が襲ってくるか分からないぞ、それでも行くというのか?」
「ああ、俺は行くぜ。デンジャは俺の街だ。後ろで様子を見てるくらいなら、死んだ方がマシだぜ」
「お、俺も行きます!」
同じようについて行こうとする者が声をあげた。ルベルだった。ガンマに続いて大声で自己主張をした。
「王女様、僕も行かせて下さい! この先にいるんですよね? 魔物たちが」
だが、アンリは覚悟を決めていた。国民に対して格好悪いところを見せる訳にはいかない。
「よし、勇気ある二人をここに称えよう。だが、駄目だ。私が最初に行く」
「いえ、王女様は流石に危険です。あなたには生きて戻ってもらわないといけませんから」
ルベルはあくまで王女を止めようとする。
「お前、名を何と言う?」
「ルベルです。ホムの街の領域騎士団です」
「そうか、お前がルベルか」
すると、ガンマが一人で扉の前に立って一人でこじ開けようとした。
「待て、ガンマ。お前たちに先に行かせる訳にはいかないのだ」
ガンマはそれでも扉を開けるのをやめなかった。
「王女様よ、あんた『戦女神』なんだろ? だったら戦場にはいてもらわねぇといけねぇ。だが、最前線は駄目だ。神様が死んじまったら、俺たちは何を信じて戦えばいいんだ? 命を賭けるんだ、その辺の中途半端な奴には務まらねぇ、そんくらいでっかい奴に賭けてえんだよ、てめぇの命はな!」
ガンマの腕に力が籠る。大きな音扉がゆっくりと開き始めた。
「ば、馬鹿な、王宮結界の扉だぞ。王宮守護者が数名で魔力を込めないと開かないはずなのに」
扉が少し空いたところで一旦動きが止まった。
「ゆっくり開いちゃ、相手さんの思う壺だよな……」
ガンマは足を大きく開いて腰を落とした。
「行くぜ! 人間の底力を見せつけてやろうや!」
ガンマは力を振り絞って正拳突きをした。扉にドーンっと大きな音が響き渡った、と同時に大きな振動と共に、一気に開いた。王宮結界の扉が開けられた。
「今だ!」
ガンマが扉を開けている間に詠唱を済ませていたルベルの雷魔法が火を吹いた。扉の外側一帯に大きな爆音が轟き、周囲は一瞬にして爆煙で満たされた。
「よし! 行くか」
「ああ」
ガンマとルベルはまだ完全に消えていない爆煙の中に向かって走って行った。
「よし、我々も続くぞ! 守護者の方達は扉の上から援護お願いします」
王宮騎士団たちもペリルの号令に従い、二人に続いて扉の外に向かって馬を走らせた。アンリも続こうとする。が、それをペリルと他の優者選抜の応募者たちで遮った。
「な、何をする? 私にも行かせろ」
「駄目です。あの者が言った通りです。あなたには生き延びて貰わなければなりません。守護者共に扉の上から指示をお願いします」
ペリルにキツく制止され、アンリは仕方なく折れた。が、腑には落ちてなかった。生き延びて何になるのか、アンリには皆から預けられた命の重さも意味もまだ理解できていなかった。
勇者選抜試験の第一試合が始まって一日後の午後。恐らく現人類史上初めてとなる、魔族と人間との戦いの火蓋が今切られようとしていた。




