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 第一試合が行われる広場では大勢の観客が大声を上げて盛り上がっていた。ホムの領域騎士団マナとヘイアンの領域騎士団ライカとの対戦のためである。二人の名は王都では有名であった。観客が盛り上がるのも無理はない。


 アンリは観客の異様な盛り上がりの中、一人冷静に状況を整理していた。勇者選抜試験の第一試合。過去の勇者選抜試験の中でも第一試合は特別だった。くじを引くのは王族。くじは王宮守護者が魔力を込めて作った箱の中から無作為に選ばれる。無作為に選ばれるはずだが、第一試合で対戦する応募者には神の加護がついてくるのか、過去の勇者選抜試験では第一試合の勝者のみが二次試験に進んでいる。このことは王族のみの秘密であるが、アンリは知ってしまっている以上、この第一試合は固唾を飲んで見守らざるを得ない。それだけ重要な試合になるのだ。


 アンリはマナのこともライカのことも以前から知っていた。北の要所ホムの街の最強騎士団員マナ。報告に聞く限りは魔物との戦闘で傷を負ったことがないという。どんな魔物が襲って来ようとも楽々と倒してしまう。先のホムの街の騒ぎでもマナの活躍が報告されている。ヘイアンの街のライカ。ヘイアンはパリストという古参の領域騎士団員が長年ほぼ一人で守ってきた街だ。そこに新たに赴任した騎士団員がライカだ。その活躍振りは凄まじく、通常であれば数十人体制で守るはずの街をほぼ二人で完璧に守ってきた。その中でも極めて武名が高かったのがライカだ。ヘイアンの街は先のミラベルの裏切りで多くの魔物が押し寄せくる事態となった。その際に魔族に殺されたと報告があったが、生き残っていたようで、今回の試験に参加している。その二人が今、広場で向かい合っている。


 アンリはホムとヘイアンの事件の時、自分がその場にいなかったことを悔いていた。この平和な国で唯一の腕の見せ所は魔物との戦いである。結界が広がっていけばいく程、遠征に出かけることが困難になり、最近ではずっと王都内で人間相手の稽古ばかりだった。しかも自分が王族だからといって相手は本気で相手にしてくれない。誤って傷を負わせてしまえば、死罪どころかその家族まで憂き目にあってしまうからだ。アンリはそんな退屈な生活に嫌気が差していた。だからこそ、この勇者先発試験には心が躍っていた。自らは王族であることから参加はできないが、自分より強い者を見ることができる。それだけでも、いつもの退屈な日常から抜け出した気分に浸ることができる。本当はあの場まで降りていって戦いたい、強い者と腕合わせをしたい。それが叶わないことは重々承知している。だからこそ、今目の前で行われようとしている屈指の対決に心を躍らせている。






「ふえー、凄い観客だ。朝よりも人が増えてるね。こんな中で試合するんだ。ちょっと緊張するなー。ね? ライカちゃん?」


 マナの目の前には外套で顔を隠した対戦相手が立っている。ライカだ。マナはライカを真っすぐ見つめたまま話かけた。


「そんなフードを被っているから分からなかったよ。ルベルもあなたのこと心配して随分探したんだよ。こっちには気づいていたんなら一言声を掛けてくれてたらよかったのに」


 目の前のライカは微動だにせず、マナの話を受け流す。


「ちょっとー、無視しないでよ。私が独り言を言っているみたいで恥ずかしいじゃん」


 すると、ライカはゆっくりと外套を外す。そこに現れたのは小さな少女だった。髪は短く、前髪は角を隠す位置で括っている。以前とほとんど変わらない姿だった。観客席から見ているルベルには、それがライカだと一目で分った。


「間違いない、ライカだ。本当に生きていたんだ」


 ライカは下を向いているため表情は読み取れない。マナの問いかけにも反応せず、ただ静かにその場に佇んでいる。


「二人とも、準備はいいか?」


 審判はアンフィスだった。通常であれば王宮騎士団員の若手が務めるのだが、この対戦ではいざというときに審判の身が危ない。そのため実力を鑑みてアンフィスがこの試合の審判を務めることになった。


「アンフィスさん、よろしくね」


 マナがアンフィスに笑顔で挨拶をする。アンフィスはそれは返答はせず、目線で応える。


「私もいつでもいい」


 ライカが初めて口を開いた。下を向いたままなので表情までは読み取れないが、落ち着いているような声色だ。


「よし、では勇者先発試験の第一試合を始める。伝統に則り、王座からの鐘の音で試合開始とする。いいな」


「はい」

「ああ」


 アンフィスの問いに二人が答える。それを聞いたアンフィスが王座に向かって合図をし、二人から少し距離を取る。それを見た王が試合開始の合図を指示した。


「よろしくお願いします。マナさん。あなたと戦えるのを楽しみにしていました。最強の騎士団員……」


 ライカが小さな声で話し始めた。だが、まだ下を向いたままだ。


「あなたですね、私をここまで連れてくるよう仕向けたのは?」

「さあ、何のことかな?」


 マナはライカの問いの意図が分かっていないようだ。


「私が魔族に連れ去られたことを上に隠したでしょう。それで私をこの場に来るよう仕向けた。違いますか?」

「私はそんな器用なことしないよ。だって私は勇者になりたいんだもの。ライカちゃんみたいな強い子は邪魔な存在のはずでしょ?」

「だったら、なぜ私のことを隠した!?」


 ライカの声は低く震えていた。


「だって、ライカちゃんの夢は勇者になることだったんでしょ?」

「はっ?」


 意外な答えが返ってきたため、ライカは一瞬たじろいだ。


「それは私と同じ夢。それを諦めなくちゃならないなんて嫌じゃない?」

「そんなことで、そんなことで私のことを許したのか?」

「うーん、でもここまでこれる保証はなかったんだよ。でもちゃんと来れた。それはライカちゃんが来たいと思ったから。そうでしょ? それでいいじゃない」


 下を向いたまま、ライカの目が大きく見開かれる。そしてその口元は笑みを浮かべているように見えた。それを見たマナも、同じように笑みを浮かべた。それは、これから始まる戦いが楽しみで仕方がない笑みだった。


「ああ、私はここまで来た。そして、ここまで来たからには勇者になる。あなたには恩ができたが、容赦はしない。悪く思うな!」

「遠慮は無用だよ! 私だって、勇者になるために譲れないものがあるからね」

「奇遇だな、私もだ」


 二人の会話に割って入るように、大きな鐘の音が会場に鳴り響いた。それと同時にライカの顔がマナに向けられた。


「いくよ!」




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