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「いよいよですね」
王の座の斜め後ろに座ったランクルがぺリルに向かて告げる。ぺリルは王宮騎士団の団長である。勇者選抜試験中の王および王族の警護と、行事すべてにおいての安全管理を任されている。そのため、本番が始まる直前まで雑務に追われており、顔が既に死んでいる。周囲からは緊張しているのだと思われているだろうが、長い付き合いのランクルには分かっていた。今日のぺリルは疲れている。声を掛けたいが、何から話していいものか分からず、まずは軽く雑談からと、思い切って声をかけてみた。
「ああ、いよいよだな」
ぺリルから帰ってきた答えは平易なものだった。いつもであれば『おお、だが気合入れて行けよ』というように周囲を鼓舞するのだが、今日は既に覇気がない。先程の開会宣言ですべてを出し尽くしたようだ。今日のぺリルは当てにできない。そう思い、後ろに控えるアンフィスに指示を告げる。
「はっ、かしこまりました」
アンフィスはぺリルに耳打ちをして、この場から離れさせた。ここにいても疲れるだけ。少しは休んでもらわないと、いざという時に動けない。そう思い、ランクルはぺリルを下らせることにした。
「先輩、いよいよですね」
「うん、いよいよだね、ルベル」
マナは気合十分であった。
「先輩、そんなに気合入れなくても一次試験は余裕ですよ。先輩に勝てる相手がいるとは到底思えません」
ルベルには領域騎士団の中ではマナに敵う者はいないと踏んでいた。いるとしたらライカだが、ライカも順調に一次試験は突破するだろう。これだけ応募者がいるのだ。二人が一次試験で対戦することはないだろう。ルベルにはそんな気がしてならなかった。
一次試験は、応募者同士の対戦である。勝敗はどちらかが戦闘不能になったときと、単純で分かりやすい。勝ち抜き戦ではなく、それぞれがくじで決められた五人それぞれと戦って、一度でも負けれた落選となる。つまり五人と戦って一度も負けなかった者が二次試験に進むことができる。実力がある程度拮抗していれば、五人と戦えば一度は負けてしまう。そのため、ある程度突出していないと勝ち抜くことができない仕組みになっている。そのくじは代々王族の者が引くことになっている。
「先輩、今日は何試合あると思います?」
「さあ、二試合くらいじゃない。そんなにたくさんは試合しないでしょう」
「いや、過去には五試合くらいあったこともあるみたいですよ。結構ハードな日になりそうです」
「まあまあ、ルベルなら大丈夫だよ。といっても試合は昼からだし、ちょっと腹ごしらえでも行こうよ」
マナはそう言ってルベルと昼食に出かける。会場の外には多くの屋台が顔を出していて、食べる物には困らなさそうだ。だが、通常の価格よりも高く設定されているところが玉に瑕だ。
「よう、久しぶりだな。マナ」
ある男がマナに声を掛けてきた。『僕は女にモテます』と顔にかいてありそうな表情でニヤニヤしている。ルベルにはそう見えた。
「ん? えっと、誰だっけ?」
「おいっ、騎士団の同期の俺のこと忘れちゃったのかよ」
「えっと、同期? そんなのいたっけ?」
「ったく、まあいい。俺はべティレ。同期の名前くらい覚えておいてくれよな」
マナは思い出そうとするも、何も浮かんでこなさそうだ。
「まあ、同期と言っても、俺はすぐ騎士団をやめちまった部類に入るけどな」
「だよね、私、自分以外に誰が受かったかとかあんまり気にしてないから、分からなかったよ。ははは」
「ははは……」
べティレは乾いた笑いをこぼす。
「で? そのヘタレさんが、先輩に何の用ですか」
ルベルが二人の間に入ってきた。
「ベティレだよ。ところで君は誰だい?」
「僕は先輩と同じで領域騎士団のルベルと言います。こう見えても先輩とは数年一緒に仕事しているんです。以後お見知りおきを」
ルベルがいつになく熱の籠った弁で突っかかる。
「ああ、ルベル君。よろしく。いや、ただ懐かしい顔を見たから挨拶に来ただけだよ。僕は騎士団には入らなかったけど、王宮の中の仕事をすることになってね」
「ふーん」
マナはベティレにはまったく興味を示していなかった。
「そ、それでどうしても一言耳に入れておきたかったことがあってね」
「何ですか、やぶからぼうに」
あくまでもルベルは間に割って入る。だが、ベティレはそんなルベルの制止を軽くかわし、マナの元へとスッと近づいた。
「今回の勇者選抜、使命を果たして下さい。そして、面白いことがおきますから、楽しみにしておいて下さい」
ベティレはマナの耳元で一言ささやいた。ルベルには聞こえないような小さな声で。そしてその足で雑踏の中へ素早く消えていった。
「まったく、何だったんですかね。あいつ。ねっ、先輩。あれっ? 先輩?」
マナは焦点の定まらない目で虚空を見つめているようだった。
「先輩! 大丈夫ですか?」
「あっ、ああ。大丈夫大丈夫。ごめんごめん。結局さっきの人、誰だったか思い出せなかったよ」
いつものマナに戻ったようで、ルベルは少し安心した。
「覚えてもらってないのに声かけて来るって、あいつ相当自分に自信がるんですね。ああいう顔がいいからって上から見てくるやつに限って、碌なやつがいないんですよ」
「でも、顔はよかったね」
「えっ、先輩、あんな奴がいいんですか?」
思わぬ方向からの攻撃をくらったように、ルベルは慌てふためいた。
「冗談よ、冗談。もしかして、焦った?」
「い、いや。先輩のそういう一面見たことないから、一応女なんだなってちょっと安心したくらいで……ぐふぅっ」
マナの拳がルベルの脇腹に綺麗に入った。
「ごほっ、いたたたた。何するんですか? 痛いじゃないですか」
「はい、今のは0点」
「ええ、どういう意味ですか? いてててて、結構マジに入りましたよ」
「しーらない。ほらっ、ごはん食べて会場に行くよ」
マナはさっさと店の方へ走って行ってしまった。
「先輩、待って下さいよ。いててて、ちょっと、先に行かないで下さいよ」
その頃、王の座にて、昼からの試合のくじが王族によって引かれているところであった。
「アンリ、最初のくじはお前が引きなさい」
王のヘンリルからの言葉である。通常は王が第一試合のくじを引くのが慣例となっているが、アンリは甘んじて従った。
「はい、かしこまりました。セントル兄さん、いいですか?」
「ああ、王の命令だ。君が引くといい」
セントルの許しも出て、アンリは安心してくじを引く。そしてそのくじがアンリの手によって開かれる。
「出ました。第一試合はホムの領域騎士団マナとヘイアンの領域騎士団ライカです」




