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勇者選抜試験。世間ではよく知られた名だが、実はその内容については詳しく知られていない。結界ができてから数回の勇者選抜試験が行われたが、実は一度も合格者は出ていなかった。そして過去の選抜試験の内容を詳しく知る者がいないため、謎のままで名前だけが一人歩きしている。選抜試験は一次試験と二次試験がある。一次試験は応募者同士での一対一の決闘である。勇者に相応しい強さを持っているかがそこで試される。その一次試験を勝ち抜いた者が二次試験に挑むことになるのだが、その二次試験の内容はまったく分かっていない。過去の応募者たちの中で二次試験に挑んだ者たちはすべて亡くなっているか行方不明だ。試験後、不合格となり王都を出てどのように暮らしたかが不明であり、記録としては現時点で生存している者はいない。
試験自体の全体像が謎に包まれている。だが『勇者』とは英雄であり、国民の希望であることは間違いない。その甘美な響きは大衆を惹きつけるには十分な魅力を持っている。今年行われる勇者選抜試験の盛り上がりは、王都で行われる行事の中でも抜きに出ていた。街中は臨時の店が立ち並び、商人たちは稼ぎ時だと張り切っている。町民たちも、久々の大きな行事だと心をを躍らせて、各地で大きな賑わいを見せている。昼は踊りや芸を見せる者達が現れ、夜になると酒場で一晩中騒ぐ連中が後を絶たない。
そんな勇者選抜試験が、ついに開催される。朝。王都内に設置された大広場には応募者たちが多数集まっている。大広場の周囲は観客が楽しめるよう、階段状に席が設けられている。元々は凶悪犯罪人を公開処刑する場として建設された建物だが、いつのまにかその目的は忘れ去られ、今は大きな行事で使用される定番の会場となっている。広場の正面。王の座の周囲に貴族たちの席が設けられ、その他の席は民衆ですでに埋め尽くされていた。貴族たちはまだ席についていなかった。だが、応募者が全員会場に入ったと同時に、貴族たちが観客席に現れ始め、そして王族以外の席が全て埋まった。
今年の応募者は約百名だった。応募者たちは広場に集められたまま、長い時間放置されているが、観客からの声援や会場の雰囲気に非日常を感じ、時間が経つのを忘れたかのようにそわそわと過ごしていた。だが、そんな候補者たちの中に、この非日常空間に飲まれることなく退屈を隠し切れない者もいた。
「あーあ、暇だね。一体いつまで待たせるのさ」
「しーっ、先輩、声が大きいですよ」
「何言っているのよ。この歓声よ。何言ってもお貴族様の耳に入ることはないでしょ」
ルベルはマナを止めてみたものの、実のところ特に気にしていなかった。暇だったので何もしないでおくくらいなら、マナに絡んでみよう、くらいの気持ちでいた。ルベルも退屈していたのである。念のため会場の応募者たちを見渡してみてが、ライカらしき者は見当たらない。といっても、顔が完全に分かるような分かりやすい恰好でいる応募者ばかりではない。どこかにいるはずだが、ルベルには見つけられなかった。
「ルベル、本当にいないの? ライカちゃんは」
「いない、というか見つけられませんね。顔を隠しているような格好の奴もいますからね。外見からでは分かりませんでした」
「まあ、向こうもできるだけ素性がバレない方がいいのかもね」
すると、ひときわ大きな歓声が観客から沸き上がった。王族たちの入場である。まずは王宮騎士団の団長と副団長、そして王宮守護者が入場してきた。
「おお、ランクルがいるじゃない。さすが副団長。出世したねぇ」
「冷静になって考えたら、すっげえ偉いさんなんですよね。あの人」
「でも顔見てよ。ちょっと緊張してるの笑える」
「駄目ですよ。そんなこと言っちゃあ」
マナは笑いを堪えるのに必死だ。いや堪えきれず、笑いがこぼれている。
「あっ、ところであの全身服を被った人は誰なのかな?」
「多分、王宮守護者の代表カリムでしょう。最終的に勇者の選抜は王宮守護者の特権ですからね」
「ふーん、やっぱり王宮守護者って偉いんだ。ミラベルさんもあそこにいたんだなぁ」
二人がそうこう話している内に、王子と王女が入場してきた。セントル王子は堂々と入場してきて民衆に手を振っている。セントルに続いてアンリが入場してきた時、ひときわ大きな声援が上がった。それに応えるようにアンリも大きく手を振る。
「へえ、王女さんって人気があるんだね」
「まあ、戦女神って言われて民衆からは人気があるみたいですね。噂で聞いただけですけど」
「ふーん、じゃあ、強いんだ。そんなに強いのに何で選抜試験に出ないのかな?」
「さあ、王族は出られないって決まっているみたいなので、それだけじゃないですか?」
「ふーん、そうなんだ。ってかあんた、まじまじと見過ぎ」
ルベルがやけにじっーと王女を見つめていたため、マナからの突っ込みが入る。
「あんた、まさか身体強化魔法を目に使ってるんじゃないでしょうね」
「えっ、よく分かりましたね。でもいいじゃないですか。王女様、意外と可愛らしいんですよ。戦女神っていうから獣みたいなのかと思っていたんですけどね。これがまた小柄で品のある顔立ち。ほらっ、今笑いましたよ! いいじゃないですか。これはもう女神ですよ」
ルベルがいつになく雄弁に語る。
「馬鹿ルベル!」
「ぐわっっ、いたたたた。何するんですか?」
マナからの強烈なデコピンを食らった。ルベルの目の前に星がチラついた。
「ああっ、せっかく王女様が笑ったところだったのに、もっと見たかったぁ」
「ふん、知らない!」
最後に王のヘンリルが入場してきた。それまでのアンリの声援とは比較にならない程の大きな声援が上がった。王と王妃はそれに控えめに応えて、用意された椅子に座った。
「ふん、王様もそこそこ人気あるわね」
「まあ、この世界の平和を維持できているのは、やっぱり結界の維持のおかげですからね。この平和を守ってくれている象徴には人気が集まりますよ」
「ふーん」
すると、王宮騎士団の団長ぺリルが観客の声援を制するように手を出した。瞬時に声援が止む。しばらくの沈黙のあと、ぺリルは高らかに大声で宣言した。
「これより、勇者選抜試験を開始する」




