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 思いのほか簡単に王都まで辿り着くことができたことにライカは安堵していた。ヘイアンの街で魔物に連れ去られていた騎士団員が戻ってきたと分かったら、王国は自分をどう扱うだろう、といくつも考えを巡らせていたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい何事もなかった。何もなかったことが不思議過ぎて今度は逆に誰かに嵌められているのではないかと訝しむようになっていた。王国が何を考えているかは分からない。だが、勇者選抜試験には参加できる。そこで自分の実力を示せばいい。ライカはそう考えていた。


 ライカはエルトから条件付きで勇者選抜試験に出ることを許されていた。その条件が『もし勇者に選抜された際は、折をみて結界を解け』と。ライカはかつては結界を正しく維持することで、この国を安全に守ることができると信じていた。だが、現実は違っていた。自分が信じていた人間たちは自分の故郷を襲って家族や仲間を大勢殺した。命の恩人だと思っていたパリストはその首謀者の一人だった。そして自分は人間ではなく魔族であったと分かった。そこでライカは自分の中で宙に浮いていた記憶の欠片がすべて綺麗に繋がったと思った。


 自分は魔族であり人間は悪である。人間界に潜り込み、あの邪魔な結界を失くすことで、世界を救う。今までは人間の世界のみを救おうと勘違いしていた。いや、させられていた。もっと大きく世界をみるべきだった。世界から見て本当に害悪なのは人間であり、この結界だ。この結界を解くことで世界を救ってみせる。ライカはそう強く決心していた。





 アンリは自室に戻ると、王の前に出た正装のまま自身の寝台に飛び込んだ。王の話はあまりにも衝撃が大きかった。それゆえにアンリ自身にも頭の整理がついていなかった。この国を守る結界を作った『勇者』の存在。それはまさしく『勇者』であった。が、それは本当に正しかったのだろうか。結界を作った時は良かったかも知れない。結界が作られた故に人間の暮らしは安定した。だが、その結界の維持に必要な犠牲があまりにも多すぎる。いや、このままこの結界を維持することが本当に世界にとって善なのだろうか。アンリには分からなかった。


 歴代の王族たちも同じことで苦しみ、悩んだのだろう。だが、歴代の王達は結界を維持することを選んできた。結界を維持することの重荷から解放されることを望まなかったのだろうか。選んできたからこそ、今のアーセック王国がある。今の国はその犠牲に見合うのだろうか。


 兄のセントルはどう思ったのだろうか。王の話を聞き終わったあと、セントルはただひと言『そうですか』とつぶやいていた。セントルががどう感じたかはアンリには読むことができなかった。この件に関しては二人で歩調を合わせていかなければならない。だが、兄のセントルはいつも何を考えているか明かしてくれない。それゆえ、アンリには何をどうしたら兄の助けになるのかがいつも分りかねていた。


 アンリの脳裏に浮かぶ様々な疑問達がアンリの頭が強制的に休息を求めさせた。アンリはそのまま静かに眠った。



 



 ランクルが自室で残務を片付けていると、扉を叩く音が聞こえて来た。


「誰だ? こんな遅い時間に」


 扉の向こうから聞こえてきたのは意外な声だった。


「ランクル様、少しお時間いいですか?」

「アンフィスか。今日はもう遅い。明日でもいいか?」

「いえ、どうしても本日中にお伝えしなければならないことがありますので」


 アンフィスには珍しく、ランクルの静止に引かなかった。ランクルはアンフィスがここまで引かないとなると、かなりの急用だと思い、アンフィスを中に引き入れた。


「ランクル様、夜分遅くに申し訳ありません」


 アンフィスが丁寧に礼をする。


「いい。時間も遅いことだし単刀直入に言え。何があった?」


 ランクルは自身の執務を止めることなく、椅子に座ったままアンフィスに話を促した。手は止まっていない。


「はい、本日お連れした二人の件についてです」

「そうか、何だ?」

「はい、あのマナ殿。いや、『あの女』は何者ですか?」


 ランクルは執務の手を止めた。まだ目線は書類を見つめたままだ。


「どういう意味だ? 何を言いたいのかはっきり言え」


 アンフィスは、一呼吸おいて話始めた。


「あの女、人間ではありませんね」

「なんだ、お前も気づいたのか。流石だな」

「『流石だな』ではありません! なぜ、人間ではない者がこの結界の中にいるんですか? それをなぜ放置しているのですか? 国はそれを知っているのですか?」


 アンフィスはランクルの机を両手で叩いて問い詰めた。ようやくランクルの目線がアンフィスの方へ向けられ、アンフィスはランクルと目が合った。その視線を逸らさないよう、強い意志で維持しようとした。が、ランクルの目から溢れてくる念のようなものに怖気ついて一瞬目線を逸らしてしまった。その念のがどんな感情からくるものかまでは理解できなかったが、明らかに負の感情から出てくるものだった。少なくともアンフィスにはそう感じた。


「その件については何も言うな。お前は知らなかった。分かったな?」

「ですがっ」


 何かを言い返そうとすると、また同じ視線で睨まれてしまい、何も言い返せなくなった。


「……かしこまりました。おおせのままに。では、失礼いたします」


 そう言ってアンフィスは部屋から出て行った。ランクルは重いため息をついた。アンフィスにも気づかれてしまった。明日中には王の耳に入れなければならない。明後日が勇者選抜試験であるため、念のため試験が始まる前に伝えなければならない。それを考えるとランクルは気が重くなった。一旦、目の前の仕事をすべて途中で止めて、そのまま目を瞑った。







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