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「やっぱりこうなると思ってたんですよ」
「まあ、でも結果的にはこれでよかったからいいじゃない」
「ちっとも良くないですよ!」
マナとルベルの二人は荷馬車に揺られていた。荷馬車と言っても普通の荷物を運ぶための者ではなく、人を運ぶためのものだ。荷台は格子状の金属に囲まれており、その金属を通して魔法で結界が張られている。つまり中に入った人間の魔力が封じられているのだ。
「へぇ、魔法でこんなこともできるんだね。ルベルの魔装棍みたいに材料に魔力を流して応用する技術ってすごいね」
マナは魔力を封じる檻の効果に感動している。が、当の本人はその檻の中に入れられている。
「先輩、感心してる場合じゃないですよ?」
「いやー、馬に乗って王都まで運んでくれるらしいから思ったより早く着けそうね」
「そうじゃなくてっ。このままだと勇者選抜試験どころじゃないって言ってるんです!」
少し時を遡る。王宮結界の壁の前。マナは軽い気持ちで魔剣を結界に向かって叩きつけた。大きく響き渡るような振動が周囲に伝わったと思ったら、なんと結界に少し綻びができた。すると間もなく王宮騎士団がやってきて、結界を傷つけた不届き者として二人は拘束されてしまった。二人は勇者選別試験のために王都に向かっていること、ホムの街では結界が解かれたから、王宮結界内に入れなくて困っていることを必死で説明したが、聞き入れてもらえるはずもなく、この檻に入れられてしまった。檻の中では魔力が封じられてしまっているため、さすがのマナでも外に出るのは難しい。
「王都に着いてからもう一回ちゃんと説明して分かって貰おうか」
「それに期待するしかないなんて、絶望的ですね……」
「何弱気なこと言ってるんだよー。どーんと構えておこうよ、ねっ?」
「ね? っじゃないですよっ」
「うるさい! お前たち、静かにしろ!」
荷馬車の横に並走している王宮騎士団の男から怒鳴られた。
「お前たち、立場が分かってるのか? たかだか領域騎士団の分際で気高き王宮結界に傷をつけおって。王都に着いたら然るべきところに引き渡して、牢獄へぶち込んでやるからな」
「はーい」
マナは緊張感のない声で応える。
「貴様! 王宮騎士団を舐めているのか?」
「いえいえ、とんでもないです。ところで王宮騎士団の方ならランクルって人を知ってますか?」
マナは両手を左右に振りながら取り繕う。
「何でお前たちがランクル様のことを知っている? ランクル様は王宮騎士団の副団長だぞ。お前たちみたいな下々の身分の者が会うことなどできぬくらい立派なお方よ」
「ふーん、そんなに偉くなったんだ。あのー、私の名前を書いた訴状が王宮騎士団の上の人に届けられるんですか?」
「ふん、そうだ。だから逃げたり誤魔化したりはできないと思え! ランクル様の元にも届くだろう。貴様らみたいなふざけた田舎騎士団員など一捻りで処罰されるわい」
男の鼻息が荒い。どうならこの男はランクルのことを尊敬しているらしいとマナは考えた。
「ぜひ、よろしくお願いしまーす」
マナはそう言って大人しく檻の中で寝転がる。
「ふん」
騎士団の男はそれを見て荷馬車の先頭まで馬で駆けて行った。
「先輩、あの人を怒らせちゃったみたいですが、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。私の名前が書かれた訴状を見ればランクルが助けてくれるかもよ。それに期待しよう」
そう言いながらマナは楽しそうに笑う。
「いやー、僕はランクルさんとはいい思い出がないので上手く行くか心配だなー」
「大丈夫! 何とかなるよ」
マナは親指を上に向けて自信満々に答えた。
「それにしても王宮騎士団が、僕たち領域騎士団のことを下に見てる風潮は変わらないですね」
「まあね、彼らはお貴族様だからね。私たちみたいなどこの馬の骨とも分からない根無草とは違うんだよ」
「なのに、勇者選別には僕たちも参加できるのが謎ですよね。普通なら最初から相手にされなくても不思議じゃないのに」
勇者選抜試験は出自、階級を問わず参加が可能で、条件を満たせば誰でも勇者に選ばれる可能性がある。ある意味完全な実力勝負の世界だが、判断基準が明確になっていない。それが逆に可能性を広げてしまい、世界中から選別選抜試験に人が集まってくる。
「今の王様になってから初めての試験なんですよね。何かあったんですかね?」
「そうだね。前の王様の時もその前の王様の時も試験はなかったみたいだからね。よほど今の結界が危ないんじゃないのかな」
「そんなもんですかね」
王都の中にある王宮騎士団の団長執務室。そこで団長のペリルや書類仕事を片付けていた。その横にはランクルが控えている。団長のペリルは、歳のせいか気苦労のせいか顔に常に皺を寄せたような顔で執務している。大きな体躯の持ち主だが、心は繊細なようで、部下の統率からもうすぐ行われる勇者選抜試験のことまで気を配らない時いけない立場であるため、気苦労が絶えない。
「ああ、何でこんなに問題が山積みなんだ? ランクル、答えてくれ」
横で控えていたランクルにペリルの愚痴が飛び火した。
「団長、あなたは細かいことを考え過ぎです。団長であるならもっと部下を信用して、どーんと構えて下さい」
ランクルは、体躯はペリルのようには恵まれていないが、端正な顔付きと穏やかな性格が故に、周囲からの人気が高い。常に苦虫を噛み締めたような顔をしている団長と比べると親しみやすく、部下からの信も厚い。親しみやすいが故に多くの悩みを打ち明けられることが多く、それがペリルの耳に入れられ、ペリルの悩みの種を増やしているのだが、ランクル本人にその自覚はない。
そこへある部下が急ぎの書類を持ってきた。
「何だ? また何か問題か?」
「はっ、ランクル様。これをお読みくださいませ」
そう言って部下が差し出してきたのは一通の訴状だった。
「何だ? これのどこが急ぎなのだ?」
「はっ、中をお読み頂ければ分かりますが、どうやら王宮結界に傷をつけた不届き者がこちらに運ばれております」
「なに? 結界に傷を、だと」
そう言ってランクルは訴状に目を通す。そしてある名前を目にした瞬間、急に態度を変えた。
「おい! この荷馬車はいつこちらに着く?」
「は、はい。予定だと本日の午後には王都に着くかと思われます」
それを聞いたランクルは脱兎の如く部屋を出て行った。




