28
その日は朝から天気が良かった。ホムの街を出て三日目。マナとルベルは王都までの旅を順調に進んでいた。出発の日から最初の二日は天気が悪かったため、自然と会話が少なく、黙々と歩みを進めるだけだった。出発の日にルベルがしでかしてしまった失態が尾を引いていたのは言うまでもない。
だが、ここにきて綺麗に晴れたものだから、二人とも気分が良くなって会話が弾み始めた。
「先輩、今日は天気が良くて気持ちいいですね」
「うん、久々に晴れて気持ちいいね。風も気持ちいい。この調子で歩いていくと、今日中に王宮結界まで辿り着けるんじゃない?」
「えっと、王宮結界? って何でしたっけ?」
「えっ、ルベル。あんた何も知らないのね。どんだけ田舎者なのよ?」
この人間が住んでいる世界は、大きな大陸から南に突き出した半島になっている。南の先端が王都になっており、そこから扇形に広がった半島の根元あたりまでが結界の範囲となっている。だが、結界の範囲は王宮守護者によって維持されている王宮結界と、領域守護者によって維持されている領域結界の二種類に分かれている。
結界は王宮を中心に広く球状に広がっているが、そこからさらに外の領域まで人間が住むようになってから、その外の街に小さな結界の中心を置くようになった。王宮から見て真北のホムの街、北東のヘイアンの街、北西のデンジャの街。この三か所に分体結界を置き、小さな球状の結界を張っている。当然お互いの結界の範囲は王宮結界と重なっており、分体結界はその王宮結界の魔力の一部を利用して維持されている。
「いや、聞いたことはありますが、分体結界と交じり合う部分は結界が中和されてるから、普段は意識することがないじゃないですか」
「そりゃそうだけど。今はホムの街に分体結界がないわけじゃない? と言うことは私たちは王宮結界の外にいることになるの。強力な王宮結界の中に入るにはちょっとめんどくさいのよ」
「あっ、そう言えばそうですね。ところで、先輩は王宮結界を抜けたことあるんですか?」
「ないわよ。でもターク隊長から聞いた話だとめんどくさいなって思っているの」
タークが言うのだから間違いはないのだろう。
「あっ、でもじゃあ、何で僕たちはヘイアンの街にはすんなり入れたんですか? ホムの街の結界が解けた後だったから、ヘイアンの街に入るの時に何かありそうですが」
「ああ、元々分体結界は不安定だからっていうのもあるけど、あの街は領域守護者たちが結界を維持するのをサボっていたからね。特に問題なかったってわけ」
「そうだったんですか。よく考えたら怖い話ですね。結界の維持が正常に行われてなかったのであれば、魔物がしょっちゅう入ってくるじゃないですか」
「そうね、だからそのパリストさん、だっけ? とライカの二人で相当忙しかったんじゃないかな」
「……そうだったんですね」
ルベルは死んでしまったパリストと、魔物に連れ去られてしまったライカのことを思い出して少し言葉が出なくなってしまった。
「ほら、元気出しなよ。そのライカちゃんは無事なんでしょ? だったらまた会えるよ」
「そうですね。すみませんでした。ちょっと思い出すたびに気になってしまって……」
「それよりもまずは勇者選別だよ! そっちに集中しよう」
ルベルは珍しくマナに励まされて、少し元気が出た。
「ところで、勇者選抜ってどんな基準で行われるんですか? 単純に強いってだけじゃないですよね?」
「うーん、それは私も詳しくは知らないんだよね。だから王宮守護者だったミラベルさんに聞こうとしたんだけど、それもできなくなっちゃったからね」
「せ、先輩。まさかそれを目当てで真っ先に守護者の塔に向かったんですか? こっちの苦労も知らずに」
「そ、そうだけど。あんたもいるし。何とかなるかなって思って」
「先輩、それは公私混同ですよ。ターク隊長に報告しなければなりませんね」
「ほーお、私の部屋に二回も無断で侵入して狼藉を働こうとしたあんたが私を脅すってわけ?」
ルベルは調子に乗ってしまったことを後悔した。
「あっ、あれは、そんなつもりじゃなかったんですよって何回も言いましたよね。誤解です。誤解」
「まあ、第三者が聞いてどう思うかだけどね」
こうなってしまっては勝ち目がない。
「す、すみませんでした」
「分かればよろしい。っていうか私としてはあんたの記憶を消すくらい殴らないと気が済まないところを、穏便に済ませてあげてるんだからね」
それはルベルには初耳だった。マナに記憶を消されるまで殴られた暁には命はないだろう。ルベルはもうマナに逆らうのはやめにしようと誓うのであった。
そうこうしているうちに日が傾き始め、とうとう二人は王宮結界の境界に到着した。といってもそこには何もない。魔力を持つ者には微かに結界の気配を感じるが、具体的に何かの壁があるわけではない。魔力を持つ者を阻む結界。二人は中に入ろうとするが、大きな壁に遮られたような感覚にぶち当たり、先には進めない。
「痛っ。やっぱり入れないか。王宮結界は強力だなー」
「先輩、これはどうしたらいいんですか?」
「ターク隊長が言うにはね、この王宮結界の警護をしている王宮騎士団がいるからその人たちを呼べばいいって」
「なるほど。で? どうやってその人たちを呼ぶんですか?」
「うーん、どこからか見てないかなー?」
「えっ、まさか考えなしですか?」
ルベルは不安になってきた。
「そんなことないよ。隊長が言うには王宮結界の警備は厳重で、少しでも結界に衝撃を加えられるようなことがあれば、王宮騎士団が飛んでくるんだって」
「へぇ、そうなんですか。っえ? まさか、先輩?」
ルベルの不安が高まってきた。
「そう、さすがルベルね。私の言いたいこと分かる?」
ルベルの不安は最高潮に高まった。
「ま、まさか先輩……」
「そう、この結界を思いっきり魔力で叩くのよ!」
そこでルベルは観念した。もうなるようにしかならないと。




