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外から降り注いてくる陽光を感じて、朝が来たことを思い知らさせれる。ルベルは頭痛が止まらない頭を抱えながら起き上がった。こんなことになるくらいなら昨日は飲まなければよかったと独りごちる。今日は勇者選抜試験のために王都へ出発する日だ。陽光が降り注いでる時点で出発はかなり遅れている。昨日タークによる送別会が開かれ、マナはいつものように酒に飲まれ、いつの間にか退場してしまっていた。ルベルは前回と同様にタークに掴まって酒を飲まされた後、記憶を失ってしまった。
「今、もうとっくに朝だよな……。頭いてぇ。くぅ、飲み過ぎた」
ルベルはさっさと身支度を済ませようと活動を始める。昨晩の送別会の前までに荷造りは終えていたため、さほど苦労することなく準備は整えることができた。
「さあ、出発するか」
昨日のお酒が抜けず頭が痛いのが玉に瑕だが、晴れの出発の日である。ルベルは気持ちを新たに宿舎の扉を開ける。
ルベルはまず領域騎士団の拠点に立ち寄った。タークに挨拶を済ますためだ。
「おはようございます。ターク隊長」
「おお! ルベルか。おはよう。と言ってももうすぐ昼だがな」
「ああ、すみません。昨日飲み過ぎたみたいで……」
「まあ、気にするな。今日は特に仕事もないしな」
タークの優しい言葉に甘えつつ、ルベルは一緒に行くはずの先輩の姿を探した。
「あれ? 先輩はまだ来てないんですか?」
「マナは来てないぞ。一緒に行くんだよな? もしかしたらまだ寝てるんじゃないのか。昨日はかなり飲んでたみたいだからな」
「はあ」
ルベルは既視感を覚えた。
「お前、マナを起こしに行ってきてやれ」
ルベルは思い出した。あの日、侮蔑の目で睨まれてしまった屈辱を。
「いやです! 絶対にろくな目にあいませんから。僕はここで待っています」
「ルベル、気持ちは分かるが起こしに行かなかったら、いつ起きて来るか分からないぞ。出発は遅くならない方がいい。起こしに行ってやれ」
タークの説得に負けたルベルは、またしてもマナが宿泊いる宿舎の前に立っていた。脳裏をよぎる過去の黒歴史。思い出しただけでも身の毛がよだつ。ルベルは勇気を振り絞って宿舎の扉を開けた。当然だがこの宿舎は女子専用だ。領域騎士団でのみ使用しているため、中に住んでいるのは領域騎士団の女子だけとなる。もし他の騎士団員に見つかってしまっては、ルベルの将来は閉ざされたも同然だ。
幸い今は昼前である。新たに赴任してきた女性騎士団員は数名いるが、今は巡回に出ている……はずだ。この宿舎にいるのはマナ一人だと思い、意を決して中に足を踏み入れる。足音が立たないようそっと廊下を歩く。
「いや、待て待て。こそこそしてると逆に怪しい。俺は先輩を起こしに来たんだ。何もやましことはない。うん、そうだ。堂々と歩こう」
そしてついに辿り着いた。勇者選抜試験会場。ではなくマナの部屋の前である。ここから先に何が待っているかは分からない。だが行かなければならない。ルベルは自分でも整理の付かない気持ちを抱えながらマナの部屋の扉を開けた。
中を覗くと、以前入った時とほぼ同じ光景が広がっていた。散らかった私物と服達。仕事で使う装備品も無造作に置かれている。いや置かれていると言うよりは捨てられている。ルベルは恐る恐る足を踏み入れた。心臓の叫ぶ声が胸に響く。痛い。
「せんぱーい、僕です。ルベルです。起きて下さーい」
念のため声をかけてみるが、予想通り返答はない。そこで初めて扉を開ける前に声を掛けてみるのを忘れたことに気がついてかなり焦った。女性の部屋に入るのに在室確認をしなかったことになる。
「……しまった。これじゃ、ただの変質者じゃないか」
だが、入ってしまったものは仕方がない。幸いと言うべきか、マナからの返答はない。このことは不問ということでいいだろう。ルベルは自分の失態を自分の都合のいいように解釈して前に進むことにした。
寝室を覗き込む。寝室と言っても部屋が分かれている訳でもなければ扉があるわけでもない。申し訳程度に区画が分かれているだけで、部屋としては空間的に繋がっている。どうやらマナは、前回と同じように布団にくるまっているようだった。
「さて、どうしたものか。おれは同じ間違いはしないぞ。こないだはここで起こそうとして、急に襲いかかって来られんだ。落ち着け、ルベル。ここは少し離れたところが声を掛けて起こすんだ。よし、そうしよう」
作戦を練り直したルベルは布団から少し離れたところから声を掛けてみる。
「せんぱーい。起きて下さーい。今日は王都に出発する日ですよー」
起きてくれ、と心の中で願ったがその願いは叶うことがなかった。それから何度か声を掛けてみたが、やはり無駄骨に終わった。
「落ち着け落ち着け、ルベル。もうここまでしたんだ。もっと近くて起こしても問題ないだろう。うん、って言うかもうそれしか方法はないんだ。よし、布団の上から揺さぶって起こそう」
ルベルは自分自身に無意味な言い訳をし終わると、意を決して布団の方へ近づいた。そして布団に手をかけようとして、ある疑問にぶち当たった。布団の中から寝息が聞こえない。どころか誰もいないではないか。布団が膨らんでいたから、てっきり人が寝ているのかと勘違いをしてしまっていた。そうと分かってしまえば、怖いものは何もない。マナはこの部屋にはいないのだ。
ルベルは途端に気を大きくした。
「そうですか、先輩はいないんですね。驚かさないで下さいよっ」
そう言い放ちながら、布団を勢いよくめくった時だった。部屋の扉が空いて、入ってきた人物と目が合った。ルベルは布団をめくった勢いそのままの姿勢で固まってしまった。
マナだった。そして一目でお風呂上がりだと理解した。薄い布切れ一枚だけまとっており、胸から上、そしてほぼ足の付け根から下が完全に顕になっていた。体から立ち上がる微かな湯気の気配。あの綺麗な髪は後ろで無造作に括られていた。そして上気したように顔をほんのり赤く染めている。
いや、照れて赤く染めているのではないことには、鈍感なルベルにもすぐに理解できた。だが、ルベルにはなす術がなかった。布団を一気にめくったところを見られて、めくった姿勢のままから動けなかった。
「ルベル、あんたねー。一度ならず二度までも!」
そしてルベルは、死を覚悟した。




