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 空の太陽は既に沈みかけている。マナとルベルは結界付近の巡回中だが、今日も魔物に遭遇することはなかった。ヘイアンの街はあれから平和になった。ミラベルの残した分体結界核の威力は強力で、魔物の入ってくる隙すらないようだ。


「先輩、今日も退屈な一日でしたね」


 ルベルは上司であるマナに今日一日の感想を漏らした。


「……そうね」


 マナはここ数日魔物と出くわしていないため、少し元気がなかった。そして機嫌も良くなかった。


「せ、先輩、ミラベルさんの分体結界核は流石ですね。いや、こんなに強力な結界を作れるなら、僕たち領域騎士団は必要ないかもですね。ははっ」

「……そうね」


 ルベルが必死で話を盛り上げようとするが、所詮ルベルの浅知恵では無駄玉であった。


「そう言えばさ、そろそろ交代要員が来る頃よね?」

「そうですね。あれからすぐに要請を出したから、そろそろですね」


 マナたちは魔物襲撃事件のあとすぐ、交代要員の要請を出していた。パリストが死亡、ライカが連れ去られてしまった以上、通常であれば魔物からヘイアンの街を守る要因の増強が必要なのだが、ミラベルが残してくれた分体結界核による結界が思いのほか強力で、逆に治安は安定した。であれば、マナたちがこの街にいる必要なない。元々は応援要請に応える形で出張してきた身である。街の安全が確保できているのであればここでの仕事はないに等しい。交代要員が来れば、ホムの街に戻ることができる。


 分体結界核への魔力供給はヘイアンの街の守護者たちでも十分にやっていけることが分かった。というよりも、あの日マナに全員気絶されられたおかげで、全守護者たちがマナへ畏敬の念を抱いてしまった。マナが軽い気持ちで指示した『この結界にちゃんと魔力を注ぎ込みなさいよ』の言葉を忠実に守ろうと必死に仕事をしている。


「交代要員が来れば、僕たちはまたホムの街に戻れますね」

「そうだねー。でもすぐに勇者選抜試験があるから王都に行かなきゃだけど」


 マナが何気なく発した一言に、ルベルは一瞬言葉を失った。


「せ、先輩。勇者選抜に出るんですか?」

「出るわよ。何言ってるの? 私勇者になるのが夢だったって前に話したじゃない」


 確かにその話はホムの街で聞いていた。


「いや、本当に受けるんですね。でも先輩なら、本当に勇者になれちゃうかも知れませんね」

「うん、頑張るよー」


 ルベルは不安であった。そして忘れていた。マナがとんでもないことを考えていたことを思い出した。この人間社会を守っている結界を解くつもりだということを。


「でもルベルも受けるんでしょ? 勇者選抜」

「はっ?」


 またしてもルベルは一瞬言葉を失った。


「いやいやいや、僕は受けませんよ。受けても受かりっこありませんから。そもそも先輩が受けるのに僕が受けても意味ないでしょ。それにホムの街はどうなるんですか? あの街を守る領域騎士がいなくなっては、ホムの街のみんなが困ってしまいますよ」


 必死で否定しながらも、ルベルは自分の言っていることが上滑りしている感覚になっていた。


「ホムの街はエラルっている鬼が魔物を侵入させないって約束してくれたじゃない。だから私やルベルがいないくても大丈夫だよ」

「そ、そうでしたね。でも……やっぱり僕はいいですよ」


 ルベルは下を向く。出るつもりはないと言ったが、実はライカに言われた言葉が気になっていた。自分が『候補者』であるにも関わらず、勇者になることを諦めていることに、どこか後ろめたい気持ちが芽生えていた。効率的に考えるなら自分がでしゃばる必要はない。だが指をくわえて見ているだけで本当にいいのだろうか。ライカは勇者になろうとしていた。勇者になってこの世界を救うことを強く望んでいた。だが、ライカは魔族に連れていかれてしまった。自分の夢と希望を失ってしまった。自分はどうなのだろうか。まだ戦えるのに、何もせずにこのままでいいのだろうか。


 いや、よくない。ルベルはパリストが残してくれた魔装棍を強く握りしめた。パリストが考えた未来、ライカが夢見た未来。それを背負って戦ってみてもいいのではないだろうか。いや戦うべきなのではないだろうか。例え、目の前に大きな壁があったとしても、自らの意思で戦わなければならないのではないだろうか。パリストが、ライカができなかった思いを誰かが繋いでいかなければいけない。きっとそれは自分なのだろう。自分しかできないだろう。だったら自分が立ち上がらなければならない。


 ルベルは決意を固くした。


「あっ、ルベルも受けるんだと思って、一緒に応募しておいたからね」

「はっ?」


 ルベルが言葉を失ったのは三度目だった。


「タークさんがね、『あいつはきっと受けるだろうからついでに出しておこう』ってね」

「はっ?」


 ルベルを見つめるマナは笑顔だった。


「ルベル、さっきから『はっ?』しか言ってないけど大丈夫?」

「えっ、はぁ。大丈夫です。いや、でも受けるのも……いいのかなって思ってきたところだったので」

「じゃあよかったじゃない! 一緒にがんばろっ」


 マナがルベルの背中を大きく叩く。


「なんで先輩はそんなに嬉しそうなんですか? 勇者になるのが夢なんでしょ? 僕が参加したらライバルが増えることになるのに」

「おっ、言ったな。その魔装棍を手に入れてから自信がついた?」


 ルベルはパリストの魔装棍を引き継いで使っていた。


「でもね、一回ルベルとはちゃんと戦ってみたかったんだよ。本当の実力を隠しているのを知っているんだからね、私」

「は、はぁ。そんないいものではないですよ」


 ルベルは再び魔装棍を握りしめた。マナに勝てるとは到底思わないが、自分を試してみたい気持ちは確かに湧いてきていた。パリストとライカの思いを背負っているというのは自分への言い訳かも知れない。本当のところは自分の力がどこまで通用するか、やってみるだけやってみたいという原始的な欲求だった。


「先輩、そうと決まれば、早くホムの街に戻って勇者選抜の準備をしなきゃですね!」

「おっ、やる気になったね後輩。一緒に頑張ろう!」


 沈む夕日を背に、二人の領域騎士団員はヘイアンの街に向かって歩き始めた。








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