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「マナと言ったな。お前はどうしてここにいる?」


 ミラベルは気を落ち着かせながら問いかける。ここまで簡単に来られるはずがない。なのに目の前にいるマナはまるで遊びにきたかのように佇んでいる。その姿は無邪気にも思えるが、自分が抱えている緊張感と差があり過ぎて、逆に不気味に映る。


「そんなこと、どうでもいいじゃないですか」


 マナは笑みを絶やさず優雅に答えた。緊張が全く伝わらないその佇まいに、ミラベルは恐怖を覚えた。


「ま、まさか、お前はホムの街で魔族軍の隊長を倒したやつか?」


 あの時、ミラベルは少し離れたところに隠れていた。魔族軍の隊長ワーズマースが一瞬で殺されてしまった。それを察したミラベルは、何が起こったか分からず、ただただ震えていた。すぐ近くにある恐怖に向き合うことも出来ず、早く目の前からいなくなることを祈ることしかできなかった。


 震えていたら、程なくして誰も居なくなった。様子を見ようとその場に行くと、ワーズマースの変わり果てた姿が目に入った。ミラベルは目の前の光景が怖くなって、自らの魔法でその場をめちゃくちゃにかき乱した。自分が見た景色を一変させて気を落ち着かせようとした。


「ホムの街? 魔族? 何でそのことを知ってるんですか?」


 ミラベルは墓穴を掘ってしまった。気が付いたときはもう遅かった。混乱して冷静な判断力を失ってしまっている。あの場にいたことも、裏で手を引いていたこともバレてしまった。


「あっ、えっ、えっと……」


 恐怖で声が出てこなかった。体も動かない。立っているのがやっとだった。誰かに後ろから指でつつかれただけで倒れそうなくらいの脆い状態を保つのがやっとだった。


「あのー、心配しなくていいですよ。あなたのこと、殺したりする気はないので」

「えっ?」


 マナはあくまで優しく、語りかける。


「ミラベルさんは、何でこんなことしてるんですか? 」

「こんなこと、とは?」


 つい惚けてしまった。一目瞭然のはずのことを。マナの怒りを買ってしまわないか不安だったが、それ以上にマナが何を考えているのかが分からず、探らずにはいられなかった。


「嫌だなぁ。見れば分かるじゃないですか? 何で魔物たちを結界の中に入れているんですかって聞いているんですよ」


 ミラベルは、もうここで白を切っても自分の身を危うくするだけだと判断した。マナは殺すつもりはないと言った。それを信じるのであれば、ここではマナに従順にする方が得策だ。


「せ、世界を救うためだ」

「世界を救う? なんで魔物たちを襲わせることが世界を救うことになるんですか?」


 もうこうなったらとやけくそだ。ミラベルは観念した。


「このまま結界を維持し続けていれば、世界が滅んでしまうからだ」


 マナはミラベルを見たまま、反応がなかった。ミラベルは緊張と恐怖を埋めるかのように言葉を紡いだ。


「結界の維持には多くの魔力が必要であることは知っているだろう。その魔力の補填のために守護者たちがいることも。だが、実は人間ごときの魔力では結界の維持に必要な魔力は全然足りないのだ。人間が増えすぎたことによる結界の拡大もそれに拍車をかけている。分体結界を作ることにより効率はよくなったが、根本的に必要な総魔力量は日々増加している」

「ふんふん、それで?」


 ミラベルはマナに促されるがままに話し続けた。


「この国、アーセック王国は国民に隠していることがある。守護者からの供給で不足している魔力は、この大地から補っているのだ。この大地、つまり世界から魔力を吸収して自分たちの国を守る結界を維持している。当然、魔力を吸い取られた大地や世界は荒廃していく。つまり、結界を維持し続けることは、世界からしたら害悪でしかないのだ」

「でも、人間からしたら結界がないと魔物に襲われてしまうから怖いじゃないですか? だから結界があるんですよね?」

「違う! 人間たちは誤解している。魔物たちは確かに人間を襲う者もいるが皆がそうではない。総じて理性的で知的だ。話し合うことができる!」


 ミラベルは作戦の際、魔物との交流を通して感じていた。彼らは頭の固い人間たちと違って話が通じる。お互いの意見を尊重し、話し合うことができると。


「そうですか。ミラベルさんの意見が聞けてよかったです。でも、もうこんなことは止めて下さいね。それと、今回は結界をそのままにしておいて下さい」


 マナはミラベルの話を一通り話を聞くだけ聞いて、そう答えた。


「ま、待て。私の話を聞いていたのか? 結界を崩していかないと世界が滅んでしまうのが分からないのか?」

「でも、あなたのやり方だと、たくさんの人間が犠牲になってしまいます。それと魔物もです」

「そうだ。そんなことは承知の上だ。この世界を救うためにはやむを得ない犠牲だ」


 ミラベルは、話が通じないマナに少し苛立ちを感じていた。


「では私は今からあなたを殺します。いいですね?」

「はっ?」


 マナはそう言い放つと、おもむろに剣を抜いた。


「これも、世界の為です。仕方ありませんよね」

「ま、待て! やめろ、やめてくれ」


 表情一つ変えずに剣を抜き、襲い掛かってきそうなマナに再び恐怖を覚えた。


「なんで止める必要があるんですか? では行きます」

「ひっ」


 ミラベルにはマナの剣先が一瞬で消えたことしか分からなかった。気が付くとその剣は自分の首の前で寸止めになっていた。ミラベルは恐怖で声が上げられない。倒れ込みたいが、動くと剣が首にかかりそうで動けない。


「ミラベルさん、怖かったですか? 怖かったですよね? そうなんです。誰でも死ぬのは嫌です。何で自分が? って思うんです。こんな理不尽ありませんよね?」





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