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「うおおおおー」


 ライカの風魔法の斬撃が無数にラーカイルに向かって飛んで行く。ラーカイルは距離を取るように後方に大きく避けた。


「ふん、来ると分かっていればどうということはない」


 それでもライカの攻撃は止まない。次々と風の斬撃を飛ばしてくる。ラーカールは落ち着いてそれらをかわしていく。


「それならっ」


 ライカは風魔法から火炎魔法に切り替えた。風魔法を発動直後に詠唱を始めているため、通常であれば数秒の遅れが出るが、ライカであれば魔法を連発することができる。ライカは風ではなく広範囲に影響がある大きな火炎を無数に発生させ、ラーカイルに放った。


「くっ、化物め。なぜ人間がこれだけの魔法を次々と使える」


 ラーカイルはさらに距離を取るため、後方まで下がってきた。既にヘイアンの街の門は遥か遠くである。背には森があり、この火炎が森まで到達すれば森が焼けることになる。ラーカイルは地面に手を置き、魔法の詠唱を始めた。すぐさま地面が盛り上がって壁ができる。その壁にライカが放った火炎魔法がぶつかる。数発の火炎が壁をすり抜けて森の近くに着弾したが、延焼する気配はない。


 だが、安心する時間を与えてはくれない。先程作ったばかりの壁が十字模様に切り刻まれて、瞬時に崩れ落ちた。ライカの風魔法だった。崩れ落ちた隙間から、大きな火炎球が飛んでくる。


「これは、避けるわけにはいかないな……」


 ラーカイルは身体強化魔法を使うことにした。火炎に対する耐性を身体に付与する。これで火炎が当たっても軽症で済む。


「はあああああっ」


 自らの正拳突きでライカの火炎魔法を弾いた。それでも弾いた右手は重度の火傷を負っていた。すぐさま回復魔法をかける。


 これだけの魔法を使える人間は規格外過ぎる。こんなことできる人間がいるとは……ふと、ラーカイルの頭にふとした仮説が浮かんだ。ライカは今は冷静ではない。探りを入れてみるにはいい機会だと思った。


「ライカとやらっ!」


 ラーカイルの叫びにライカの攻撃が一旦止んだ。


「何だ? もう降参か?」

「降参ではない。お前のその魔法、どうやって身に付けた?」

「そんなものに答える義理はないだろう!」


 ライカは馬鹿馬鹿しいとばかりに、次の火炎魔法を放つ。


「ちっ」


 ラーカイルは再び拳で跳ね返す。そしてそのまま会話を止めず、次の火炎球を避けながらライカとの距離を詰める。


「人間ではそんな魔法を使えるはずがない。お前、もしかして魔族との混血か?」


 ライカの反応はない。続けて火炎魔法が飛んでくる。距離を詰めているため、避けるのがキツくになってきた。ラーカイルはそれでも距離を詰めていく。


「図星だな。お前のその前髪、何でそこで括っている? そこには隠したいものがあるのではないか?」


 ラーカイルにとっては賭けだった。たまたまライカが前髪を上に一つ括りにしていたのを指摘しただけで、明確な根拠はなかった。


「うるさいっ! お前には関係ないだろう!」


 ラーカイルにはライカの苛立ちの感情が垣間見えた気がした。ライカの魔法の精度が落ちていく。ラーカイルは近づいているのに、ライカの魔法は一向に当たらない。ラーカイルは遂にライカの腕を掴んだ。そしてとどめの一言を放つ。


「そこには、角が生えているのだろう?」


 ライカが力で抵抗しようとするが、腕力ではラーカイルに敵わないため、動くことができない。ライカの歯ぎしりだけが響く。


「答えられないか? そうだろう。自分が魔族だなんて知られたら騎士団にはいられなくなるからな」

「うるさいっ、適当なことを言うな。私は人間だっ。人間の村に生まれて人間に育てられた」


 ライカの言葉から、はっきりとした拒絶が失われていた。


「いいか、聞けっ! お前のことは魔族はみんな知っている」

「なっ、なんだと!! て、適当なことを言うな」


 角が生えているのであれば、鬼の血を引いていることになる。人間の世界に鬼の血を引くものがいるとしたら一人しかない。


「よく聞け。お前の故郷はスラマの村だろう?」

「ああ、そうだ。だがなぜお前がそれを知っている?」


 ラーカイルは確信した。スラマの村の生き残り。こんなところで会うことになろうとは。


「スラマの村は、魔族の村だった」

「ふんっ! 馬鹿馬鹿しい。そんな訳がないだろう。あの村は……」


 ライカの言葉をラーカイルが遮る。


「あの村は、人間によって滅ぼされたのだ」 

「えっ……」


 ライカが絶句する。自らの記憶の断片を思い出そうとする。いつもの朝食。急に鳴り響いた轟音。炎に焼かれた父。崩れ落ちた家。焦げ付いた匂い。助けを求める声。だが、どれだけ思い出そうとしても魔物の姿を思い出すことができなかった。いや違う。当時の記憶は曖昧だ。断片的にしか覚えていない。誰も助からなかった。たまたま、自分だけ生き残った。だが、魔物がいれば自分だけ生き残るなんてあり得ない。


 記憶では、最初に自分に触れたのはパリストだった。パリストは助けにきてくれた騎士団だと思っていた。大勢の魔物たちを退治してくれたのだと思っていた。だが、それはそう思いたかった自分が、そう信じただけなのではないか。


「思い出したか? スラマの村は今は結界の中だが、当時は結界の外だったのだ。人間たちが分体結界核を使い始めるようになってから、少しだけ結界の領域が広がった。そこにあったのがスラマの村だ。人間たちはそこに住んでいる者達を皆殺しにした。話し合うこともなく、な。それを知った魔族は取り返そうとしたが、時すでに遅かった。村は全焼し、その周りには強固な結界ができあがっていた。すべて人間たちが計画したことだ。魔力探知でスラマの村に生き残りがいることだけは分かった。が、すぐにその魔力は消されてしまった。死んだのではないと信じていたが、生きていたんだな」


 ライカは力なく膝をついた。ラーカイルに抗うことはとうに止めていた。ラーカイルの言うことが本当ならば、自分の村は人間に壊滅させられたことになる。そこにパリストもいた。と言うことは、パリストも村を襲った人間の中にいたということだ。命の恩人だと思っていた。だが、憎き敵だった。そんなはずはない。信じたくない。信じない。でも、あのとき自分はそう信じたいと思って信じたのに。現実はそうではなかった。頭が混乱してぐちゃぐちゃになる。もう何も考えられなかった。ただただ、涙と慟哭だけが止まらなかった。


「うあああああああー!!」










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