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「サリュ様、ここは私に任せてお逃げ下さい!」
「何を言っている! お前だけ残して行くわけにはいかないぞ」
ラーカイルは主人のサリュだけでも生きて返さなければと思い必死だった。この少女は手強い。しかもサリュは今手負の身だ。万が一があってはいけない。
「おい、お前たちがパリストさんを殺したのか?」
少女から声が発せられた。抑揚がなかったが、苛立ったような感情がビリビリと伝わってくる。周囲を満たす魔力が、尋常な相手ではないことを思い知らしてくる。ラーカイルは覚悟した。ここで命に変えてもこの少女を食い止めると。
「パリスト? あの男はパリストと言うのか?」
サリュはあの男はライカだと思っていたため、少女の言っている意味が分からなかった。
「質問をしているのはこちらだっ!」
先程と同じ風の斬撃が飛んでくる。ラーカイルは辛うじて自分の体で真正面から受けて耐えた。
「ぐはっ」
先程と違い、斬撃がくると分かっていれば身体強化魔法で耐えることができる。だが、あの少女が本気で放ったものであれば今頃五体がバラバラになっていたかも知れない。サリュがこれをまともに食らうと耐えられないだろう。ラーカイルは意を決してサリュの方へ振り返った。
「サリュ様、失礼致します」
ラーカイルがサリュに向かって、右手を当てる。
「お、おい。やめろ。お前はどうする……」
「はあっ!」
掛け声と同時に大きな衝撃波が発生してサリュが遥か遠くへ飛ばされた。
「サリュ様、すみません。お叱りは後でゆっくり受けます。まずは生きてここを離れて下さい」
ラーカイルの指示を受けて、壁になっていた魔物たちもゾロゾロと引き上げ始めた。それを見届けた後、ラーカイルは少女の方へ振り返った。
「そうだ、あの男は私がやった。それで、お前は何者だ?」
ラーカイルが質問に答えると、少女の目が大きく見開かれた。ラーカイルを睨みつけ、怒りを露わにする。魔力の流れがまた変わった。ラーカイルは今まで感じたことのない種類の魔力の流れに戸惑った。
「わたしはライカ。ここの、領域騎士団だ!」
その少女はライカと名乗った。ラーカイルはしくじったと思った。あの男がライカだと勘違いをしていた。ライカは今目の前にいる少女だった。しかも勘違いしていたのは人だけではなく、実力もだった。この相手はサリュといえど苦戦が強いられる。戦闘情報を探り、余程の準備をしないと勝てない相手だと思われる。たが、ここで引くわけにはいかない。
「そうか、お前があのライカか。私はラーカイル。魔族軍第五部隊副長だ。私怨はないが、ここでお前を倒さなければならない」
「そうか。私もお前をここで倒さなければならない。私怨でな!」
ルベルはやっとヘイアンの街の門の前まで辿り着いた。少し前に見た落雷。あれが何を意味するのか分からなかったが、何となく嫌な予感がしていた。
「それにしても、こんな時に先輩は何をやってるんですかね。そろそろ来てもらわないと……」
マナは森の中で別れて以来、どこにいるのかも不明のままだった。
「あのまま、魔物のもふもふの中で過ごしているとは考えにくいが……いや、もしかしたらもしかすると……ああっ、嫌な予感しかしないっ」
心の平穏を保つため、ルベルは一旦マナの事を頭から切り離すことにした。そのまま門の外まで走っていくと、ふと大きな魔力の流れを感じた。ライカのものだろう。その魔力が一か所に集まっている。ライカは大技を使うつもりなのかも知れない。と、その瞬間、大きな火炎の塊が上空に現れた。目の前は黒い魔物の死体の山が積みあがっていて、その向こう側が見えなくなっている。戦闘が行われているのは、恐らく黒い山の向こう側なのだろう。その炎の塊は放たれ、山の向こうで何かに直撃した。
どーん! という大きな衝撃音と共に爆風が巻き起こる。黒い死体の山が、からからに乾いた炭のように爆風によって散り散りになっていく。
「なんて威力だよ。ライカのやつ。ここまでの魔法が使えるのか」
黒い山がなくなったところに、男が一人倒れていているのが目に入った。それはルベルには見覚えのある男だった。
「パリストさん!」
ルベルが駆け寄るが、ルベルにも分かってしまった。あの身体はもう動かないと。パリストはもう死んでしまっていると。
「くそっ、誰だよ。ライカが戦っているやつがやったのか」
ルベルがパリストの足元に見覚えのある武器を見つけた。
「ん? これはパリストさんが使っていたものだな……」
その長い棒をルベルが手にした時、自分の魔力が一瞬その棒に吸い取られていったのが分かった。
「何だ、この棒は。魔力を吸い取るのか。いや、違う。魔力は流れていったが放出はされていない」
ルベルには直感的に理解できた。この武器は魔力を流して、その効果を増幅させるものだと。理屈ではどうなっているかは分からないが、そのような武器があると聞いたことがあった。
「こ、これなら先輩の魔剣に対抗できる力になるかもな」
ルベルはパリストの魔装棍を握りしめた。パリストの許可はもらっていないが、この武器を試してみたくなった。
「パリストさん、ごめんなさい。少しだけ使わせて頂きます。これでライカを守ってみせますから」




