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 目の前は地獄のような光景だった。建物は焼け崩れ、倒壊した瓦礫からも炎が立ち続けている。周囲から建物と人が焦げた匂いがして吐き気がしたが、次第に慣れた。今は何も匂わない。何も感じない。痛くて熱かった足も既に感覚は失われていた。


 感覚が失われたと同時になぜ今自分がここに立っているのか考えた。はっきりとは思い出せないが、気が付いたらここに立っていた。いや、いつものように朝ご飯を食べていたところだったと思う。そこに大きな地響きがした。父が扉を開けて外の様子を見に行った。その時だった。目の前が一瞬にして業火に包まれた。ついさっきまで父がいた場所には黒い炭しか残ってなかった。


 何が起こったのか理解が追い付かなかった。その場に立ち尽くしたまま何もできないでいた。何もできずに、目の前で起きている光景から目を逸らしながら、事の成り行きに身を委ねた。そしたら生き残った。村は焼かれ、何もかもを失った。これ以上はもう何も考えられなかった。


 そんな時だった。ふと頭が温かいものに包まれたように感じた。目の前に大人の男の人が現れた。どうやらその人がその大きな手で頭を撫でたのだろう。何にも守られず無防備だった体が、何かに包まれたような安心感で満たされた。その人はパリストと言った。もう何も心配しなくていい、と言ってくれた。その言葉を聞いた途端、急に涙が溢れてきた。止めようとしても止まらなかった。涙を流さないと体が崩れていきそうだった。声も出ない。体も動かない。でも涙だけがとめどなく流れ落ちた。そうすることで自分を保っていた。


 どうして今ごろになってそんな昔のことを思い出すのか。ライカは嫌な予感がしてパリストの元へと急ぐ。先ほどの大きな落雷は恐らくパリストのものだろう。自然の力を使って魔法を増幅するのがパリストの得意技だ。実戦訓練でいつも思い知らされる。魔法の力ではパリストの何倍も勝っているはずなのに、いつも勝てない。魔法の使い方が粗い。最小限の魔力で最大限引き出せる環境を作れ。耳が痛くなるくらいしつこく言われた言葉だ。


 あれ程の威力の魔法を使うとなると相手は強敵である可能性が高い。パリストがそれを使わないといけないと判断した相手がそこにいることになる。ライカは緊張感を高めて現地に走った。





 ライカはヘイアンの街の門に辿り着いた。そこには黒い山が出来上がっていた。よく見ると黒い山は焦げた魔物が積み重なったものだった。パリストの魔法を受けたのだと推察できる。


「パリストさん! どこですか?!」


 周囲を見渡すと、魔物たちが隊列を成してこちらを睨んでいた。が、襲ってくる気配はない。ふと黒い山から見覚えのあるものが見えた。パリストが使っていた魔装棍だった。嫌な予感がした。気が動転しそうになるのをぐっと堪える。


「ま、まさか……。こ、この下にパリストさんが……」


 ライカは必死になって黒くなった魔物たちの山を崩し始めた。すると、見覚えのある靴が顔を出した。


「パリストさん!」


 上に乗っている魔物たちをどけ終わると、うつ伏せになったまま動かないパリストが姿を現した。


「パリストさん! しっかりして下さい! パリストさん! 大丈夫ですか?」


 ライカがどれだけ声をかけても返答はなかった。パリストの体は動かず、反応もなかった。人の死体などここにきてからたくさん見てきた。初めから分かっていた。もうパリストの身体はそれらと同じだったこと。たがライカは声をかけざるを得なかった。これまで目の前で死んでいった仲間たちとは違う。命の恩人。あのとき温もりをくれた人。生きる力をくれた人。今ここにいるのは全てパリストのおかげだった。


「どうして! 何も言わせてくれないんですか! とっても感謝してたこと、伝えたかったのに。大好きだって伝えたかったのに……。どうして伝えさせてくれないんですかっ! 答えて下さいよっ」


 大好きだった人。尊敬もしていた。この人のために勇者になろうと決意したこと。全ての気持ちをまだ伝えたことがなかった。いつか伝えようと思っていた。伝えることはいつでもできると思っていた。だが、もうできない。伝えようがない。そのどうしようもない現実が悲しかった、と同時にその状況に苛立ちもした。




 ちょうどその頃、黒山のライカ達と反対側で魔物たちの死体の一部がもぞもぞと動き始めた。


「うおおおおー!」


 咆哮をあげて、魔物たちを吹き飛ばしながら一人の魔物が立ち上がった。サリュだった。すぐにふらついて片膝をついたところに、もう一人の魔物がサリュを支えた。


「大丈夫ですか? サリュ様」

「ああ、ラーカイル。大丈夫だ。お前たちが盾になってくれたおかげで今こうして立てている」


 パリストが魔法を放つ直前に、魔物たちがサリュに覆い被さって直撃を避けられた。そしてその指揮をしたのがサリュの隣に立っている腹心の部下であるラーカイルだった。サリュは人間でいうと女性の姿をしているのに対し、ラーカイルは成人男性の姿をしているため、側から見れば人間の夫婦に見間違えてしまう。


「とんでもございません。主人がやられるのを座して待つなどできるはずもございません」

「お前たちに出てきてもらう予定ではなかったがな。まあいい。目的は達した。引き上げるぞ」


 サリュがラーカイルに支えられながら引き返そうとしたときだった。


「待て」


 見上げると黒い山の上に、一人の少女が静かに立っていた。二人は奇妙な魔力の流れを感じ取った。


「まずいっ! サリュ様、ここは私が……」


 ラーカイルがサリュだけでも返さなければと思った瞬間、左脇腹を裂かれた。風魔法であった。


「ぐはっ……」


 裂かれたところから血が吹き出して、今度はラーカイルが片膝をついた。瞬時に回復魔法をかける。




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