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 ミラベルは、ヘイアンの街へ向かって歩いていた。ホムの街では完全に誤算だった。領域騎士団の中に、隊長クラスの魔族をあんなにあっさりを倒せる者がいるとは思ってもみなかった。だが、ホムの街の結界核は持ち去ることに成功した。これだけでも大きな成果である。これでしばらくあの街の周囲の結界は弱まることだろう。


 魔物が跋扈して領域騎士団員を疲弊させてやればいい。そうしたら人間はあの街を放棄するだろう。早く魔族の力を王都まで届けさせなければならない。そのためには命を捨ててもいい。私がいなくなっても同じ意思を持った同志があとを繋いでくれる。このまま無知な人間に好きにさせていてはいけない。


 ミラベルはヘイアンの街に辿り着いた。まずはここでの協力者と接触しなければならない。日没後に守護者の塔で待ち合わせることになっている。分体守護者は総じて劣等感の塊だ。王宮守護者になれなくて辺境に飛ばされた半端者たち。周囲はそこまで考えていないが、当事者たちは違う。自分たちは落ちこぼれた。王宮で結界核を守る仕事の方が上で、自分たちは落ちこぼれなのだと。そう考えている者は少なくない。ホムの街では自分が魔族と話を付け、上手く誘導できたがこちらではそう簡単にはいかない。


 だが、この街の守護者も御多聞に漏れず劣等感に苛まれていた。特に責任者のバリッドは典型的な負け犬根性を持っていた。これだと御しやすい。上手く手紙で焚きつけたら、すぐに乗ってきた。今回も比較的簡単に魔族を街に引き入れることができそうだ。


 すると、背後から人が近づいて来る気配がした。


「バリッドか」


 男は少し興奮した様子だった。フードを被って素性を隠しているが、溢れでる気持ちは抑えきれていなかった。


「そうです。ミラベル様でしょうか。この度は私を引き立てて頂いてありがとうございます。まさかあの有名なミラベル様がこんなに若くて美しい女性だとは思いもしませんでした。あなた様の才覚には脱帽です。そんなミラベル様に引き立てて頂ければ、私の王宮守護者への道は開けたも同然です」


 ペラペラとよく喋る。小物。自分の実力も推し測ることができず、何者かにすがることしかできない俗物。ミラベルは協力の対価として、王宮守護者への推薦を挙げている。ミラベルがそこまで力がないことも分かっていない上に、確証がない利益に対して払うリスクの大きさも分かっていない。愚かな男である。


「ああ、私がミラベルだ。この度はご協力ありがとうございます。それでは早速ですが、守護者の塔までご案内頂けますでしょうか?」

「かしこまりました。仰せの通りに人払いは済ませております」

「よし、案内してくれ」


 日が完全に沈んでしまって、辺りは暗闇に包まれている。街もすっかり人気がなくなっていた。バリッドはそれでも周囲を警戒しながら、ミラベルを守護者の塔まで案内した。


「ミラベル様、こちらです」


 守護者の塔の四階。分体結界の核がある所まで上がってきて、バリッドは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。まるで自分の将来が約束されたかのような笑み。何の確証もないのに、どうしてそのような笑みを浮かべられるのか。ミラベルにはバリッドの浅はかさに、嫌悪を感じていた。


「ありがとう。今から私は結界核の調査をする。核の反応を見たい。念のためだが、魔力を注いでみてくれないか」

「かしこまりました。お任せ下さい。私の魔力を見て頂けるなど光栄です」


 バリッドは千載一遇の機会とばかりに、勇んで自分の魔力を核に注ぐ。分体結界の核の前に立ち、両手を核の前にかざす。すると、魔力が核に吸い込まれ始めた。それを見てミラベルはがっかりした。ホムの街にいた守護者でももっと多くの魔力を持っていた。それと比べても見劣りするくらいの魔力しか注がれていない。これでよくこの周囲の結界が守れたものだ。


「よし、そのまま続けて」

「はい。どうですか? 私の魔力は。十分に王宮でも通用すると思いませんか?」


 どこからその自信が来るのか、ミラベルにはまったく理解ができなかった。ミラベルはバリッドの肩に手を置く。自らの魔力をバリッドを通じて押し込む。


「ミ、ミラベルさ、ま?」

「そのままだ。そのまま続けてくれ」


 バリッドの顔が力なく歪む。


「こ、このままでは、私の魔力が尽きてし、しまいます」

「そうか、それは残念だが、もう手遅れだ」


 ミラベルの流した魔力が強過ぎて、バリッドの中の魔力が瞬時に引っ張られた。ミラベルの余りにも早いその魔力の流れに引き寄せられるように、体内で練られた魔力がそれについていこうと急激に流れる。もはやバリッドの意思は介在する余地はない。ミラベルの流す魔力が止まらない。程なく、バリッドの魔力は尽きた。そのまま声を発することも出来ずに倒れ込む。


 ミラベルはバリッドに触れていた手を洗いたくて堪らなかったので、魔法で水を出し、手を入念に洗った


「汚らしい。こんな不快な男に触れてしまった。もしかしたらこいつは私に下卑た感情を持ったかも知れない。後で身を清めなれけば」


 ミラベルは次の仕事に取り掛かる。


「ふう、あんな奴の魔力でもないよりはマシだ。この魔法には大量の魔力を必要とする」


 ミラベルは魔法の詠唱を始めた。結界核の中から魔力が溢れ出てきて、ミラベルの制御下に入る。ミラベルが魔法を発動させると、その中心から窓のような空間が出現して、そこから一人の魔族が姿を現した。


「久しぶりだな。エルト」


 その魔物は小さな鬼だった。姿は人間の少年のような姿をしているが、紛れもなく鬼である。魔族の中でも大きな力を持つ種族の一つである鬼族の少年だ。


 その少年は、鬼とは思えない邪気のない笑顔でミラベルに挨拶をした。


「ミラベルさん、こんにちは。久しぶりだね」









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