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「ねぇ、ルベル。こないだはごめんね。私、びっくりしちゃって動揺してただけなの……。本当はね、ルベルのこと……」


 マナがルベルに覆い被さろうとする。ここのところ野営続きでお互い疲れが溜まっていた。食事を終えたところで、急にマナが迫ってきた。


「せ、先輩。だ、ダメですよ。僕たちはあくまで仕事の同僚じゃないですか」

「ルベル。私、命を預けられる男の人ってあなたしかいないの。これからも、私のこと守ってくれる?」


 マナが上目遣いでルベルを見つめてくる。その瞳はいつものそれではなく、潤いに満ちており、瞳の中には自分の顔が写っていた。


「せ、先輩……」


 ルベルは、攻守交代と言わんばかりにマナの腰を掴んで、マナを仰向けにさせる。両手を握って見つめ返す。マナがルベルの理性を飛ばす一言を静かに放つ。


「ルベル……いいよ」

「せ、先輩っ!」


 ルベルはマナの上に完全に覆い被さる。


「ルベル…」

「先輩っ」


 ルベルは、間近にいるはずのマナの声が遠くから聞こえるような不思議な心地に浸る。


「ルベル…」


 その声が遠くから、聞こえてくる。


「ルベルっ!」


 その声が次第に近づいてきた。


「こらっ! ルベル! 起きなさい!」


 ルベルは、鈍い痛みと共に目を覚ました。


「えっ!? あれっ、これは……。せ、先輩はさっきまでここに……」

「何言ってるの? 火の当番の交代の時間でしょ。私眠たくて仕方ないんだから。ところで、何か変な夢見てた? 気持ち悪い声出してたよ」


 ルベルは、ここにきてやっと夢を見ていたことに気がついた。今は、東の要所ヘイアンの街に向かう旅の途中。野営のための焚き火が目の前にあり、その火の向こうに眠そうなマナがこちらを見ていた。足元には、マナの投げた石ころが転がっている。とてもマナの顔を直視できない。ルベルは恥ずかし過ぎて、顔を両手で押さえた。そのまま悶絶しそうになる。


「……なに? 急にどうしたの? ちょっと本気で気持ち悪いんだけど」

「いえ、気にしないで下さい。僕のことはほっといて先輩は早く休んで下さい……」


 ルベルはとりあえず一人になりたかった。今は、マナのことが視界に入るだけでも、恥ずかしくて身が捩れそうだ。


「もしかして、疲れてる? ルベル、明日は街に泊まれるはずだから、そこでしっかり疲れ取ってよ。じゃ、寝るね。お休み」


 そう言って間もなくマナの寝息が聞こえてきた。


「お、俺はなんて夢を見たんだ……しっかりしろ!」


 ルベルは両手で頬を叩く。ホムの街を出る前の日に、マナの霰もない姿を見てしまってから、なぜか無性にマナのことを意識してしまっている。


「いや、俺は見てないぞ。咄嗟に顔を逸らしたから、目には入ってない……はず。いや、ちょっとだけは見えた。でもあれは仕方がなかった。どうせなら、もっとちゃんと見とくべきだった…。いやいやいや、何を考えてる。こらっ、しっかりしろっ!」


 一人でボヤいて、一人で突っ込む。側から見ると、ただの変な奴にしか見えない。


「はぁっ、おれ何やってるんだろう……」


 気持ちが落ち着いてきて、先程までの自分が急激に嫌になって落ち込む。


「俺は何のために戦ってたんだ。思い出せ。そうだ、俺は勇者になりたかった。いや、ならなければならない。……でも、それはもう無理だ。俺の力じゃ、先輩には敵わない。となると守護者になるしか……」


 ルベルは、守護者になることにはどうしても抵抗があった。結界の維持なんかのために魔力を使うなんて、馬鹿馬鹿し過ぎると思っていた。


「先輩は強い。間違いない。……あの変態的な性癖に隠されているが、あの強さは異常だ。しかし、どうやってあの強さを手に入れたんだ。あの体、普通に鍛えただけのものではなかった。……ああっ、おれはまたしても何てことをっ」


 ルベルは疲れてはいたが、目は冴えていた。どうしても視界に入るマナのことが頭から離れなかった。




 次の日の朝、二人はまだ日が顔を出す前に出発した。


「うーん、よく寝た。今日も張り切って歩くわよ!」


 マナは疲れなど微塵もないような声をあげる。


「先輩の体力はどうなってるんですか? 僕はヘトヘトですよ」

「私ね、昔ずっとこうやって外で寝泊まりしてたことがあるんだ。だからこういうのは慣れてるの。でも流石に七日目だから少しは疲れたかな」

「少し……ですか。それで」

「ささっ、行くわよ。今日頑張ればお昼には街に着くんだから」


 少しも疲れた様子がみえないマナの背中を追いかけるように、ルベルは後を追った。


「そう言えば、先輩ってどこの出身なんですか? 僕と同じ志願組でしたよね?」


 騎士団の多くは、貴族や地方の豪族の次男や三男である。跡目争いを避けたい貴族や豪族のたちは、嫡男が健康に育つと判断すると、それ以外の男子たちを全て家から追い出し、縁を切る。行き場のない男子たちの受け入れ先としては、騎士団はもってこいなのである。命の危険はあるが、ちゃんと食っていけるだけマシだからだ。


「そ、志願組だよ。身寄りのない子供が食っていこうとしたら騎士団に志願するのが一番だからね。騎士団だけじゃない? 根無草でも身辺調査されることなく、志願できるのって」

「その代わり、王には近づくことはできなくて、こんな辺境で体を張る仕事に就かされますがね」

「いいじゃない。自分の命さえ守る力があれば、死ぬことなく食べていけるんだよ」


 ルベルは『その自分の命を守る力があなたは異常なんですよ』と言いかけて飲み込んだ。志願組の過去についてはあまり詮索しないのが、騎士団の中での暗黙の了解になっていた。誰にでも探られたくない過去の一つや二つはあるからである。特に志願組は訳ありの人間ばかりだ。ルベルにだって知られたくない過去はある。


 日が昇り切ったところまで歩くと、目の前に街が見えてくる、はずだった。が、目の前はまだまだ深い森の中だ。


「せ、先輩。もしかして、僕たち……」

「うーん、おかしいなぁ。隊長の地図の通りに進んでるんだけどなぁ」

「いや、完全に迷子でしょう。あと多分ですが、この辺りは結界の近くですよ。結界の魔力を感じるので」


 マナが期待の眼差しをルベルに向けてくる。


「ルベルっ。じゃあ、もしかして。この辺りって……」

「……そうですね、もはや嫌な予感しかしませんが」


 と、その時。遠くから狼の鳴き声が聞こえた。


「ほらっ、ルベル。来たよっ。久々だね」


 マナは何だか嬉しそうだ。ルベルの肩を掴んでピョンピョン飛んでいる。無理もない。ホムの街で遭遇して以来の十日振りの魔物の襲来だ。



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