再生
「帰ってきたのね、猫たち」
マユは面白そうに笑う。
そんな事より、薫の言動を、どう思ってるのか知りたい。
マユは、
他の人間と、工房で、かち合うなど一度も無かった。
それが、結月薫と同席した。
消えなかった。
その理由を教えて欲しい。
「カオルは見えるんだ。アイツを、スバルを眼で追ってた。死に神も見えるようなこと、言ってたし……そういう力があるのかな」
幽霊の君も、薫には見えてるとは、言いたくない。
「ねえ、そんな事より、臭いよソレ。なんでかな?」
マユは、聖がブラブラさせているポリ袋を指差す。
素人が造った不細工な猫剥製。
皮に肉がくっついて腐敗してる。
でも、ポリ袋に入ってるし、口がしっかり結ばれてる。
なぜ、こうも臭う?
原因はすぐに分かった。
ポリ袋に、小さな穴が沢山開けてある。
「カオルが、やったんだ。……でも、なんで?」
聖はポリ袋を胸の前で抱える。
すると、
どうだ、
<剥製猫>はとたんに生気を帯び、
蠢き、みゃあ、と鳴くでは無いか。
「ないてるね」
とマユが言う。
「うん」
聖はやや、感動している。
「セイが、子猫たちに残ってる生気を感じる力が有るから、反応してるんだよ」
「生気?」
「そうだよ。その子達、幼すぎて、突然殺されたのも知らないんだよね。生命力溢れてるから、命が絶ちきられても、パワーが有り余って、残ってるんだ」
聖は、剥製猫を、眺めた。
少しも悪い感じはしない。
見かけは醜いが可愛らしい。
「幼なじみの刑事さんも、今のセイと同じように、子猫たちの残ってる生気を感じたんでしょ。だから、空気穴を開けたんだ。生きている動物と同じ扱いにしてしまったんだね」
成る程と、聖は頷いた。
「あのさ、双子の父もコイツらが鳴くのを聞いたのかな?」
と思ってみる。
「多分、そうでしょうね。あの人も、かなり<見える人>みたいだし」
「うん」
「刑事さん、ソレも分かってたと思うよ」
「……そうなの?」
薫とのやりとりを、頭の中で再現する。
マユの推理は外れていないと解る。
「セイ、あの刑事さんは、剥製を見た時点で<化け物>を捏造したのは双子のお母さんだとも分かってた、そんな気がする」
マユは聖を見ていない。
薫が去って行った、鍵の無い神流剥製工房の入り口ドアに
切れ長の綺麗な眼は留まっていた。
聖の心の一部分が凹んだ。
マユが、結月薫に一目置いてるのが、面白くない。
でも、
無理もないかとすぐに平常心を取り戻す。
結月薫は、いい奴で、
正義の味方の刑事だし、
(公務員は独身女子に好感度が高いが剥製屋はデーター無し)
自分よりも、死者と交流できる能力もレベルが高そうだ。
マユが心惹かれるのは無理も無い。
諦めた。
(何をどう諦めるのか、明確にしない性分だ)
ジェラシーの炎は、早々に自然消滅した。
「この子達、こんな不細工な剥製のままじゃ、かわいそうかな?」
マユに聞いたが、
もういない。
シロが、眠そうな目つきでゆっくり側に来て、
頬を舐める。
慰めてくれるかのように。
翌朝、聖はホットケーキを作った。
ふわふわと柔らかくて温かい、
そういう食い物を身体が欲したから。
市販のホットケーキの粉と卵に牛乳。
ここまでは、月並みだが、蜂蜜はレアだ。
村の集まりで貰った純正の、山で採取した蜜だった。
四枚焼いたホットケーキにバターと蜂蜜をたっぷり付けて、
アイスミルクティと食べる。
シロもホットケーキは大好きだ。
「今日はな、キジトラ猫の、ぬいぐるみ造る。俺はずっと作業室に居る。シロ、おまえは自由。山でも川でも遊んでおいで。……けどさ、日が暮れたら戻ってきて欲しい。ほら、作業室にアイツが出るだろ。俺、アイツがぺらぺら喋るの、一人で相手するのキツいんだ。お前が一緒だと、かなり、マシ」
分かって貰える自信はないが、愛犬に頼んでみる。
シロは、
大好物の、温かく柔らかいホットケーキを朝から与えられ、
尾を振っていたが、
一瞬喜びの動作を止め、
困ったが、嫌とは言えないというふうに、
「ワン」
と短く吠えた。
「やったー、ボクのアスカたち、取り返してくれたんだ」
予想どおり、昴は喜んだ。
<昴の幽霊>は、今夜も作業室に現れる。
「バラバラにして、それからどうするの?」
聖は剥製猫たちを解体し、肉片のこびりついた毛皮を綺麗にした。
次に毛皮を乾燥機で乾かし、
使える部分をパズルのように、型のうえに並べていた。
「わかった。合体させて、いよいよ、不老不死猫造るんだ」
「……」
喋り続ける少年の幽霊をなるべく無視している。
が、
「凄いや、さすが俺のマスターだ」
と言うから、
つい、
「マスターって呼ぶな。何度言ったら分かるんだ」
と答えてしまう。
「あ、忘れてた。じゃあ、先生」
「それも嫌だ」
「師匠、」
「もっと嫌って、それも、前に言ったじゃないか」
「あ、そうだった。忘れてた。普通にセイさん、って呼ぶんだった」
浦上昴は、自分が死者だと知って、姿を消した。
昇天したかと、聖は思っていた。
ところが、神流剥製工房にまた現れた。
作業室に居た。
(これがプロの仕事場か。本物のメスがいっぱい。薬品も、ネットじゃ買えないのばっかり。そのオープントースターのデカいのは何? 乾燥機?)
と嬉々として喋り通していた。
それから、夜に作業していると、<出る>ようになった。
浮遊霊が地縛霊になったのか?
マユに聞きたいが、
そうするとマユはどっちとか、答えさせるのも微妙だ。
作業は面倒では無かった。
顔のパーツは全て人工物。
しかも両手の平に乗るサイズ。
予定通り、一日で完了した。
「ちょーカワイイ」
昴は自分が造った<剥製猫達>のパーツから再生された<一体の剥製猫>に手を伸ばす。
触れられる筈は無いのに、
「温かいよ、生きてるよ」
と言う。
子猫たちを殺したくせに、罪悪感は微塵も無い。無邪気だ。
そして子猫たちは、
殺されたことも、多分しらなさそうだ。
「でも、何で、片耳じゃないの? それだけが惜しいな。アスカは、絶対片耳のがカッコイイのに」
まだ、片耳を切るのに、こだわってる。
「なんで、片耳が欠けてるのがカッコイイわけ?」
聞いてみる。
「強そうじゃん」
と簡単な答え。
「……わからん」
「あ、片目でもいいんだ。黒い眼帯の隻眼キャラは大抵、戦闘能力高いから。片耳も、そういうイメージなワケ。セイさんの手袋もそう。手袋の中は義手なんでしょ?」
「……。」
呆れかえって、答えようが無い。
すると昴は黒目を天井に向け、数秒を何かを考え、
「セイさん。野生の猿でもライオンでも、傷のある雄は雌にモテるらしいですよ。何でだかわかりますか? ……沢山の戦いを経験し、生き残った強い雄だから、なんです。人間のなかにも、同じ感覚が残っていても不思議じゃ無いと、思いませんか?」
と、語り出した。
聖は、
何故自分は<アスカ>の片耳を切りたくないのか、改めて考える。
(異形にしたくない、まともな姿がいい)
でも無い。
もし、片耳の欠けた猫の剥製を頼まれたら、特別求められない限り、ありのままの姿を再現するだろう から。
「アスカは、戦いで片耳になったんじゃないだろ? お前が一方的に傷つけたんだ。ゲームキャラの名誉の負傷じゃ無いんだよ。虐待された印なんだ」
「……でも、」
「お前、親父に殴られたことないのか? 痛めつけられるのは惨めで嫌な記憶でしか無いだろ?」
昴は、はっとしたように顔をあげた。
ぱっちり眼をあけて、聖を見る。
「ボク、無いんだ」
「ないって?」
「父さんに殴られたコト、一度も無い。母さんにもソラにも、他の誰かにも」
「……そっか」
この少年はバーチャル世界でしか暴力を知らない。
男の子だから、ケンカの一つや二つ、という経験も多分なさそう。
華奢で白い身体。
オレンジ色のはんぱ寸のジャージから
見えている肌に古い痣の一つも無い。
<痛み>体験は僅かに違いない。
昴は、アスカが片耳で無いことに、それ以上文句は言わなかった。
「アリスの隣に置いてやって」
可愛らしい声で言って、消えた。
「そうか、お前、<男の子>に、まだ執着してるんだな」
犬の剥製アリスと合体している、
(かつて父親の暴力から少年を守った)名も知らぬ犬に、
聖は囁いた。
「違うんだ。お前が守らなくていいんだ。あの父親は息子を殴らない」
アリスは昴の学生証を尻に敷いている。
取ろうとすると、嫌がってるみたいな気配を感じる。
不意に、
亡き父に、平手打ちされたシーンがフラッシュバックする。
下の河原で、結月薫と
それぞれの父親にパチパチと、頬が真っ赤になるまで叩かれた。
尻も叩かれたと思いだす。
五年生の、夏休みだ。
でも、それ程までに叱られる、何をした?
思い出そうとしたが、頭に浮かんでこない。
普段温厚な父をキレさせた理由が記憶から抜け落ちてる。
どんな<悪さ>をした?
気になる。
知りたい。
「カオルに聞けば、わかるかも」
しかし電話を掛けるほどの用事じゃ無い。
仕事中かもしれない。
そして、前夜に、
薫が<また来る>と言ってたと、
思い出す。
そのときに聞けばいい、と軽く思う。
聖は、
薫の言葉を正確には聞いていなかったのだ。
結月薫は
<また、来るで。……あと一回は、お前に会いに来る>
と言い残して出て行った。
実は、とても<重い言葉>だった。
あと一回きりしか、
生きて幼なじみには会えないかもと、
刑事が思っていた事を、
聖は、まだ知らない。
最後まで呼んで頂きありがとうございました。
<剥製屋事件簿>はまだ続けます。
仙堂ルリコ




