表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最終兵器マガツキ  作者: 竜世界
第三章 あかつき
11/18

あかつき(後編)

「朧月さん! 現在時刻!」

 俺は朧月瑠鳴[おぼろづき るな]に向かってそう叫んだ。もっとも、マユの…… 桂眉子

[かつら まゆこ]の身体 で叫んだので声は女性だが……さて、朧月が叫びながら答えたぞ

「23時1分!」

 まったく……昨日とは大違いの忙しさだな……ん? 今、俺の視界の片隅にいるのは……か

みつきか? この位置は頭上か、小賢しい……後ろに跳ぶまでだ! その勢いで声まで出たな

「くっ!」

 間一髪で、かわせたが……急に現れるとは腹立たしい……俺は体勢を整えながらこう言った

「一体、どこから……!?」

 かみつきが床に激突してる間に、まずは頭上を確認だ……なるほどな……やってくれる!!

「天井……!!」

 屋敷の天井に赤い渦が発生していた……片手では足りない数でだ……俺がそう叫んだ後……

「成る程……大方、屋根裏部屋の床にでも発生したか……加えて、あそこは屋敷の中央……」

 頭が回るじゃないか鶴木駆[つるぎ かける]。建物の2階に赤い渦が発生……それは下の

階の天井に発生したのと同じ事だ……屋敷の中央を押さえられたとなると……やはりこうだな

「部屋に逃げ込んで……そこに、赤い渦があれば挟み撃ち……とにかくこの場を離れるよ!」

 留まるよりは、その方がいい……だがこの状況は苦しいな……とにかく俺は、そう叫んだぞ


「階段の途中にも赤い渦とは……これでは降りる事も叶わぬな……」

 頭上からも来るかみつきを警戒しながら進むのは厄介だったが……鶴木が言った通り、下の

階に降りようにも、この立派な絨毯が敷かれた階段の途中に赤い渦が発生しているのがな……

「左右には、かみつきが迫って来てる……かと言って階段のかみつきを踏み越えるのも……」

 そもそも踏み付けた時に足場として機能するか疑わしい……足が沈んで抜けなくなるか――

「桂! 上だ!!」

 鶴木のその叫び声を聞いた俺が、咄嗟に横に跳んだ直後だ……目の前に大きな口を開けた、

かみつきが落下して来て……そのまま床に激突したな……感謝するぞ……鶴木かけ――

「まゆちゃん!」

 朧月がそう叫んだと同時か? 視界が一気に真っ暗になった……マユの状態は…… 捕食 

そして 死亡 か……頭上のかみつきを咄嗟にかわしたはいいが、他のかみつきが傍に控えて

いたわけか……迂闊だったな……だがこれで、マユが痛みを感じる事はもう無い……そして、

まだ下半身が残っている為、 俺がマユの身体の中にいる状態 は今も維持されているな……

「まゆちゃ……」

 朧月の声が消え入るように聞こえた……覚悟はしていたが、マユには最後まで生き延びて欲

しかった……だが今回の ステージ3あかつき が始まった段階で、 マユの意識は完全に遮

断 ……マユの身体の全ての動作は24時間、俺が動かしていた……考えようによっては、マユ


は既に死んでいたと捉える事も出来そうだな……さっきまでなら 意識の遮断を解除 し、マ

ユの意識を復活させる事も出来たが……結局、一度もマユの意識を戻さないまま、マユを死な

せてしまったな……さて、いい加減俺も、 能力 を発動させる時だな……俺がこのゲームで

初めて使う 能力 だ……《寄生》を発動させ……マユの身体の中から…… 脱出 する!!

「朧月瑠璃!! 達者でな!」

 まだ俺が、 本来の姿 のままの時、鶴木の声が聞こえた……《流浪》を使ってこの場を抜

け出したのなら、少なくとも鶴木は《流浪》を 弱化 していない…… 弱化した《流浪》は

一定の距離までしか移動出来ない からな……とにかく、俺の 強化 した《寄生》は 残り

4回 だ……さて、やっと この姿 に成れたぞ……早速、目に入ったのはマユの通信機器か

……拾っておこう。俺も《流浪》でおさらばしたいが……朧月が取り残されているな……さっ

きの、かみつきは、まだマユの上半身を噛み砕いている最中か……好都合だ。俺は この身体

で 朧月の所まで駆け寄り、その手を掴むと、その場から走り去り……いい場所に辿り着いた

「この場所なら……十分だな。そして、この際だ……」

 俺はそう言うと、 朧月の持っている通信機器とマユの通信機器を交換 し …… 能力 

《流浪》の発動を始めた……《流浪》は対象となる重量に伴い発動時間が延び、使用者の体重

は重量には含まれない……この状況なら朧月を対象にする時間もある……衣服なども重量に含

まれるが、俺が今着ている 制服 が重量に含まれないのは有難い……さて発動可能になった


……このまま動かなければ発動を待機させる事も出来る……もっとも、既に発動したがな……

《流浪》は移動した直後には使えない……移動した先に、かみつきがいた場合は、再使用可能

になるまで逃げ続ける必要がある……その再使用までの時間は距離に応じて増加し…… 他の

能力と違い、何度でも使える が、無闇に遠くまで移動するのは考えものだ……よって今回の

移動先となる座標はこの屋敷の門の前を指定した……《流浪》の発動を終えた今、俺と朧月は

その場所にいるが……辺りを見渡すか……かみつきも赤い渦も……よし、まだ発生していない

「え……?」

 ここで、さっき俺に自分の通信機器を目の前で取られても気付かなかった朧月が、ようやく

意識を取り戻し始め、声を発した……いい機会だ、積もる話をしてしまおう。まず俺は言った

「屋敷の外だ。この周囲に赤い渦が発生する前に、手短に話すぞ……まずは、俺の顔を見ろ」

 朧月の意識が、どこまで回復しているか確認しておくか……見るからにぼんやりした顔だが

「さすがに、まだ意識が定まってはいないようだな……そんなお前に問うぞ。これは何だ?」

 マユが目の前で食われ、気が付けば景色が変わり、目の前には 見知らぬ男性 がいる……

頭の整理が追い付かなくて、当然だな……そして、俺の顔を見せても仕方が無い、ここは朧月

の持っていた通信機器を見せよう。さて、朧月は徐に口を動かし始め……ぼんやりと答えたぞ

「私の……通信機器……」

 よし、それなりの意識はあるみたいだな……では、積もる話と行こうか……俺はこう言った


「お前の通信機器と、マユの……桂眉子の通信機器を交換させてもらったぞ……後でこの中に

入っている主な連絡先の情報をメッセージで送信しておいてやるさ……」

 まぁ、それくらいの事はしてやるよ……マユの通信機器に入ってる情報だけでは不足だろう

「あ、あの……」

 朧月が何か言いそうになっているが……ここは朧月の通信機器で現在時刻を確認するか……

「現在時刻は23時47分だ。時刻は桂眉子の通信機器で確認してくれ……そして、俺が何者なの

かは考えなくていい……だが、これから言う2つの事だけは……しっかりと伝わって欲しい」

 こんなどこの誰とも知らないヤツから、身の上話を長々と聞かされても、混乱させるだけだ

「な、何でしょうか……?」

 朧月はもう意識を回復し普通に返事をしているな……では、積もる話をさせてもらうぞ……

「まず、白いかみつきがいるが、お前1人しかいない時なら、お前が襲われる事は無い……ち

ゃんと聞こえたか? 俺が今言った事を、お前の言葉で言ってみろ」

 従来のかみつきは 見境が無い が、白いかみつきが狙うのは 参加者 だけだ……よって

朧月が白いかみつきに狙われる事は無い……この情報は今回のステージが始まる前 アイツ 

が公開していた情報だからな……さて、俺がそう言うと……朧月はこう返事をした。

「白いかみつきは、私1人しかいない時なら、私を襲って来ません」

 今ので覚えてるといいが……後でメッセージにも送信しておくか……では辺りの様子を……


「よし、まだ周りに赤い渦は発生していないな……そしてもう1つは、聞くだけでいい……」

 これを言う事が出来るのも嬉しい話だな…… この身体 で、姿で、自分の口で……朧月に

直接これを……伝える事が出来る……その機会がまさか来るとは……こんな誤算もあるんだな

「ど、どうぞ……」

 朧月も戸惑いながらだが、そう返事をしたか……では、言うぞ……聞いてくれると、有難い

「今まで……マユと一緒に過ごしてくれた事に……ありがとうと、お前に伝えたかった。俺自

身にとっても……掛け替えの無い、とても幸せな時間だったんだ。ありがとう……朧月瑠鳴」

 マユがお前と一緒に過ごした時間は、俺が過ごした時間でもあるんだ……マユが楽しければ

俺も楽しくて、マユが喜んでる時は、俺も同じように喜んだ……お前といる時のマユは、本当

に満たされた時間を過ごしていて……一度でいい、いつかお前に伝える機会が欲しかった……

「さて、俺の話も、お前への用件も……ここまでだ。現在時刻は23時53分……朝6時に 赤い

月 は朝日と共に消え、また18時になると復活する……そして今度は 赤い月 だけではない

可能性もある……ここから先の行動はお前が決めろ、朧月瑠鳴。ではさらばだ」

 ……いい加減、《流浪》の再使用も可能だろう……《流浪》にも移動した先で、かみつきと

鉢合わせする危険性は常にあるが……再使用までの時間が最小になる距離で瞬間移動を連発す

るような芸当も出来るんだよな……《流浪》は、 行った事がある場所にしか移動出来ない 

……だが、今俺が指定した場所は 既に行った事になっている場所 だ…… ゲーム開始前は


そこで過ごしていた事になっている からな…… 能力 《流浪》を発動し、そこに向かうぞ


 日曜日


 さて到着だ……かみつきや赤い渦の気配は……無いな。本当なら俺がゲームを開始する場所

は、ここだった……では、 今の自分の姿 を確認するとしよう……この鏡なら十分だ……俺

の髪型は男性らしい短さだ……と言うには少々伸びた赤い髪で、服装は有明高校の制服……つ

まり、 人間の男子高校生 だ。そして、今いるこの場所こそ、 アイツ が俺に……鹿々身

剣也[かがみ けんや]の為に、 参加者の拠点として用意 した一軒家の一室だ……要する

に俺の部屋だが、赤い渦が発生する前に朧月の主な登録内容を転送しておこう……この十数件

で事足りるだろう……よし、この内容を一度下書き保存……朧月を装い、宵空満[よいぞら 

みちる]に次のメッセージを送る……それを先に済ませるか。

「みっちゃん……間違えて、まゆちゃんの通信機器を持ってる内に、まゆちゃんと離れ離れに

なっちゃったよ……何かあった時はこっちの方に連絡して!」

 この内容で送信だ……朧月のマネなら、マユの次に自信があるぞ……それくらい、朧月とは

一緒の時間を過ごしたんだ……さっきの下書きの最後に、この一文も追加し……送信だ。

「通信機器の件は宵空満にもメッセージを送信しておいた。白いかみつきは、お前1人の時な


ら襲い掛かって来ない……だが傍に誰かがいる時は向かって来る場合もある。では失礼する」

 白いかみつきが襲うのは 参加者 だけだ……これを頭に入れ、何とか逃げ延びてくれると

いいんだが……もう零時も過ぎ日曜日になったか……このゲームを始める前に、自分の拠点で

ある家には 事前に購入しておいた という名目で色々なものを取り寄せた……特に銃火器と

いった物騒な代物もあるが……少し腹ごしらえをしたいと思うには玉宮明[たまみや めい]

の作ったピザがまだ腹に残っているな……マユが食べた物の味は、そのまま俺にも伝わり栄養

となる。味覚を始めとする五感の共有は 元から だ……これならジュースを少し飲めば十分

だな……そう思いながら俺は、家の冷蔵庫を開けた。マユが夏祭りの浴衣を選び、玉宮がチキ

ンクリームカレーの材料を買いに行った際、特に気になったものを何本か中に 入れてある 

……そうだな ラムレーズンドリンク というのも気になるが……その横にある、缶に入った

ホワイトチョコレートドリンク……これは温めて飲むタイプか……更に隣の缶だが、こっちは

お徳用サイズのプリンシェイク……その横に伸びた寸胴っぷりには存在感を感じるぞ。上手く

取り出せない場合は缶切りで開けてくださいか……ならば最初から缶切りを使うとしよう……

コップに開けてみたが、なかなかの量だな……では頂こう……ふむ、よく分かった……なるほ

どな、これは普通のプリンをコップに入れ、崩してから飲んでも同じ結果になるぞ……だが、

なかなかいい味だな……俺は気に入ったが、これでは唯の プリンの缶詰 だな……まぁいい

食事とは、食べているその時間を楽しむものだ……さて、赤い渦は建物の中でも発生する以上


この家の中にも発生する……現在時刻は零時50分か……そろそろ移動するか……多少の武器も

持って行こう……どこに向かうかも決まった。では、 能力 《流浪》の発動だ!!

 移動した先は映画 うぉーみんぐ を観た、劇場の一室……つまりここは大型ストア内の映

画コーナー……照明が全て消え、真っ暗だな……レイトショーがあるなら営業時間内だが、さ

すがに今回のかみつきたちの大発生には、この大型ストアも機能を停止したか……さて劇場の

入口は俺のすぐ後ろ……ここに長く居ると眠ってしまう危険もある……俺がそう考えていると

……少し離れた所に何か光るものがある事に気付いた。近付いてみたがこれは……ルービック

キューブだな……それも光を溜め込み発光するタイプだ……そして1つの面が縦に4マス、横

に4マス……既にシャッフルされた状態か……塗った色ではなく6種類のマークが発光する事

で暗闇の中でも遊べるな……マークはシンプルだが一目で判別が出来るのも有難い……この手

のパズルは得意ではないが、夢中になっている間に赤い渦を発生させる算段だろう……この光

るルービックキューブは アイツ が落し物として ここに出現させた のは分かり切った事

だが……まぁ居眠り防止に遊んでやるか……当たり前だが、周囲の警戒は怠らないぞ?

 現在時刻は2時10分か……ルービックキューブが溜め込んだ光も、まだ持ちそうだが、一向

に揃えられる気がしないな……だがこうやって両手でブロックを動かしているだけでも、なか

なか楽しいものだ……赤い渦が発生した気配はまだ無いが……引き続き警戒を強めておくか。

 先程2時30分と確認したばかりだが……さすがに出て来たか。赤い渦が発生したのは扉と部


屋の間……外の赤い光も、この部屋の中には届かない。そんな暗闇の中、その所々で金色の輝

きを放つ赤い渦は、しばらく眺めたくなる程、魅力的な光景だが……煙の光沢部分が 何かに

後ろから照らされたような分布 なのが妙ではある……さて長居は無用だな……《流浪》で食

品売場の座標を指定し……発動終了。暗くてよく見えないが、ここはジュースなどのドリンク

類がある場所だ……あそこで何かが光っているな……早速、近付いて拾い上げたが…… 光る

けん玉 か…… アイツ が用意したんだろうが、さすがにけん玉は厳しいぞ? 突起部分の

根元と、台の縁に線を1周させて光らせる事で、それを目印に遊ぶ事は出来なくはないが……

 現在時刻は3時10分……こうやって玉を乗せ、けん玉本体を適当に回転させたり振ったりす

るだけでも楽しくなって来るが……そろそろ飽きが生じるな……赤い渦が天井に出現しないか

身構えていたが……周囲の床に2ヶ所発生と素直だな……しかし、この赤い煙と金色の輝きの

競演は……綺麗なものだ……さて座標を洋服売り場に指定、 能力 《流浪》を発動する……

 現在時刻は3時57分。落ちていた蛍光式のスライドパズルを今、解き終えた……縦横6マス

はなかなか骨が折れたが、シンプルなイラストの線画だ、難易度はそこまで高くは無い……線

と線があるべき場所に繋がった瞬間は、なかなか興奮出来たな。さて赤い渦はまだ見えないが

あそこにいるのは、白いかみつきだな……暗闇の中をぼんやりと光る白い物体がうろつく様は

何とも不気味だ……持って来た武器の他に光る3つの玩具……さすがに荷物が多過ぎる……こ

こは《流浪》で、さっきの上映場所まで戻り、これらの玩具を一旦、運び込むとするか……


 現在時刻は4時23分。赤い渦の発生は無く、例の上映場所に戻った俺はルービックキューブ

を未だに揃える事が出来ずにいた……1面だけ揃えるのなら6種類とも出来たのだが……

 現在時刻は4時48分か…… アイツ が用意してくれた光る玩具たちのおかげで、まるで退

屈しなかったな……何もする事の出来ない暗闇の中をいつまでも過ごす……それは実に退屈な

事だが……以前も言ったが、俺は《寄生》だ……宿主と五感を共有……つまり宿主が寝ている

間は、真っ暗闇の時間を過ごす事になり、マユくらいの睡眠時間ならまだいいが、睡眠時間が

一日の6割を超えるヤツに《寄生》した時は暇でしょうがなかった…… 宿主の体内にいる間

は基本的に安全 だ……宿主が寝ている間に他のヤツに食われても、今度はソイツに《寄生》

する事になるだけだ……そう、俺にとって 暗闇とは安全そのもの ……今回のゲームを始め

る前、人間に《寄生》出来ると分かった時はとても楽しみだったが……マユは本当に最高の宿

主だった…… 今までの俺 からすれば、余りにも勿体無い存在だ……朧月には感謝の言葉を

伝えられたが、マユには最後まで伝える事が出来なかったな……もっとも 本来の俺 に《寄

生》されて感謝するヤツ何て、いるわけ無いよな……さて、次の《流浪》の行き先は……

 《流浪》で外に出た俺だが、まだ大型ストアの近くにいる。 アイツ のおかげで充実した

時間を過ごせたが……いい加減行動開始だ。まだ油断は出来ないが、赤い渦の発生も大分落ち

着いて来る時間帯……俺の近くには自動ドアがあるが、例えばこれが動かなかったとする……

俺の《流浪》は 通常 だが…… 弱化 の場合、自動ドアが透明なら、外側から内側にある


程度の距離まで移動……つまり、向こう側に移動する事が可能だ。《流浪》の 行った事のあ

る場所 の対象は視界である程度見える範囲まで含まれ、初めて見る建物も窓から中に入り込

めたり、ショーウィンドウの中にも、よほど狭くない限り入れる……これが視界の遮られる壁

の場合、向こう側には行けないが……例えば部屋に入り外側から鍵を掛けられ閉じ込められた

場合、《流浪》なら 弱化 していても、扉の向こうに移動する事は可能だ……扉の向こうは

既に 行った事のある場所 なのだからな……さて、このメッセージを送信するとしよう……

「めいちゃん……今日の通話は、お昼になってからで……あと1時間だね。頑張ろう!!」

 玉宮明[たまみや めい]に朧月を装いメッセージを送信。現在時刻は5時2分か……玉宮

が 参加者 かどうかは……夏祭りのあの日に、玉宮が俺の目の前で 能力 を使った時に疑

い始めた……と言っても、あれは 能力 ではないが……だから鶴木が玉宮を銃撃し、 玉宮

明は参加者 だと教えてくれたのは大助かりだ……さすがの鶴木も玉宮が 参加者 である決

定的な情報を掴んでいなければ、あそこまではしないだろう……だがこれは、 それを撃った

鶴木駆も参加者 だと伝える結果になる……その後、玉宮はその時の傷口が塞がらず重傷を負

った様子だったが……あれは露骨な演技だぞ鶴木……俺が玉宮が重体だと不安がり寝ている間

に、玉宮が死んでもおかしくない雰囲気を作っておいてやったら、再び玉宮を銃撃する始末だ

……その時の会話も、しっかりと聞いていたぞ……あの声の大きさでは扉に耳を立てるまでも

無かった……本当にお前は……迂闊な行動が多いぞ…… 《分裂》の鶴木駆 ……


 今回の ステージ3あかつき 開始時点で、マユの全ての行動は俺の意思で動かしていたの

は以前言ったが……24時間、桂眉子として振舞うのはさすがに骨が折れる……鶴木がこんなだ

から、屋敷にいた時は表情を変えず抑揚も付けずに淡々と話したりと見事に手を抜き……玉宮

が屋敷に来てからは、しっかりと表情も感情も付けていた……さて、 アイツ から貰った光

る玩具を回収しに行くか。《流浪》の発動終了……赤い渦の姿はなし……その後、《流浪》も

再使用可能になり俺の部屋に移動し……周囲を確認した後、ルービックキューブ、けん玉、ス

ライドパズルの光る玩具3つを机の上に置き、再び《流浪》の発動を終えた頃には例の屋敷の

前で、時刻は5時23分……赤い渦とかみつきを警戒しながら、俺は周囲を適当にぶらついた。

 現在時刻は5時58分……悲鳴が聞こえたら空を見上げるとするか。あれはあれで、なかなか

見応えのある天体ショーだしな……さて始まったか。実に気味の悪い悲鳴だ……それまで一定

の強さだった赤い光が狂ったような勢いで強くなっては弱まり……そんな急激な明滅を繰り返

した後……爆発したとしか思えない強烈な光とおぞましさを増した大きな叫び声……それらが

街全体を覆い尽くすように広がり……それが収まる頃、空は朝の色を取り戻し、太陽が姿を現

す……現在時刻は6時12分か……では、動こう。俺は通信機器で次のメッセージを送信した。

「鶴木さん……どこー? 私はここだけど……おなかすいたー」

 GPSによる現在位置情報の画像を添付し鶴木の通信機器に送信したわけだが……俺の持っ

ている通信機器はマユのではなく、朧月のだ。よって鶴木には突然、朧月からメッセージが送


信されて来た形になるが……この行為には問題がある。まず朧月は 鶴木の情報を登録してい

ない ……金曜の特番があった日、俺は話の流れで鶴木の情報を登録する事に成功し、マユの

通信機器だけでなく他の場所にも控え、この通信機器にも登録しておく事で、こうして鶴木に

送信出来たが……鶴木はこのメッセージ自体を怪しむべき状況だな……早速、鶴木から返信だ

……さぁ、どう返して来る……鶴木駆よ……文の最後に何故、自分の通信機器の情報を知って

いるのか聞いて来るか? それに対しては苦しい部分もあるが、マユから教えて貰ったと答え

る事が出来るぞ……そう考えながら俺は、鶴木からのメッセージを開き、その内容を検めた。

「生きていたか、朧月よ。そこにいろ……美味いマカロンを持って、そちらに向かおう」

 どうやら鶴木は一旦家に戻ったらしいな……そして、お腹を空かせた朧月の為にマカロンを

持って、ここに来ると……さて、どこまで文面通りなのか……お手並み拝見だな……

「待たせたな、朧月。この中にあるマカロンは全て貴様の物だ……存分に腹に入れるといい」

 現在時刻は6時31分。鶴木がこの場所にやって来たが……どこまで無警戒か……見てやるか

 辺りは何軒もの住宅で囲まれ、ブロック塀により十字路が形成……ブロック塀の内側に木が

生えた家が向き合う位置に2軒……さて、俺は銃を取り出し鶴木に狙いを定め一発撃つぞ……

辺りに大きな銃声が響いたな。銃弾は鶴木の 胴体に命中 ……ここで《流浪》を発動、反対

側の家の屋根の上に移動し……再び辺りに銃声が鳴り響く。ここで鶴木は……ふむ、銃を構え

て辺りを警戒しているか……つまり、防弾ベストを着ているな……その辺の用心は怠っていな


かったか……マカロンが入っていると言った、フタのしてあるバスケットは地面に置いたまま

……何か備えをして来たのを忘れたのか、それとも本当にマカロンしか入っていないのか……

ひとまず《流浪》を発動、3軒目の屋根の上に移動し、もう一度、銃声を響かせ……更に続け

て銃声を響かせ《流浪》を発動……ここから反対側の屋根の上に移動だ……これで俺は 銃弾

を4発撃った事になる が……鶴木も黙ってはいない、3軒目の屋根の上をその目で捉え……

「そこか!」

 と叫びながら銃口を向けたが……生憎、俺はこっちだ……防弾ベストを着ていた事は褒めて

やるが……その距離だと、いくら撃っても銃弾は防弾ベストにしか命中しない……例え頭を狙

ってもだ……ドット絵のゲームで相手から攻撃を受けた時に身体の部位までは指定がされてい

ないように、防弾ベストを 装備 していれば、どこに当たるか不確かな状況や距離なら、そ

の銃弾は 都合よく 防弾ベスト部分に命中する……よほど近付かない限り そうなる ……

マユが、かみつきに頭から食われた時、俺がマユの身体のどこにいたか聞かれても…… マユ

の中に《寄生》していた ……としか答えようが無いのも、 都合よく の例に挙がるな……

「く……どこだ!!」

 再び鶴木が叫んだな……もう一度銃声を辺りに響かせ、俺がどこにいるか教えてやるか……

「当たるか!」

 そう叫びながら鶴木は俺の方に銃口を向け、そのまま引き金を引いたが……その距離から銃


を撃っても防弾ベストに当たるのは前述の通りだ……それ以前に、鶴木の持っている銃は……

「その銃には細工をさせてもらったぞ、鶴木駆[つるぎ かける]」

 俺は鶴木にそう言っておいた。今回のステージ開始前に色々準備も出来たが、今では通販は

利用不可……それでも、未だに玉宮の寝込みを襲った時と同じ拳銃なのは、確認不足にも程が

あるぞ……そんな鶴木ともこうして 直接 ご対面か……さて鶴木が俺に向かって叫んだ……

「き、貴様は!! な……何者だ?」

 だよなー……俺がこうして鹿々身剣也[かがみ けんや]になった事で、クラスの同級生た

ちには、 以前から一緒にいた生徒 として認識されるが、鶴木は一年で俺は二年……知って

いるはずが無い。まぁ、鶴木には名乗る必要も無いな……それでも何か喋るなら……こうだな

「さぁな……だが、こうしてお前の命を狙っているという事は……少なくとも俺が何者かは明

らかだ……そうだよな? 《分裂》の……鶴木駆!!」

 俺はそうやって叫んでみた。ここまで言ったからな……さすがの鶴木も、こう返してきたぞ

「…… 参加者 か!! そして私が《分裂》である事まで知っていようとは……」

 あの状況で嘘が言えるなら大したものだが、本当に《分裂》だったか……玉宮は自分を《分

裂》だと偽る事で その情報 は伏せたというのに……鶴木がそう言ったので、手始めに……

「そう言う……」

 俺はそう言いながら、持って来た 手榴弾と同じ形をした物 の金属のピンを外した後……


「事だ……!!」

 鶴木に向かって投げ付けながら、そう言った。さぁ鶴木、お前はこれを……どう対処する?

「爆弾か……!!」

 そう言うと鶴木は……なるほど、《流浪》で逃げたか。では俺も少し待機の後……《流浪》

を発動。この距離なら 弱化 した《流浪》でも移動出来る範囲内……実に便利な 能力 だ

「こんな時に……不発弾か……」

 俺は手榴弾を拾い上げ、そう言いながら無造作に後ろに放り投げたが……そもそもこれは手

榴弾と同じ形状をしただけのダミーモデル……こういう事が出来るように、事前に購入可能だ

った銃火器は本物の他に、ダミーも販売されていた……例えば今、鶴木が持っている拳銃は、

俺が今持っている 玉宮を撃った際、鶴木が使った拳銃 のダミーだ。土曜の朝に氷室が、か

みつきに食われ、鶴木が向かった時……俺は鶴木の部屋に入り、この拳銃を見付け、 ダミー

とすり替えておいた ……ダミーに弾を詰めても、発射される機構は無いので、鶴木の銃から

弾丸が放たれる事は無い……俺はそれを細工と言ってみたが……外見は本物と同じ以前に武器

の点検をしなかったのか、鶴木……さて、《流浪》の再使用時間までの長さは、その移動距離

に比例する……鶴木はどこまで行った? 自分の家に武器を調達しに行き、再びこの場に戻り

次の《流浪》の再使用時間まで隠れるなら……近くの物影もいいが……無理に探す必要は無い

「そんな木の影に隠れても、バレバレだぞ……」


 そう言いながら俺は、ブロック塀の向こうに生えている木の方に銃を向け、銃声を響かせた

「何……!? では、どこに……!!」

 まぁ、そこに鶴木はいないが……俺は焦った声でそう言いながら、辺りを見渡し始めた……

「残念だったな!!」

 背後と頭上から鶴木の声……俺の焦った姿に釣られて鶴木が飛び込んで来たな……では俺は

《流浪》で後ろの一軒家の屋根の上に移動し、鶴木が手にしていたナイフを銃で狙うぞ……弾

き落とせたが……防弾ベストに当たるだけの距離でも、持っている物に当てる事は可能か……

「何!?」

 鶴木が驚いたが、ナイフが落ちたのは鶴木のすぐ近く……俺はナイフの場所まで《流浪》で

移動……ナイフを拾い上げ、その勢いで鶴木を斬り上げるが……《流浪》で逃げられたか……

「勝ちを急ぎ過ぎたか……次に現れるのが、いつになるのか……まるで検討が付かんぞ……」

 実際には、こうして焦った装いと隙を見せていれば、相手の方から向かって来るがな……俺

がそれらしい言動をしていると……ブロック塀の内側にある木が、不自然な動きを見せた……

「そこか!」

 と叫びながら銃口を向けた後……すぐに振り返ると、案の定、鶴木の姿があったので銃口の

先を鶴木の額に当て引き金を引いた。木を揺らしてから《流浪》の発動……それは奇襲を仕掛

けると宣言したのと同じだ……移動直後なら《流浪》の再使用までの時間には間に合わない、


額に銃口を密着させた状況だ、防弾ベストに当たる事はない……だが発射された弾丸が捉えた

のは鶴木の額ではなく……何も無い空間だった。辺りを見渡すと俺の足元に、鶴木がマカロン

を詰めて来たというフタのあるバスケットがあった……それを見た俺は……こう言っておくか

「《流浪》で逃げたか……さすがに敵わないと判断し、今回は遠くに避難したと考えていいな

……では、このバスケットの中身を検めるとしよう……」

 俺はそう言いながら、バスケットのフタを開け、中身を確認すると……そこにはマカロンの

詰まった箱が複数入っているだけだった……本当に、お腹を空かせた朧月の事だけを考えて、

家から持って来たんだな……俺はフタを閉め、そのバスケットを片手で持ち上げ、こう言った

「戦利品だな……朝の食事にも丁度いい……頂くとしよう」

 ……朧月は今頃どうしているのだろうか? ちゃんと朝を迎えられたのだろうか……それに

今日の18時からは……今はこのバスケットから片時も目を離さないようにしておくのが先決か

「色鮮やかなだけでなく、黄色はレモン、茶色はココア、黒めの茶色はビター風味、この薄い

緑色のマカロンは……ミントか。他にも4色あるぞ……これは楽しみだな」

 現在時刻は7時12分。鶴木の持って来たマカロンは普通に味がよく、全部食べるだけで腹を

満たす事が出来そうだが……これを朧月が元気一杯に頬張る姿を……眺めてみたかったな……

とにかくバスケットには通信機器を立て掛け、現在時刻を表示させている。これなら常に視線

を送ろうが自然だな……改めて言うが、あの状況で鶴木が《流浪》を使うのは……不可能だぞ


「さて、マカロンも食べ終わった。少し舌に塩分が欲しいところだな……」

 俺はそう言うと バスケット に通信機器を入れて持ちながら……《流浪》を発動した……

移動した先は例の屋敷の中、俺はバスケットを手に下げながら冷蔵庫を漁っている……そして

目に入ったのが……腹はもう十分に膨れているのだから仕上げと行くか……ここで俺は言った

「このラベルの無いビンの中に入った液体は、この色からして……」

 そして俺は、そのビンの中身をコップに開け、一口飲むと……予想はしていたが……これは

「やはりキャロットジュースだったな……これを飲んで、朝の食事を終えるとしよう」

 そう言いながら、そのジュースを更に飲んだのだが……これは美味いな。俺は思わず、この

キャロットジュースをコップ一杯まで注いだ……余計な苦味が一切無く、ニンジンの甘みが実

に際立っていて……この屋敷は本当に立派だな……置いてある食材の品質もかなりの水準を満

たしている……さて、コップの中身を飲み干し、更にもう一杯……さすがに、もういいだろう

「さて、鶴木には逃げられてしまったが……今度は玉宮を呼び出してみるか」

 そう言うと俺はバスケットに手を置きながら、朧月を装い……玉宮にメッセージを送信した

「めいちゃーん……学校の通学路の所まで来れたから、このまま学校に向かうけど……めいち

ゃん何時に学校来れるー? 起きてるー? 私は眠いけど……起きてるよー」

 玉宮も今夜に備え、寝ていてもおかしくはない……気長に待つか……と思っていたが、5分

と経たない内に返信が来たぞ……俺は早速メッセージの内容を見たが……その後、俺は言った


「玉宮が学校に来るのは8時過ぎか……出発するには、まだ少し時間があるな……」

 では俺も玉宮に、朧月を装った次の内容でメッセージを送信だ。

「私もそれくらいには着くかなぁ? 校門の前で待ってるね……多分、頑張れる……と思う」

 それから俺はバスケットを手に下げて屋敷内を行動し、7時40分を見計らい《流浪》を発動

有明高校の校門裏側に移動した後、バスケットの中から通信機器を取り出すと……俺は言った

「バスケットまで持って来る事も無かったな。現在時刻は7時40分……さすがに早過ぎたか」

 そうだ、持って来る必要は無かった……通信機器を取り出してから《流浪》を発動し、バス

ケットを手に下げた状態でも《流浪》を発動する際に、バスケットの重量を対象としない事も

可能だったが……それから時間が経ち、《流浪》も再使用可能になったところで、俺は言った

「やはり玉宮が来る前に、もうひと準備しておきたいな……バスケットは……置いて行くか」

 俺は《流浪》を発動し、その場からいなくなったと見せかけ、この校門周辺の様子の見聞き

に困らない場所に移動し身を潜めた……以前マユに、学校の敷地内をくまなく 歩かせた 上

に、深夜には校内に忍び込み、校舎内の部屋もカギの掛かった部屋以外は全て踏破済みだ……

このゲームの 参加者は全て有明高校の生徒 だ……この学校が戦場となった場合を考え、最

初の内に準備しておいた……さて、バスケットに動きがあったが……案の定、 出て来た な

 《流浪》には使用回数制限が無く、移動した距離に応じて再使用まで時間が掛かる……さっ

き鶴木が《流浪》で俺の背後に移動した直後、俺は鶴木の額に直接銃弾を放った…… 通常 


の《流浪》は半径10メートルより短く移動しても再使用までの時間は最低値の10秒のまま……

よって鶴木があの状況で《流浪》を発動する事は出来ない……では鶴木はどうやって難を逃れ

たのか? 鶴木は 消える直前、視線を下に逸らしていた ……その先にあったのは、鶴木が

持って来た バスケット ……ここで《寄生》の話をしよう…… 本来の《寄生》 について

だ…… 寄生 とは他の生物に取り憑き、宿主の栄養を横取りしながら、その体内で活動をし

ものによっては宿主の行動自体を乗っ取る……生態であり 行為 だ……それがこのゲームで

は アイツ によって《寄生》として ゲーム用にアレンジ され、 参加者全員が使える能

力 となった……そのアレンジにより、食べ物、食器、ボールなどの 静物 も《寄生》の対

象に出来る……かみつきのように時間経過で消滅する宿主よりも、基本的に形の崩れない、金

属製の食器の方が遥かに宿主として優秀だ。生物ではないので、身動きする事が出来ないのが

難点だがな……かみつきなどに襲われ、咄嗟に逃げ込む場所としては実に最適だ……かみつき

が 生物にしか襲い掛からない のは 《寄生》の使い所を引き立てる 狙いもあったのだろ

う……さて、問題のバスケットの中から 何が出て来た のか……順を追って説明するぞ……

 まず最初にバスケットが揺れ動き始め……その揺れが収まらない内に…… それ は出て来

た。バスケットのフタは閉じたまま、バスケットの底の部分以外の至る所から染み出るように

……液体のようなものがバスケットの真上に集合し始めた。シートを被せて固定し上に大きく

引っ張れば、この形状になるか? 液体と言ったが透明では無い……まるでプリンを眺めてい


るような質感だ……もっとも、こんなミントアイスの冷たい緑色とソーダアイスの水色を混ぜ

たような中途半端な鮮やかさの青緑色のプリンを食べる気にはならないがな。そのプリン状の

物体は単色ではなく、何かが滲んだような斑点があちこちで目立ち……ひと際大きな箇所があ

った為、何色か確信が持てそうだ……茶色では無いな、赤くも見えるがこれは……ピンク色だ

……随分と暗く黒に近い色だな……もう1色、鮮やかで明るい水色も見えるが……さすがに時

間切れか……眺めている間に 人間の姿 に戻ってしまった……いや、 戻された ……だな

 バスケットからプリン状の物体が出て来て、一時は人間を包み込める大きさの塊になり……

その変形に応じ斑点も乱れるように動き始めたと思った頃には……人間の姿になったわけだが

どう考えてもバスケットの中に入り切る大きさではない上に……バスケットの中身は空の状態

……バスケットの網目の間に、あの液体の量が入り込んでいた? そんな考え方では 能力

《寄生》は語れない……陶器の皿で説明しよう……皿が木っ端微塵に割れた場合、 宿主とし

ての機能 を失い、 自動的に脱出が発動し使用回数が消費 される……だが、皿が真っ二つ

に割れ、その片方が遠くまで運ばれた場合…… どちらにいた事にする かを選べ、 最初か

らそっちにいた事になり 《寄生》は維持される……宿主の対象がバスケットならば…… バ

スケットそのものにいる事になる ……それが《寄生》であり、 ゲーム内での扱い だ……

 話を続けよう。《寄生》は 対象に入り込む時と脱出する時に能力の使用回数を消費 する

……《寄生》を 強化していれば5回、通常なら3回、弱化は1回 ……俺はゲーム開始時、


 桂眉子に《寄生》している を選択し、昨夜の 脱出 で1回使ったので残り4回……まだ

対象への 出入り を2回行える……さて、俺の目の前の 参加者 は既に、 バスケットに

入る で1回、 バスケットから出る で1回、消費している……《寄生》を 強化 してい

なければ残り1回……次に《寄生》しても、 脱出 する事が出来ない……かみつきのように

時間経過で消滅したり、宿主の身体が著しく損壊…… 宿主としての機能を失う 事態に陥る

と《寄生》が強制解除されるのは前述の通りだ……そう、バスケットを燃やせば 脱出 を強

制する事も可能だった……そして 脱出 が行われる際には、 重大な事 が起きている……

入り込む際は、まさに一瞬で対象に入れるのに対し、 脱出 の際には短い時間だが 本来の

姿に戻ってしまう ……おそらく 参加者が外気に触れてからある程度経過 してからだろう

な……まぁ、 中から出て来て地面に着地するまでの時間程度 という認識でいいだろう……

 ここ はアレンジせざるを得なかったろうな……さて、さっきまでヘンな緑色をしたプリン

のような姿をしていた 参加者 も……今では、やや短めの緑髪に眼鏡を掛けた、有明高校の

制服姿の男子生徒…… 鶴木駆の姿 に戻っている。そして、現在時刻は7時50分……来たか

「鶴木さん?」

 鶴木が早速、声をかけられたな……俺がさっき受け取った玉宮からの返信内容は……こうだ

「起きてるよ。無事でよかった……学校に向かってるなら8時前に……多分7時50分くらいか

な? 会ったら色々話したいけど……疲れてるだろうし、少し休んでからの方がいいかな?」


 これを鶴木には 玉宮が来るのは8時過ぎ だと伝わるようにした……玉宮は鶴木の 本来

の姿 を見たのだろうか? 俺は鶴木がバスケットに《寄生》したと考えここまで運び、こう

して玉宮を誘き寄せ、鶴木と鉢合わせる事に成功した……ここで不意を突かれた鶴木が叫んだ

「貴様は……玉宮明[たまみや めい]!!」

 さぁ、鶴木……予定よりも早く目の前に現れたのは、ピンクのツインテールに有明高校の制

服を着た 参加者 である玉宮明だ……お前はこれを……どう対処する? お手並み拝見だな

「鶴木さん。朧月さんを見かけませんでしたか? そろそろここに来るはずなんですが……」

 まず玉宮がそう言った。一見、普通に話しかけている様子だが……これに対し鶴木が答えた

「朧月か? 奴なら、此処には来ないぞ」

 鶴木は相手を呼び出し騙し討ちをする時のような台詞を吐いた……俺ならここで朧月を人質

に取っている事にして、玉宮に自害を迫ってみるが……朧月は今、実際には……どうしている

んだろうな……無事に朝を迎え、どこかでぐっすりと眠っている……そう願うばかりだよ……

「それは……どういう意味でしょうか?」

 さて玉宮が声の調子を明らかに変え、鶴木にそう聞き返したな。さぁ鶴木はこの状況を……

「先程、貴様が受け取ったメッセージを送ったのは朧月ではない……貴様はまんまと騙され、

この有明高校の校門前まで誘き寄せられたのだ……玉宮明よ!!」

 鶴木が得意そうにしかも、玉宮に指を差しながらそう言い放った。朧月を人質に取ったと騙


っところで、玉宮には証拠が無いのを暴かれ通用しなかったろうが……先制を手放したな……

「あ、ごめんなさい。鶴木さん……今の言葉が、よく聞こえませんでした……」

 玉宮は表情ひとつ変えずに淡々とそう言いながら……じりじりと鶴木に近付いて行った……

「もう一度、言って欲しいのですが……お願い出来ますか?」

 そして玉宮は引き続き、同じ口調でそう言った……さて、これに鶴木が答えるわけだが……

「ならばもう一度、言おう! 玉宮明! 貴様は……騙されたのだ!! この場所に朧月瑠鳴

[おぼろづき るな]が訪れる事は……」

 すっかり得意げに叫んでいるようだが……あのな鶴木……お前、玉宮の手元を見ているか?

「な……!!」

 やっと気付いたか……鶴木はそう叫ぶと《流浪》を発動し玉宮もすぐに《流浪》を発動……

そして鶴木と玉宮がいた場所には、 安全ピンが抜かれた手榴弾 が取り残されていた……こ

の手榴弾は、俺のいる所まで離れていれば問題の無い威力だ……さて、有明高校の校門の表札

が爆発で吹き飛び終わった頃……すぐ近くに移動したんだな……鶴木が駆け足で戻って来たぞ

「朧月に会いに来たのに……爆弾だと……!? 気付くのがあと少し遅ければ喰らっていた」

 鶴木が驚きの色を隠せない声でそう言う中……少し離れた所から、別の声が響いてきた……

「鶴木さん。キャッチボールしませんか? では、投げますよー」

 玉宮がそう言った後、鶴木に向かって放物線を描くように投げて来た物は…… 安全ピンが


抜かれた手榴弾 だな……だが、鶴木も《流浪》の再使用が間に合う頃だ……再び爆発が収ま

り鶴木が駆け足で戻って来たが……何も律儀に同じ場所に戻らなくてもいいんだぞ、鶴木……

そんな鶴木に向かって、早速だが……何かが飛んで来た。これは……大きめのナイフだな……

「そんなもの!!」

 鶴木はそう叫びながら、横に跳んでかわし……その着地先に安全ピンを抜いた手榴弾が次々

と投げ込まれて行く……3個目が投げ込まれたが……俺はここで《流浪》発動、移動先はマユ

の家だ。 通常 の《流浪》は発動の際、移動した距離に応じて 使用不能時間が10メートル

に付き10秒発生 するが、 10メートル未満の移動距離でも使用不能時間は10秒になる ……

 強化 なら話は変わるが、マユの家から学校までは徒歩で通える距離……10分も経てば再使

用可能だな……まずは双眼鏡に……銃の弾丸の補充はまだいいな……さっきは鶴木に8発撃っ

たように見せたが、 実際に撃ったのは2発 だ……他の6発は通信機器に入れておいた 銃

声の音声ファイルを大音量で再生していた ……この音声ファイルも アイツ が用意したも

ので、この拳銃の発砲音と完全に一致する音声だ……さて、使用可能になった《流浪》を発動

移動先は教室の窓際だ。双眼鏡で外を眺めると、まだ玉宮が鶴木を爆撃中……校門の周辺は吹

き飛ばされ、地面もかなり抉られていた……やがて玉宮は、落ちていたナイフを拾い上げ……

何やら話をし始めたようだな……では《流浪》で、さっきと同じ条件の場所に移動しておこう

「鶴木さん。どうして爆風に巻き込まれないんですか? 中に入ってみると、意外と楽しいか


もしれませんよ? でも……用意した手榴弾は、これで全部無くなっちゃいましたねー……」

 丁度、玉宮が涼しそうな声でそう言っていた……おそらく校内に武器庫と化した一室があり

手榴弾も、まだまだあるだろうな……まったく、朧月が近くにいるとだけでも匂わせておけば

こんなにも周囲を省みずに見境の無い爆撃をして来る事も無かっただろうに……しかし爆弾か

「どうやら、傷口はすっかり塞がったようだな……」

 鶴木がそう言ったが、玉宮が銃で撃たれた傷が治らずに重体だという話は、こういう状況に

なった時、お前がその負傷を当て込んで行動した時の不意を突く為だぞ……いい加減、気付け

「まだ痛いですよー? 鶴木さんが、爆風の中ではしゃいでくれたり、このナイフで喉とか切

られてくれたら……あたしも思う存分、うずくまれるんだけどなー……」

 玉宮は表情を変えずに涼しい声で、そう言った。朧月にはとても見せられない光景だな……

「でも、ちょっと疲れちゃいました……鶴木さん、いくつか質問をしてもよろしいですか?」

 それまで冷静な怒りを露にしていた玉宮が急に、普段の丁寧な口調で鶴木にそう言った……

「よかろう……このまま爆弾の群れが延々と、この身に降り注ぎ続けるのかと思っていたぞ」

 鶴木がそう答えた。さて、玉宮は鶴木に一体、どんな質問をするのか……これは見ものだな

「最後に朧月さんの姿を見たのは、いつですか?」

「昨夜の23時頃、屋敷内に赤い渦が厄介な所に現れ、それまで勇猛果敢に指示をしていた桂眉

子[かつら まゆこ]も、かみつきに食われた……私は朧月を置いて、《流浪》で屋敷の外に


逃れた為、その後の事は分からぬが……あの状況の屋敷から逃げ切れたとは考え難いな……」

 玉宮はまず朧月の消息を聞いたか……俺はその後、朧月を屋敷の外に連れ出しはしたが……

「《流浪》は 強化 していますか?」

「 強化 するのも魅力的だったが、 通常 のままにした…… 能力は全部で5つ ……だ

が、 1つの能力を強化する為には他の能力を弱化させる 必要があり……どれか1つは 通

常 にせざるを得ない…… ゲーム開始前 はその割り振りに、なかなか頭を痛めたものよ」

 おい、玉宮がさらりと答えてはいけない質問をして来て、鶴木は戸惑いもせずに答えてしま

ったぞ……玉宮は更に質問をするのだが……これは今の内容も吹き飛ぶ、鋭い質問が来たな。

「さっき朧月さんの通信機器から、私にメッセージを送信したのは鶴木さんですか?」

 さすがだな玉宮明……この質問で鶴木が俺の事を隠す理由は無い……鶴木はこう返したか。

「私ではない……背が高く赤い頭髪をした我が校の制服を着た男性……その人物が朧月の通信

機器で貴様を此処に呼び出したのだ……銃一丁で私を見事に追い詰めた、恐ろしい奴よ……」

 名乗っていないから、こう答えるのが一番だな……これに玉宮が、どう返すかと思えば……

「鶴木さん。喉が渇いてませんか? 何か飲みたいものがあれば、今から取って来ますよ?」

 玉宮は唐突にそんな事を言ったのだが……鶴木は何も疑問に思わなかったのか、こう答えた

「ふむ、そうだな……今は温かいジャスミンティー辺りを口に含み、一息入れたい気分ではあ

るが……ペットボトルのミルクティーがあるのならば、有難くそれを頂戴しよう」


 鶴木がそう言った後、玉宮は《流浪》を発動し、そんなに時間も掛からず戻って来たが……

「鶴木さん。ごめんなさい……これしかありませんでした」

 戻って来た矢先、そう発言した玉宮の手には、4つの手榴弾があった……随分と物騒なティ

ータイムだな。そして玉宮が手榴弾の安全ピンに指を掛けながら、口を開いたかと思うと……

「それでは次の質問です」

 玉宮はそう言いながら、4つある手榴弾のピンを次々と引き抜いた後……こう言い放った。

「さっきから、こちらの様子を熱心に観察しているようですが……あなた一体、誰ですか?」

 俺の居場所もお見通しかと思いきや、玉宮は手榴弾を4ヶ所に放り投げた。監視場所に選ぶ

ならその4ヶ所……見事に俺の方にも手榴弾が向かって来ているな……では俺は《流浪》を発

動し爆風の及ばない場所に移動……そのまま玉宮と鶴木のいる所を目指し、歩き出すとしよう

「鶴木とお前を鉢合わせにすると、どうなるのか眺めていたが……やはり気が付いていたか」

 俺がそう言いながら、玉宮と鶴木のいる場所に近付いて行くと……玉宮が俺に、こう言った

「どうもはじめまして……見知らぬ 参加者 さん。早速ですが、質問してもいいですか?」

 横に突っ立つも無防備な鶴木に対し、玉宮はその全身で警戒しているな……では返答しよう

「いいだろう。大抵の事なら正直に答えてやる……どんどん言って来い」

 玉宮からの質問なら何でも答えてやるよ……本当に楽しみだな……さて、その問答内容だが

「あなたと私が最初に会ったのは、いつからですか?」


「 ステージ1かみつき の頃から既に何度も会っている……事になるな」

 なかなかの切り出しだ。 ステージ2はねつき でも何かと世話になったのも覚えているぞ

「あなたに協力者はいますか? 今どうしてますか? その協力は強制的なものでしたか?」

「俺の協力者は、いつでも行動を強制出来る状態だった……今はもう、死んでしまったがな」

  5つの能力 の中には、 対象の行動を強制的に動かせる ものもある……いい質問だな

「その協力者が死んだ時、あなたはどこで何をしていましたか?」

「朧月もいた屋敷内で、かみつきから逃げていたな」

 玉宮の質問に俺が答える、そんな応酬が続き……今の質問をした後、玉宮はこう聞いた……

「あなたの協力者は男性ですか? 女性ですか?」

「女性だ。もう俺が何者なのか突き止めたようだな玉宮、いや…… 玉宮さん 」

 本当に正直に答えたが……この回数の質問で俺が桂眉子[かつら まゆこ]に《寄生》して

いた事に辿り着くとは……俺がそう感心していると玉宮は警戒した雰囲気を緩め、こう言った

「あのデニムシャツ……今もお気に入りです。さっき鶴木さんから少し、話は聞きましたが」

 玉宮は声を和らげ、そう言った。さて、俺の自己紹介も残すは名前だけだが……こうするか

「……何の話をしているのだ?」

 鶴木がそんな事を言ったが、放っておこう。ではせっかくだ……名前も単に名乗らずに……

「さて、ここに玉宮明、鶴木駆、そしてこの俺の3名がいるが……これで俺の苗字に辿り着く


事も可能だ……音だけで正解としよう。さぁ何故その苗字になったか言ってみろ……鶴木!」

 俺はまず鶴木に言った……玉宮明は 玉宮涼[たまみや りょう]の妹という設定 を選び

玉宮涼は 改変前 の段階からいる 人間 ……そして鶴木は、 鶴木が付けた苗字 だ……

「玉宮の 玉 からこの日本に伝わる三種の神器、勾玉を連想し、神器の1つである天叢雲剣

[あめのむらくものつるぎ]から剣[つるぎ]に辿り着いたが……剣の一文字では味気がない

……そう思っていると、目の前に 鶴の絵 が見え……鶴木[つるぎ]が我が苗字となった」

 思った通り、俺の苗字と経緯が同じだ……これを聞いた玉宮が俺に言ったが……さすがだな

「じゃあ、あなたの苗字は……鏡[かがみ]。 鹿の絵 が見えたから漢字3文字の……?」

 玉宮は実に頭が切れる、全くその通りだ……さて、見事に正解だったので俺は落ちていた安

全ピンの先で地面に5つの漢字を書いた後……玉宮と鶴木に、高らかな声でこう言い放った。

「ご名答! 俺の苗字は鹿々身[かがみ]……名前には三種の神器の剣を入れた、剣也[けん

や]だ! これで俺の自己紹介は全て終わったが……鹿の事まで当てるとは思わなかったぞ」

 そんな玉宮には賞品と言うのも、おかしな話になるが……俺は敬意を表して、こう言った。

「よし俺の手を繋げ、玉宮。俺が何者か、たちまち突き止めたお前には、その 協力者の家 

に招待しよう。せっかくだ……色々と話し込もうじゃないか」

 明らかに罠を用意しているような台詞だが、特に何の用意もなく、言葉通りの意味なんだよ

な……玉宮もそんな気配を察したのか、素直に俺と手を繋ぎ鶴木の方を向いた後、こう言った


「あ、鶴木さん。18時に間に合うようにまた、ここに集合しましょう。せっかくだから、あな

たも家に帰って、ひと眠りして身体を休めてはいかが? それじゃあ、あたしたちはこれで」

 玉宮はそう提案したが、いい考えだな……では玉宮も対象に《流浪》を発動……俺と玉宮は

マユの家の中にある、マユの部屋へと移動した。現在時刻は8時26分か……色々話せそうだな

「ここが桂さんの部屋ですかー……今は大人しく積もる話をして過ごすのがよさそうですね」

 マユの部屋の中を見渡しながら玉宮はそう言った。話す時間はたくさんあるが、まずは……

「命の奪い合いは アイツ が今夜公開する 詳細情報 を見てからでも遅くはないだろう」

 俺はそう言った……今回の ステージ3あかつき が始まる前、 アイツ の情報では……

「 あかつき の放つ光は かみつき を次々と生み出す。 かみつきはとても見境が無い 

 あかつき は三日目から出現し、その出現時間は2段階。 あかつき の光は時に 白いか

みつき を生み出し 白いかみつきは参加者だけを狙う 。最終日は八日目の6時となり、そ

の日の零時には、このゲームの最後を飾るに相応しい 最終兵器 に関する情報を公開する」

  あかつき とは、あの 赤い月 の事のようだが……最後にある 最終兵器 ……これが

ずっと気掛かりでしょうがない…… ステージ3あかつき のボスだとみてよさそうだが……

「マスターが今夜零時に現れると言った、 最終兵器 ……まずはその話からしましょうか」

 俺がそんな事を考えていると玉宮がそう言った。本当に話が早いな……では、俺も言おうか

「 ステージ2はねつき の最終日前日に現われた、あの 巨大なはねつき ……あれを越え


るボスを用意しているという事だよな……あれは、まともに相手をしていれば厄介だったぞ」

 何者かが 能力 で脅威を潰したが、あの性能は本当に、恐ろしいぞ……さて玉宮が言った

「今回の あかつき は、 参加者 をかなり殺しに来てますよね…… 白いかみつき とい

う新種までいました……ステージ1は数、ステージ2は質……ステージ3のボスは一体……」

 本当にここで玉宮を相手取り、 能力を消費 するのは考えものだ……だからこそ、さっき

鶴木の 能力 を1つ消費させたのは大きな成果だ……よし、はっきりと持ち掛けてしまおう

「18時頃、学校に集合と鶴木に伝えていたが……それまで一時休戦と行かないか? マユに《

寄生》していた頃、お前の料理を堪能させて貰ったが、ここらで一品、頼むのもいいな……」

 マユが玉宮と一緒に過ごした時間も、決して短いものでは無かったな……俺はそう提案した

「そうですね……せっかくだし18時になったら、2人で鶴木さんにちょっかい出しませんか?

零時まで、ある程度の時間は潰せそうですし……あ、料理のリクエストは何かありますか?」

 夏祭りの夜に食べたチキンクリームカレーは実に美味かった……あれを頼んでもいいが……

「マユの冷蔵庫の中と屋敷の冷蔵庫の中から食材を持って来るが……何を作るかは、任せよう

飲み物は屋敷の中で見付けた美味いジュースと、俺の家の冷蔵庫の中のもので大丈夫だろう」

 俺はそう言った後、それらの場所から食材と飲み物を《流浪》でこの部屋に集める事にした

「このキャロットジュースは、かなりの美味しさですね。ところで、鹿々身さんの家から持っ

て来たという……この ラムレーズンドリンク ……これは、嫌な予感がしますね。後で鶴木


さんに飲ませましょう。ホワイトチョコレートドリンクの方は身構える必要……ないですね」

 玉宮がそう言ったが、このラムレーズンとホワイトチョコのドリンクは ステージ3開始前

に鹿々身剣也が購入し、家の冷蔵庫の中に入れた 事になっていたな…… 運ぶ時間がある 

からと アイツ に何か入れておくかと聞かれ、これらのドリンクを思い出し 購入しておい

た事にした んだよな……とにかく、俺は《流浪》を何度も使い、マユの家の中に色々運んだ

 再使用までの時間も積み重なり、全て運び終えた頃に時刻を見たが……まだ9時前だったか

「今日の深夜に大型ストア内で赤い渦をやり過ごしていた時に手に入れた、蛍光式の玩具も持

って来たぞ。遊んでやれば、 アイツ も喜ぶだろう……ストア内に移動する前、《流浪》で

朧月を屋敷の外に逃がしたが、すぐ移動したからな……あの後、朧月はどうなったのか……」

 俺は持って来た3つの光る玩具を、マユの部屋の机に置きながら玉宮にそう言っていた……

「その時に、朧月さんと桂さんの通信機器を交換したんですね。それにしても……スライドパ

ズルに、けん玉、そしてルービックキューブですか……どういう状況で選んだんですか……」

 玉宮がそんな質問をして来た……おまけに3つとも蛍光タイプだ……さて、俺はこう答えた

「照明の消えた暗闇の中、赤い渦をやり過ごす事にしていたら、そんな俺を退屈させないよう

にと アイツ が…… ゲームマスター が行く先々で 落し物として出現 させた結果だ」

 あの暗闇の中でも時間を潰せる優れものだったな……さて、玉宮が呆れながらこう言ったぞ

「何をやってるんですかマスターは……でも、 玩具で遊んで貰う事 こそが、 マスターの


根底にあるもの なのかもしれませんね……さて、鹿々身さん。料理の内容が決まりました」

 現在時刻は9時29分。あれからメニューも決まり、それも今や食卓の上。その料理だが……

「食パンがあったので何枚かをクルトンにして、ご飯代わりの土台に……屋敷の中にあった牛

挽肉と、同じく屋敷の中にあったバジルを筆頭とした何種類ものハーブでハンバーグを作り、

カレーはこの家にあった市販の物と、屋敷にあったスパイスをブレンド……野菜などはこの家

の中の冷蔵庫にあったもので済ませ、お好みでヨーグルトソースをかけれるようにしました」

 玉宮がそう言ったが、マユの家と屋敷の食材を総動員した料理だな……さて俺はこう呟いた

「玉宮特製の ビーフハンバーグカレー と言ったところか。では、いただきます、だ……」

 まずはヨーグルトソース無しで食べてみるか……どれ、スプーンに乗せれるだけ乗せて……

「ほぉ……ご飯代わりのクルトンの固い食感とハンバーグの中の強烈なハーブと、牛肉自体の

旨みと香りがなんとも面白い組み合わせだ……そして、カレー自体の味も……絶品だな……」

 俺はそう言った後、スプーンで割いたハンバーグを俺用の別皿に入ったヨーグルトソースの

中に突っ込み、たっぷりと絡めて一気に口に含むと……また違った味になったので更に言った

「ヨーグルトと言っても甘いわけではないか……随分とまろやかで、ヨーグルトの酸味も加わ

り、更に深い味わいになったな……いやはや、お前の料理には、本当に感服するぞ……玉宮」

 俺は降参したような表情で玉宮にそう言った……学校に誘き寄せるメッセージを作成してい

た時は、玉宮をどう料理してやろうか考えていたんだよな……それが、こうして玉宮から料理


を振舞われる事になろうとは……さて、俺がそんな事を考えていると、玉宮がこう言ってきた

「ご満足頂けたようであたしも嬉しいですよ、鹿々身さん。 初期設定 で 料理好き を選

んだら、本当に色んな料理と調理方法を 事前に心得ている 事になってて、 手を動かして

る 内に、最初と全然違うものが出来上がる何て……本当に 人間の世界 は面白くて仕方が

無いです……でも今夜零時を過ぎ、更に6時間が経てば、この世界ともお別れですよね……」

 もう その時 まで残り24時間を切ったな……鹿々身剣也の姿になったら玉宮とは敵対し、

マユに《寄生》していた時のような接し方は出来なくなると思っていたが……気が付けばマユ

の時よりも和やかに接しているような気もするな……せっかくだ、俺もその話に触れておこう

「俺の 初期設定 は スポーツ好き だったな…… 自分で身体を動かしてみたい のもあ

ったが、やはり体力は多いに越した事は無い……先日までマユの中にいたから結局、何のスポ

ーツもしなかったがな……まぁ今夜になれば、かみつきと鬼ごっこが、いくらでも出来るが」

  ゲーム開始前 は色々と手探りで、事前に用意された設定候補の中から選択し、こうして

玉宮は玉宮明、俺は鹿々身剣也という 人間の姿 が 参加者として形成 されたわけだ……

「あたしは ピンク色が好き というのも選択したんですよねー……そうしたら、ものの見事

にピンク狂いに……だって、 きれいだもんピンク …… 色んな色がある し、 目立つ 

し 見ただけで可愛い って思えちゃう……ゲームを始める前、どんなものかマスターに聞い

たら、まず最初に 桜の絵 を見せてもらった後、色んなピンクをズラリと並べられて……」


 玉宮がそう言ったが ゲーム開始前 の話をするのも面白いな……引き続き俺も発言をした

「そういえば、皆で新しい服を選んだ時にも着ていた、あの服だが……色のバランスは悪くな

かったが、ピンクの要素が控えめだったな……あれは 初期設定 の時に選んでいたのか?」

 俺は玉宮に聞いてみた。特に重要な事では無いが、他愛も無い会話とはこういうものだ……

「そうそう、いざゲームが始まったら、もう目に入る物全てがピンク色だったらいいのになぁ

って思うようになっていて……夏祭りの時にあのピンクの浴衣を見付けた時はテンションヤバ

かったです……あ、あの時のデニムシャツを選んでくれたのは、桂さんの方でいいのかな?」

 玉宮がそう答え、急にマユの話になったか……マユは色んな服を選ぶのが好きだったな……

「そうだ、夏祭りの二日間はマユに精一杯楽しんで貰おうと、ほとんどマユに任せた状態だっ

た。最終日の夜に朧月の家まで出向いたが、あれはマユの意志によるものだ……出来る事なら

マユに最後まで生き延びて欲しかったが、やはり無理だったな……朧月はどうなる事か……」

 俺はそう答えた。この世界とお別れする時も近いが……朧月には生き延びて欲しいものだよ

「朧月さんと言えば宵空さん……鹿々身さんは宵空さんを…… 参加者 だと考えてます?」

 玉宮がそう発言し、話は宵空満[よいぞら みちる]の流れに……そして難しい質問だ……

「 はねつき の時は、宵空が単独で追われている姿は見かけなかったが……氷室に気を取ら

れ、俺は現場をよく見てはいないからな……だが、宵空満を 参加者 と考える為には……」

 俺がそう言った後、玉宮も考え込むような表情で、こう言ってきたが……声もやや苦しいな


「今まで 能力 を使っているのか、使っていないのか、目を欺いては使っていたのか……」

 ……この様子だと、玉宮も何も掴めていないな……とりあえず俺はこう言っておく事にした

「宵空は やたらと黒を好む 傾向があるよな……色味のある黒を組み合わせ、その静かな変

化でオシャレを楽しんでいたりもする…… 目立たない所では自由を求めている のかもな」

 決して地味ではなく主張要素のある色も選んでいるんだよな……さて、玉宮がこう言ったぞ

「髪の色が黒なんだから、派手な服装をしても似合うのになー……朧月さんが選んだ浴衣を着

た時も、すっごく似合ってたし……そしてその後、みんなであたしの服を選んで……宵空さん

が選んだのは、暗めの水色に夜空のような澄んだ青さが際立った、ティアードスカート……」

 俺に続き玉宮はそう言った。それにしても話は尽きないな……こうして仲良く会話する運び

になったのは、あまりにも嬉し過ぎる誤算だな……ここで俺は現在時刻を確認し、こう言った

「気が付けば9時56分か……お前の特製カレーを堪能し、こうして話し込む……大満足だよ」

 本当に玉宮のカレーを食べながら普通に会話をしていたな……さて、そろそろ休憩したいな

「ふふ、作った甲斐がありました。後片付けはやっておきます……まだカレーが残ってるので

後でもうひと工夫加えちゃおうかな。それでは各自、家に戻って、ひと眠りするとしますか」

 玉宮はそう言ったが、本当に察しがいい……では俺も、会話の締め括りにこう言っておくか

「そうだな……さすがに15時には目が覚めるだろう。起きたら、この部屋でまた落ち合うか」

 そう言った後、俺は《流浪》で自分の家に戻り、ベッドを目の前にした時……ふと、呟いた


「考えてみれば……こうして 自分の身体 で自分のベッドで寝るのは、これが初めて何だよ

な……そんなに疲れは溜まっていないが、最後にベッドの感触を味わっておくのも悪くない」

 そして俺は 制服姿 のまま布団に潜り込み、寝る前の朧月の言葉を思い出しながら言った

「おやすみなさーい」

 それから実にぐっすりと眠り起きてみれば15時32分か……《流浪》でマユの家に行くと……

「あ、鹿々身さん。おかえりなさい」

 玉宮が片手でけん玉を意のままに動かし、もう片方の手はスライドパズルに励んでいた……

玉宮から挨拶をされたが、俺は取り残されていたルービックキューブの相手をしてやるか……

「スライドパズル完成っと! 素直な図形だったから、適度に悩みながら楽しめましたねー」

 玉宮はそう言いながら、もう片方の手では、けん玉を見事な手捌きで遊んでいるが……ちょ

っと待て、その動きを……まさか 無意識でやっている のか? さて、今度は俺が言ったぞ

「俺の方はルービックキューブが2面が出来た程度だな。現在時刻は……ふむ、15時51分か」

 まるで揃えられる気がしないが、これだけ遊んでやれば、 アイツ もご満悦だろうな……

「そろそろ18時に備えて体力補給をしましょうか……もう屋敷の中から、食材は運んで来て、

調理済みです……その鍋とは別に、あのホワイトチョコレートドリンクも温めてありますよ」

 玉宮が言ったが、起きてすぐに玉宮の料理が堪能出来るのか……何とも贅沢な時間だな……

「もうクルトンは無くなりましたが、残ったカレーにモッツアレラやパルミジャーノなどの数


種類のチーズを溶かして大量に混ぜて、ヨーグルトソースはアボカドを混ぜてパワーアップ!

カップに注ぐ飲み物は、よく温めたホワイトチョコレートドリンク……それでは召し上がれ」

 もはや別物の料理だな……チーズとアボカドの色で、見た目の印象がこうも変わるとは……

「今朝の料理とは大分様子が変わったな……では素直に、こう言おう……いただきますだ!」

 俺はそう叫んだ後、新生玉宮カレーにスプーンを突っ込んだ……チーズが大量に入ってる為

感触がまるで違うな……そして持ち上げると溶けたチーズがよく伸びて、食欲をそそるぞ……

「今朝のカレーとはまた違った新しい美味さだ! 本当にお前の料理は最高だぞ、玉宮明!」

 俺は迷わずそう叫んだ。まったく……料理を振舞われる事がこんなにも楽しいものだとはな

「このホワイトチョコもなかなか面白い飲み物ですね……あ、熱いので火傷には、ご注意を」

 玉宮の言う通り、カップを持っているだけで火傷しそうだが……その分、香りも出ているな

「現在時刻は17時48分。そろそろ出発の時間だな……武器は校舎にある分で間に合わせるか」

 食事も終わりしばらくが経ち、俺はそう発言したが……武器が役立つかは判らないんだよな

「鶴木さんは、果たして学校に来るのでしょうか……とりあえず紙コップは多めにあります」

 玉宮がそう言った。鶴木にちょっかいを出す為の一番槍として……これを持って来たが……

「この ラムレーズンドリンク が、どれ程の力を秘めているのか……楽しみにしておくか」

 俺はそう言うと《流浪》を発動……玉宮と一緒に校門前まで移動すると、既に鶴木がいた。

「2人同時に到着とは随分と仲良くなったものだな……ん? 何だ、そのペットボトルは?」


 鶴木がそう言ったが、逃げも忘れも遅れもせず校門前で待っていたか……さて作戦開始だな

「これから始まる最終日に向けて、玉宮と景気付けの一杯をしていた……お前の分もあるぞ」

 俺はそう言いながら、 ラムレーズンドリンクの入った紙コップ を鶴木に差し出した……

「 ペットボトルの中身をそのまま入れた 、小細工一切なしの、ただのドリンクですよー」

 そう言うと玉宮は、自分の持っている紙コップを飲む動作をした後……こう言い放ったぞ。

「うん、美味しい! 鹿々身さん、おかわりをお願いします」

 俺は言われた通り、 まだ何も入れてなかった紙コップ に、ペットボトルの中身を注いだ

「全く、こうして呑気に過ごせるのも、あと僅かだな……ここは貴様らに付き合ってやろう」

 そう言いながら鶴木は、紙コップに注がれたラムレーズンドリングを……一気に口の中に流

し込んでしまったのか……いや何の小細工もしていないが……本当に迂闊なヤツだな、お前は

「ぐはぁ!! ……げふぉ!」

 鶴木はそんな苦しい声を出しながら、持っていた紙コップを落とし、咳が落ち着いた頃……

「な、何だ……これは! あ、甘い……口の中が濃厚過ぎる甘さで満たされる……いや、これ

は侵略だ!! 暴力的な甘さだ……そして何だ……この香りは! 本当に飲み物が有する匂い

なのか……おい、玉宮に……鹿々身と言ったな……答えろ! 一体これは……何なのだ!!」

 鶴木。飲み物の中には香りが強くて一気に口の中に入れたら、ヤバイものもあるんだぞ……

「ですから、このペットボトルの中身をそのまま注いだ……だけですってば」


 玉宮がラムレーズンドリンクを俺の紙コップにも注ぎ終えた頃、そう言った。では俺も……

「鶴木。お前は本当に落ち着きの無いヤツだな……もう少し慎重に行動する事を……」

 俺は鶴木にそう言いながら ラムレーズンドリンク をある程度、口の中に流し込んだ……

「覚え……た、ら……どう……」

 最後のだは……言えなかった……なるほど、鶴木はこれを一気に口の中に含んだわけか……

これはキツイな……角砂糖を一度に2個3個と食べた程度では、この甘さは得られないぞ……

「あ、甘い……甘いよぉ! 何これ? 甘過ぎて何だか笑っちゃうし、笑っちゃった……おま

けに匂いもヘンだなぁ……ま、まぁ、せっかくだし、もう一口飲む……飲む、から……ね?」

 玉宮がそう言った通り、この匂いは本当に何だ? 化学薬品を嗅いだような気分にすらなる

ぞ……とりあえず、一気に飲まなくて正解だったな。さて玉宮が更に一口飲んだ後……叫んだ

「あまぁーい! あぁもう……甘過ぎだってばぁ! もうダメー! いやー、飲み物で笑う事

になるなんて思わなかったよぉ……あ、鶴木さん、これ全部飲まなくても構いませんよ? 鹿

々身さんは、まだ飲まれますか? いやぁー、なかなか面白いものを用意して来ましたね!」

 玉宮のテンションがおかしな事になっている……アルコールが入っているわけでもないのに

顔まで赤くなっているぞ……何かのスイッチが入ったのだろうか? 俺は質問にこう答えたぞ

「いや、俺はリタイアだな……店で見かけた時、どんな味なのか期待はしていたんだが……」

 実際に飲んでみないと判らないものだな……まぁ玉宮が楽しめた事だし、よしとするか……


「あー、もぉ! 口の中が甘いよぉー! しょっぱいものが……塩分が食べたぁーい!! 鹿

々身さん、家に何かしょっぱいものはありますか? あたし、お口直しがしたいですぅー!」

 玉宮は、もはや乱心状態だな……すまなかった。さて、その質問だが……こう返すとしよう

「マユの部屋にスナック菓子が、いくつかあったな……気に入ったものを持って来るといい」

 俺はそう言ったが……思えばマユはスナック菓子は気ままに購入し、特に拘りは無かったな

「取って来まーす! あと、こちらのドリンクはテーブルの上にでも置いておきますねー!」

 玉宮はそう言いながら《流浪》を発動……あの昂ぶり様が少しは落ち着くといいのだが……

「全く……先程、パティシエ自慢のクリームチーズを重ね、その表面をモンブランとも組み合

わせたティラミスによる甘さと苦味が程よく調和した世界の中にいた心地が、台無しだ!!」

 そう言う鶴木も、今まで鶴木なりに過ごしていたようだな……せっかくだから聞いてみるか

「お前は本当に、甘いものには強い拘りがあるな……一体どんな 初期設定 にしたんだ?」

 設定項目は本当に多岐に渡っていた……目移りが起きても無理はない……さて鶴木が答えた

「 読書好き と、もう1つは ランダム を選択した……遊び心というものに駆られてな」

 両方ともランダムにするまで無茶な事はしないヤツのようだな……そして、その結果が……

「それで スイーツ好き になったわけか……女子力を感じるぞ……現在時刻は17時58分か」

 俺がそう言うと玉宮が戻って来たが……さて一体、どんなスナック菓子を選んで来たのやら

「うぅ……口の中の甘さが、全然抜けそうにないです……こちらのスナックで忘れようかな」


 そう言う玉宮は横長の箱を手にしていた。箱には大きな文字で、商品名が書かれてあり……

「海豚[うみぶた]のワルツ……だと?」

 鶴木はそう言った。海豚と書いて いるか と読むのは鶴木も承知の上だ……だがパッケー

ジにある海豚の文字の上に うみぶた とやや小さめの平仮名が振られている以上……うみぶ

たと読む他無い。2袋入りの 海チャーシュー味 か……なかなか面白いものを持って来たな

「袋を取り出しましたが…この箱自体が入れ物になりますね……まずは1袋開けましょうか」

 玉宮はそう言うと袋の中身を箱の中に開けた……一見するとポテトスナックの類のようだが

「ほぉ、色んな形のイルカたちだな。しかもどのイルカも躍動感のあるポーズだ……ふむ、ふ

っくらとした形状で中身は空洞か……だが、この空洞のおかげで面白い食感になっているな」

 俺はそう言いながら更にもう1個……俺の人差し指の腹に収まる程度の大きさで、膨らみに

よる触り心地もいいが……1粒と呼んだ方がいいかもな……では、イルカを更に1粒食べよう

「あぁ……甘過ぎた口の中にチャーシューの塩味が……イルカたちを手の平の上に並べてみる

と、まさにワルツを踊っているみたいですねー。こうして眺めてるだけでも楽しめます……」

 玉宮がそう言ったが……どうやら正気に戻ったようだな。あの混乱から回復して、何よりだ

「待つのだ……この形状を見ろ……如何に目を凝らそうとも、これはイルカでは無いぞ……」

 鶴木がそう言ったので、俺は箱の中のイルカの群れをよく見たが……物騒な組み合わせだな

「この形はサメですねー。こちらも何種類かあり……今にも襲い掛かりそうなポーズを……」


 玉宮がそう言った。よし、ここは検めるとするか……中身を零さないように注意を払い……

「一度、箱を閉じるぞ……パッケージの側面に、サメの説明が無いかどうか確認しておこう」

 俺がそう言った後、3人で箱のパッケージの絵を6面とも眺め……やがて玉宮がこう言った

「イルカが10種類、サメが5種類、そしてパッケージには名前しか載っていないですね……」

 イルカとサメで色分け区分されてはいるがポーズ名までは無いのか……ここで鶴木が言った

「これはシークレットに関する説明文か? イルカの群れが海の中でワルツを舞い、それを怖

いサメたちが眺める中…… 豚の女王 があなたの前に現われるかもしれません……だと?」

 鶴木は困惑しているが、チャーシュー味なのだから海の中に豚がいてもおかしく……あるな

「ちょっと紙皿を取って来ます……袋はもう1つありますし、豚の女王を探してみましょう」

 玉宮はそう言うと、《流浪》を発動したが……現在時刻を確認……そろそろ周囲を警戒だな

「18時2分……さすがに過ぎてしまったか」

「この 海豚のワルツ が最後の晩餐となるのやも知れぬな……」

 俺がそう報告した後、鶴木がそう言ったが、まったくだな……さて、玉宮が戻って来た……

「戻りました。ではもう片方のお皿に、イルカとサメをどんどん乗せていきましょうか……」

 紙皿を2枚持って来た玉宮はそう言うと、素早い手付きで片方の皿に次々とイルカとサメを

移して行く……その手捌きは目にも止まらなかったが……最後の一粒が残り、俺はこう言った

「遂にその姿を見せたか……どちらの袋にも入っていない可能性もあったが……感慨深いな」


 味は同じだと分かり切ってはいるが……いざ目にするとまた違うな……ここで玉宮が呟いた

「これが…… 豚の女王 ……」

 俺と玉宮と鶴木の目の前には、何の変哲も無い横向きのブタの形状をしたチャーシュー味の

ポテトスナックが、紙皿の中央で静かに佇んでいた……大きさは他と変わり無かったのか……

「 豚の女王 よ……お前は、イルカたちが舞う海の中で……如何なる踊りを見せるのだ?」

 鶴木もテンションが上がったのか、そんな事を言った……まったく、たった一粒のスナック

菓子の為に、3人揃ってここまで大騒ぎするとはな……なかなか楽しい時間を過ごせたが……

「しかし、いよいよ始まってしまいましたね……とりあえず、小さい袋も持って来たので、ま

だ海豚のワルツを食べる方は、この袋に入れてください。 豚の女王 は誰が食べますか?」

 玉宮がそう言ったが……俺はこう提案するまでだな……問題の零時まで、あと6時間か……

「玉宮がこのスナックを選んで来て、紙皿まで取りに行ったのだから……ここは玉宮だろう」

 食感にひと工夫があったとはいえ、スナック1つでここまで盛り上がったのは本当に驚きだ

「私もその意見に異論は無い……実によい食べ物を持って来たな、玉宮よ」

 鶴木も賛成のようだな……では玉宮の持って来た袋の中に、残った海豚のワルツを入れるか

「ではお言葉に甘えて頂きましょうか……イルカもサメも細長かったですが 豚の女王 は胴

体が太いので、食感にも少し差が……味は同じでしたね……でも、何だか嬉しい気分だなぁ」

 玉宮が豚の女王を食べながらそう言った……さて、赤い渦が発生するまで、ここで待機だな


「明るい、と言うには……心許ないものがあるな」

 鶴木が空に浮かぶ それ を見ながらそう言った……赤い光はあるので、先程のように箱に

書かれてる文字や絵を見る分には何とかなるが……昨日の今頃と比べると 暗い 状況だ……

「 あかつき とは違うのでしょうか? 既に月の大きさでは無いですね……赤い光も弱め」

 玉宮がそう言った。頭上にある 赤い光を放つ月 は上空のかなりの部分を覆っている……

これが、この後どうなるのか……辺りを見渡す分には問題ない明るさではある……さて、時刻

は18時31分になったが、未だに何も起きていない……まぁ警戒を緩める判断にはならないがな

「やっと来たか……遅かったではないか赤い渦よ!! では私は屋上に避難させて貰おう!」

 鶴木が高らかにそう叫び、ようやく発生した赤い渦は校門と玄関の間の辺りか…… 赤い渦

が若干小さい のが気になるな……俺はまだここで様子を見よう……玉宮もこう言ったか……

「あたしも様子を見てから……時刻は18時52分。赤い渦の規模が昨日までより狭いのが……」

「かみつきが出て来たが、大きさは自動車程度……かみつきのサイズは変わっていない、か」

 俺はそう言うと《流浪》を発動し、鶴木のいる屋上へ……玉宮も屋上に移動し、こう言った

「ではここで赤い渦の発生時間を測りますね。こうも最初が大人しいと、後が怖いです……」

 玉宮の言う通りだ……最終日である今日が……この小さな赤い渦だけで終わるとは思えない

「しかし今朝方、私は鹿々身には殺されかけ、玉宮には爆弾を浴びせられたが……それが今や

驚愕を禁じ得ぬ程の平和な雰囲気よ! すっかり気持ちを落ち着かせ、休養させて貰ったぞ」


 鶴木が言ったように……ここで3人でやり合い 能力 を消耗するのは、本当に考えものだ

「今夜のは あかつき ……なのでしょうか? まだ本格的な活動をしてない様子ですよね」

 玉宮がそう言ったが……よし、この状況を有効に活用しよう。鶴木に次の質問をしておくか

「せっかくだ……鶴木。お前は 参加者 をどこまで絞り込めている? さっき玉宮と、宵空

満が 参加者 かどうかの話を少しはしてみたが……お互い判断材料不足という感触だった」

 俺は鶴木が何か掴んでいるのか聞く事にした……今の内だしな……鶴木は次のように答えた

「ふむ……朝比奈真白[あさひな ましろ]が朔良望[さくら のぞみ]と一緒にいる時 は

ねつき が両者共に狙っていたくらいだな……少なくとも、どちらかが 参加者 であろう」

 この2人には 鹿々身剣也というクラスメート が認識されるようになっている筈だが……

 ステージ2はねつき の時はある程度は会ったものの、まだ情報に乏しいのが現状だな……

「宵空さんが 参加者 じゃないなら、朝比奈さんも、さくちゃんも 参加者 の可能性が」

 玉宮がそう言った。氷室新[ひむろ あらた]も亡き今、既に会っている 参加者の 候補

は、宵空満、朝比奈真白、朔良望の中の3人の内、2人が 参加者 という事になる状況だ。

「宵空も含めた3人の内、 参加者 ではないという決定的な証拠があれば、残り2人を 参

加者 と断定する事も出来るのだが……な……」

「やっぱり 目の前で能力を使っている現場 を押さえるのが、一番手っ取り早いですよねー

……だから、あたしは《流浪》を使う際は細心の注意を払いました。そう言えば、鶴木さん、


鹿々身さん。お2人は今まで、《流浪》以外の 能力 をどれくらい使っているんですか?」

 俺が発言した後、玉宮がそんな冗談を言うくらいには、この話題には進展がなさそうだ……

「《分裂》を1回、《寄生》を4回、 後の2つ はまだ使っていないが……」

 ……鶴木の事だ、嘘は言っていないだろう……呆れたヤツだと思いながら、俺はこう言った

「そしてその《分裂》も、残り1回というわけか……」

 自分の 能力の使用状況 を明かすとは……この自然な流れで更に追い討ちを掛けてやろう

「いかにも……さて、夜空に浮かびし 赤い月 だが……その様子は今、どうなっている?」

 鶴木……俺と玉宮の 能力の使用状況 を聞く流れも自分で打ち切ってしまっているぞ……

これで鶴木は《分裂》と《寄生》を 強化 していて、 残り3つの能力 の内、2つは 弱

化 、1つは 通常 ……そして今朝の玉宮との会話から 通常 なのは《流浪》だ……油断

の度が過ぎるぞ、鶴木駆……これを知られる事がいかに致命的か……後で思い知らせてやろう

「時刻は19時10分……さっきより、赤い月が 大きく 見える気がします……」

「何とも不気味なものよ……このまま、その大きさを増して行くというのか……」

 玉宮と鶴木が言ったが、実際に 赤い月 は1時間前より 膨らんだ 印象がある……赤い

光も同じように強まるならば、赤い渦にも影響が出る可能性もある……引き続き様子を見よう

「時刻は19時22分。さっきの赤い渦は収まりましたね……相変わらず30分みたいですが……そ

の渦から出て来たかみつきも、10分前に溶けてなくなりました……こちらも20分という事に」


 玉宮がそう報告した。赤い渦もあれから現れていない……このまま屋上もいいが……一旦、

校門周辺まで戻る話になり……鶴木、俺、玉宮の順に《流浪》を発動した後……鶴木が言った

「しかし玉宮よ……朝方は手榴弾を気前よく扱っていたが……随分と派手な武器を選んだな」

「 ステージ1かみつき の時、手榴弾をかみつきの口の中に放り込み、有効かどうか試した

んですよね……結果は少し膨らんだだけで、主要な部分は再生を始めて……他の武器などを試

しても効果は出せず…… かみつきは倒さずに対処する のが原則である事は判りましたが」

 手榴弾は 不器用なヤツには扱い辛い 代物でもあるな……さて、玉宮に続いて俺は言った

「 ステージ2はねつき の時に現れた 大型のはねつき も……本来ならば最後の1時間は

金色の炎をまといながら、あの攻撃を繰り出していた……かみつき同様、時間が経てば消滅す

るが倒す事は出来なかったろうな……この前例を考えると今夜零時に情報が公開される……」

「 最終兵器 は倒す事が出来ない……現れたら朝6時まで逃げ回るしか無いのは確定……」

 玉宮がそう続けた……あの 大型のはねつき が あんな事態 にならず、あの性能と炎で

絶え間なく襲って来ていれば…… 能力 を消費してでも切り抜けるべき局面に陥っていたな

「その朝6時までには決着をつけたいものだな!」

 鶴木がそう叫んだ……ここで鶴木を仕留めてしまう……それも手ではあるが……俺は言った

「その 最終兵器 が、ここの3人で協力してやっと凌げる相手だと想定した場合だが……」

「ここで鶴木さんを討ち取っても、あたしと鹿々身さんだけで生き残れるのかどうか…… 最


終兵器 は 参加者を死亡させる 十分な性能を持っている可能性も考えられますので……」

 そう、それが俺たちが休戦状態を続ける理由だ…… 最終兵器 の性能を分析しながら他の

 参加者 を狙う……そんな余裕がある相手なのかどうか……それが判らない現状ではな……

「 5名の参加者 の内3名がここにいる……この3名が 死亡 しても、残った2名は引き

続き争うか 報酬 を分け合うかを選べる……他の2名が今も 生存 していればだが……」

 玉宮の後に俺はそう言った……未だに特定要素を与えない 残り2名 は、俺たちより上手

なのかもな……玉宮と鶴木の 本来の能力 はもう断定出来たも同然だが……鶴木が喋ったか

「しかしだ……《流浪》は本当に、どこで何をしているのだ! 動きを見せなければ姿も見せ

ぬ……今も何処かで 放浪を続けている のならば……まさに 流浪の存在 よ……玉宮か鹿

々身が《流浪》であれば話は別だが……最終日になっても検討も付かぬとは……苛立たしい」

 鶴木の発言に焦りが目立つが……未だに 参加者の特定 が終わっていないのは厄介だ……

「あ、鶴木さん。以前にも言いました通り……あたしは《分裂》ですからね?」

「俺も《分裂》だな。この 能力の本来の持ち主 は特定が困難だったが、これにて判明だ」

 玉宮が鶴木にそう言ったので、俺もそのノリで続けた……鶴木は苛立ちついでにこう叫んだ

「2人で仲良くふざけてるところ、言わせて貰うぞ……いいか、 《分裂》は私 だ! 私は

……鶴木駆[つるぎ かける]は…… 唯一無二の存在 なのだ!!」

 俺は《寄生》で鶴木は《分裂》、玉宮も《流浪》ではない……鶴木が このゲームに参加し


た理由 も今ので予想が付いたが…… 玉宮の願い は何だ? 話題に困ったら聞いてみるか

「時刻は19時49分……色々とお話もしてましたが、赤い渦の音沙汰が無いのは不気味ですね」

 玉宮がそう言ったが……鶴木が自分を《分裂》だと自白したのは、さっきで2回目になるな

……そして玉宮もボロを出している……俺が確認した限り4回だ…… 玉宮明は参加者 と判

っているから成立し、 玉宮だからこそ出せるボロ だがな……例えば俺は《寄生》だ……宿

主を選びその行動を乗っ取る……最近まで桂眉子[かつら まゆこ]にゲーム開始からずっと

《寄生》していた……俺が 参加者 だと知っていて《寄生》が誰かを考える際……真っ先に

俺が候補に挙がる。俺も鶴木も 自分の生態そのものが能力 となった……だが鶴木の 能力

 の場合、使用現場を見ても《分裂》とは断定出来ない…… 5つの能力は参加者が共通して

使える ……《分裂》は《流浪》ほどでは無いが便利な 能力 …… 自分の能力 でなくと

も 強化 する事も十分に有り得る……だから鶴木が《分裂》だと自白しているのは本当に大

助かりだ……玉宮の出したボロは状況証拠に過ぎないからな……順を追って挙げると…… 夏

祭りの時の輪投げ、俺に手榴弾を投げた時、片手でけん玉をしながらスライドパズルを解いた

事、 海豚のワルツを紙皿に移す時の手捌き ……いずれも 手先が器用である事 が前提の

芸当だ……不器用なヤツが手榴弾を扱おうものなら、ピンが上手く引き抜けなかったり、あら

ぬ方向に投げてしまう……だが俺が隠れていそうな4ヶ所に手榴弾を投げた時、4つのピンを

素早く正確な力加減で引き抜き、狙った場所に次々と放り投げたのが玉宮だ……この動作を可


能とする 能力 は無い……だからこそ玉宮が その能力の本来の持ち主 だと断定が出来た

「20時10分か……頭上に広がる赤き月も……その姿を大きくしたものよ」

「あれから校門前で過ごしてますが余りにも静かです。まるで何かが起こる前触れのように」

 鶴木と玉宮がそう言ったが、頭上の 赤い月 は18時頃と比べると…… 大きくなった な

……赤い渦が姿を見せないのは赤い光が弱いのと関係があるのか……そう考え始めた時だった

「ぬぉわっ!!」

 突然、鶴木が何かに驚いたような声を上げ、玉宮も現在時刻を報告しながら……こう言った

「赤い光が……一気に強くなりました!! 時刻は20時13分……20秒台ですね」

 随分と半端な時間だが、薄暗い部屋の中で灯りが一斉に点いたような変わり様だな……赤い

光が降り注ぎ、辺りの景色を血のような色で染め上げる…… あかつき の光と同じだが……

「これに合わせるかのように、赤い渦もお出ましのようだ……屋上に避難し観察と行こうか」

 赤い渦が発生した場所は俺のすぐ傍、間近で観察するのもありだが……その赤い渦の近くで

別な赤い渦も発生……大人しく《流浪》で屋上まで移動するか……屋上には玉宮と鶴木がいた

「あの規模でありながら一度に2つも発生とは豪勢な事を……だが、あれは赤い渦なのか?」

 鶴木の言う通りだ……さっきまでの赤い渦は小型だが、今回発生した赤い渦は小型の赤い渦

がドーナツの穴の部分になる大きさだぞ……大きくなったのは規模だけなのか屋上から観察だ

「グラウンドにも更に同じ規模の赤い渦が2つ……中から早速、かみつきが出て来ましたね」


「何だ……あれは? 姿形はかみつきだが……またもや 大きさが異なっている ぞ……?」

 玉宮の報告に鶴木が続いた。かみつきの胴体は自動車程度だが、問題の赤い渦から出て来た

かみつきは、もう少し大きければ背中にその自動車を乗せられそうだ……さて他の違いは……

「鶴木さん、最初のかみつきが溶け切るまでの時間を測ってください。あたしは今からグラウ

ンドに降りて、あの 大きいかみつき の挙動を確認するので鹿々身さん観察お願いします」

 そう言うと玉宮は《流浪》でグラウンドまで降り、近くにいた 大きいかみつき 2匹は玉

宮に気付くと走り始め……近くの赤い渦から、普通の大きさのかみつきが出て来るのも見えた

「は、速い!!」

 鶴木がそう叫んだので視線を玉宮に移した……玉宮は再使用可能になった《流浪》で大分距

離を取ったが……なるほどな……今までの、かみつきは走り続けていれば追い付かれない速さ

だったが、この 大きいかみつき はどんどん加速している……このままだと自転車よりも速

くなりそうだぞ……先頭の 大きいかみつき が玉宮の背中を捉えようとしていた時……玉宮

は横に飛び、すぐに体勢を整えた……その後の 大きいかみつき の挙動を見て鶴木が言った

「縦列した2匹は玉宮には目もくれず、方向転換も行わず、そのまま突進を継続……だと?」

 普通のかみつきなら、ある程度足をもたつかせながらも方向転換後、すぐに速度を取り戻す

が……鶴木が言った通り、玉宮を無視した2匹の 大きいかみつき はグラウンドを突き抜け

近くの2階建て一軒家に激突……先頭の1匹がその外壁を突き破り、後続の1匹が先頭を前に


突き飛ばし、その勢いで反対側の外壁も貫き、2匹とも直進を続け、遠くへ走り抜けたか……

「ぬぅ……何というパワーだ……あの巨体に相応しくはあるが……」

「外壁の衝撃具合によっては2階も倒壊してましたね……」

 鶴木がそう言った後、《流浪》で俺の隣に移動して来た、玉宮がそう言って……俺も続けた

「 大きいかみつき はコンクリートの壁をも容易く突き破るか……部屋に閉じ込め、かみつ

きが溶け切るまでやり過ごすという手は、もう使えないな……都合よく部屋に収まる位置に現

れるとも限らないが……そもそも赤い渦の範囲内の障害物は素通り出来るのが、かみつきだ」

「また校門前に赤い渦が発生してます。頻度も上が……あ、鶴木さん。時間は見てますか?」

 玉宮も言ったが……赤い渦の発生頻度は上がり、その全てが大きな赤い渦となると厄介だぞ

「20時32分だ。最初のかみつきどもも大分溶け、今やその身をなかなか縮めたものだな……」

 鶴木がそう答えたが、俺が見ている赤い渦の傍で 大きいかみつき が目に入り俺は言った

「あそこにいるのは…… 白いかみつき か……コイツもこの大きさで出て来るんだな……」

「 参加者 を捕捉するまでは他のかみつき同様、辺りをうろつくのが白いかみつき……ここ

にいるのは全て 参加者 なので、黒いかみつきと差がありませんね……周囲を警戒します」

 玉宮がそう言った。 ステージ2はねつき の時に特定し損ねた 参加者 をこの白いかみ

つきで特定出来るわけだ……朝比奈真白と朔良望が同じ場所に2人いる状況があればだが……

朧月が 参加者 である可能性も残ってはいる……俺のように 参加者に《寄生》した状態 


では、はねつきは襲って来なかったからな……そんな事を考えていたが、やがて鶴木が言った

「玉宮、20時45分になったぞ。数分前に身動き叶わなかった、かみつきも完全に溶け失せた」

「ありがとう、鶴木さん。赤い渦の方は……まだ、健在ですね……」

 鶴木が現在時刻を報告し、玉宮もそう返した……俺も赤い渦の発生時間を測っているが……

未だに屋上まで赤い渦が来ないのは運がいい……そのまま観察を続けた結果、赤い渦の中から

出て来るかみつきの数と種類にはパターンがある事も見えてきたが……一度に全てのかみつき

が出て来るとは限らず、赤い渦の中に残っているケースがある事も判明した……これは面倒だ

「その姿と形状を留めたまま、瞬く間に消え失せるのは、相変わらずか……」

「赤い渦が40分、かみつきが32分。赤い渦が1つ発生し、そこが安全になるまで72分ですね」

 現在時刻は20時53分……鶴木と玉宮がそう報告した。赤い渦は消える際に何の兆候も見せな

い……不意に見かけても発生してから何分経過しているか分からないのは厄介だが、これに加

え、まだ 大きいかみつき が中に残っている可能性まである……俺がそう悩んでいた時……

「何だ……急に辺りが……いや、待て! この赤の中に金の輝きを放つ煙の群れは……!!」

「それでは72分後の22時5分過ぎを見計らい、またこの屋上辺りで合流しましょう」

 鶴木が赤い渦の発生で叫ぶ中、玉宮はそう言うと《流浪》を発動し、どこかへ移動した……

「あ、鹿々身さん。おかえりなさい…… 帰巣本能 でしょうか?」

 俺が《流浪》でマユの部屋に移動すると、玉宮が話しかけて来た……移動先はここだったか


……そして玉宮は俺が《寄生》なのもお見通しか……おまけに 宿主を使い捨てにする日々を

送り、帰る巣など存在しない 俺に 帰巣本能 とは……凄まじい皮肉を浴びせられたよ……

「……この家のどこかで赤い渦が発生しても、あの大きさだ……すぐに気付けるだろう……」

 せめて《流浪》が再使用可能になるまで現われて欲しくないと思いながら、俺はそう言った

「外は赤い光でなかなかの明るさですが、ベッタリとした赤い色が邪魔なのでカーテンを閉め

て、部屋の電気を点けました……これなら、このイルカたちの本来の色も判りますねー……」

 玉宮はそう言うと、持っていた袋の中身を紙皿の上に開けた……その光景を見て俺は言った

「まだ食べ切っていなかったのか、 海豚[うみぶた]のワルツ ……」

 紙皿の上にはイルカもサメも適度に焦げ目が付き、両面が膨らんだポテトスナックがあった

「やっぱり家の中で落ち着いて食べたいですよねー……赤い渦への警戒は怠れませんが……」

 海チャーシュー味とあったが要するに、とんこつ味だ……さて玉宮の発言に対し俺は言った

「ここはお前の家では無いがな。もっとも……」

「あなたの家でもないですがね……さて、と……」

 玉宮はまだたくさん残っていたイルカたちの姿をしばらく眺めた後、紙皿を傾け、もう片方

の手の平にイルカとサメたちを全て集めた後……それを一気に口の中に入れ、豪快に頬張った

「……賑やかな音がするもんだな」

 俺は玉宮の口の動きを何の気も無しに眺めながらそう言った……それからしばらく経ち……


「それでは、ちょっと校舎の屋上の様子を見て来ます」

 玉宮はそう言うと《流浪》で 大きいかみつき たちがうろついてるであろう学校の屋上へ

向かった……《流浪》の弱点は移動した先が かみつき の群れの中でも、移動した距離が10

メートルなら10秒……2キロメートルなら30分以上は使えなくなる……鶴木のように他の 能

力 を使う事は出来るが……まぁ玉宮ならその辺は上手くやるだろう……そんな事を考えてい

ると、マユの本棚にあった一冊のファイルが不意に目に付き、手に取った……このファイルは

 ステージ1かみつき の時、マユに有明高校の生徒に関する情報を、集められるだけ集めさ

せて作らせた 手製の生徒名簿 で、マユの意識を遮断し職員室に忍び込み、各担任の持って

いる名簿データを保存し持ち帰り、顔写真を印刷しては手作業で貼ったりと色々無茶をしたな

……九日目の日曜は朝からこの学生名簿を作るのに費やし、朧月から通話が来てショッピング

に誘われても、あの頃はまだ、マユが朧月とはどんな交友関係かが判らず、マユの意識を遮断

していたのもあり、不自然な断り方をしてしまったな……その学生名簿は完成し、朝比奈真白

[あさひな ましろ]と朔良望[さくら のぞみ]の存在を比較的早い段階で知る事が出来た

……鹿々身剣也[かがみ けんや]は ゲーム開始前から通学していた 扱い……よって俺の

顔写真も名簿データの中にあった……俺はこのファイルを手作業で作っていた頃を思い出して

は懐かしい気分に浸りながら過ごし、その自慢の学生名簿を本棚に戻し終えると、部屋の扉が

開き、玉宮が部屋の中に入って来てこう報告した……怪我は特に無く、息切れもしていないな


「屋上の赤い渦の中のかみつきたちは、いい間隔で出て来たのもあり全て下に落とせました。

帰りは道中の赤い渦を横目に徒歩で……《流浪》は温存したままなので、すぐ出発できます」

 マユの家は学校まで、そう遠くはないが、さすが玉宮だな……そう感心しながら俺は言った

「では直ちに出発しよう……屋上に赤い渦が更に発生していないか……警戒して行動するぞ」

 《流浪》で屋上に戻ると時刻は22時6分……赤い渦は見当たらず、すぐに玉宮も到着し、そ

の後、鶴木も屋上のど真ん中に移動して来た……赤い渦が追加で発生していなくてよかったな

「しかしだ今宵の 赤い月 は真上から見下ろすが如く……その存在感を主張してくれるな」

「 赤い月 も更に大きくなりましたねー……」

 鶴木の発言に続き、玉宮が顔を上げると、そう呟き……少しの間を挟み、再び玉宮が言った

「最終的にどこまで大きくなるのやら……この膨張が止まった時こそ注意を払いたいですが」

「膨らむだけ膨らんだ後、一気に爆発……その大量の破片が辺りに降り注いだりするかもな」

 俺は冗談でそう言ってみたが……少し目を離していた間に 赤い月 は更に大きくなったな

「待つのだ……この赤の中に金の輝きを放つ煙の群れは……挙句、先程より濃いではないか」

 鶴木から赤い渦発生の報告があり、3人で屋上入口の屋根に《流浪》で移動する事になった

「屋上の中央から少しずれた位置、更に屋上の端、両者の隙間を埋めるように重なり合う形で

3つの赤い渦が発生してますね……赤い渦の煙が屋上の入口にも及んでいる状況ですか……」

 玉宮がそう言った……屋上に3人集合した矢先、赤い渦まで3つ集合してしまった格好だな


「お前たちの教室の廊下前まで移動するか……赤い渦が発生している可能性もあるがな……」

 俺はそう提案した。この場に留まるよりはいいだろう……《流浪》はすぐに使用可能になり

3人で教室前まで移動し、教室と廊下の周辺を見渡した結果……赤い渦の姿は見当たらなった

「他の教室や廊下の窓から、学校周囲の様子を見て来ますね」

 やがて玉宮がそう言った後、《流浪》で教室から姿を消し……戻って来た頃にはこう言った

「学校の外は赤い渦がどんどん発生したのか、かみつきの数が 大きいかみつき だけですぐ

に12匹見付かりました……どこに降りても、かみつきがすぐに襲い掛かって来る状況ですね」

「今までが大人し過ぎたのであろう……だが、実に目に余る反動だ……どうしたものか……」

 玉宮がこの学校周辺の状況を報告した後、鶴木がそう言った……では場所を変えるとしよう

「玉宮。大きなパチンコ店から道路を挟んだ所にあるマンションの建築予定地と、その更に向

かいにある、体育館くらいの大きさの町工場のある場所……と言えば、どこだか分かるか?」

「なるほど……あの周辺なら広い場所も多かったですね……一旦、そこで過ごしてみますか」

 俺の提案に対し、玉宮は即座にそう答えた。怪訝な表情をしている鶴木には……こう言うか

「零時過ぎに連絡の余裕があるといいな鶴木……では玉宮、あの立て看板周辺に移動するぞ」

 このまま学校に留っても他の 参加者 と遭遇する見込みは無い……では《流浪》の発動だ

「時刻は22時26分ですね。まずは隣の建物に入り、窓から工場の屋根に飛び移りますか……」

 俺と玉宮は《流浪》を別々に発動したが、目的地に到着したのはほぼ同時で、玉宮はすぐに


そう発言した……工場の隣の建物は入口が開け放たれ、中で階段を見付けると工場の屋根に飛

び移れる高さまで登り、俺と玉宮は問題なく工場の屋根まで飛び移り……やがて玉宮が言った

「工場の屋根で身構えてたら……気付けば22時47分。未だに赤い渦が出ないのは意外ですね」

「さっきは赤い渦の発生が激しかったが……場所が 有明学校 だったのが原因かもな……」

 玉宮が現在時刻を報告し、俺はそう続けた……そもそも 有明高校の生徒達の中に紛れ込ん

でいる参加者を探し出し殺し合いをする のがゲームの目的だ……このゲームにとって 有明

高校は特別な場所 ……鶴木が言ったように 赤い月 は校舎の真上に出現しているのかもな

「今回のステージは 学生同士の戦い を重視してますよね……例えば、この 制服 ……」

「この制服を着ていれば、本当は重くてかさ張る防弾ベストを下に着ても、《流浪》の際、重

量の対象にならない上に、3キロはある重さを感じず身軽に動ける……露骨な優遇処理だな」

 玉宮に続き俺はそう言った……屋敷で朧月が風呂上がりに着替えたのが 血に濡れた制服 

だったように、 普通の有明高校の生徒たち にも常に制服を着るよう 介入 し、普段着が

制服ではない時点で 参加者 だと特定されてしまうのが、今回の ステージ3あかつき だ

「制服のスカーフと学ランのボタンは白ですが、青白い月のような輝きをぼんやりと放ってて

服自体の色も、まるで夕焼けを見ているような茜色で……これは、マスターが用意した……」

「このステージの為に用意した 戦闘服 ……もしくは 舞台衣装 と言ったところか……」

 玉宮に続き俺は言った……制服を着ない 参加者 に事実上のペナルティー……有明高校上


空に出現していると思われる 赤い月 …… 有明高校で何かが起こる とみて間違いないな

「時刻は23時4分。とうとう赤い渦が発生ですか……この建物の高さでは、気付かれますね」

「遠くだが更にもう1つ発生か……2つの赤い渦から離れた場所に移動するのは決まったが」

 玉宮が現在時刻を報告した直後、赤い渦が工場の足元に発生し、立て看板付近の道路を塞ぐ

位置取りでもう1つ発生した……俺が発言したのはその後だが……《流浪》はもう使用可能だ

「あそこの信号はどうでしょう? 赤い渦から遠く広い場所も続きますし、手頃な距離です」

「《流浪》なら、およそ……5分程度で再使用可能になる距離だな。では、向かうとしよう」

 玉宮の提案に対し俺はそう答えた。《流浪》の移動距離の判定は直線だ……高さのある場所

から地面へ移動すれば、その直線は傾斜を持つ……さて俺も玉宮も《流浪》での移動を終えた

「周囲に赤い渦は……ありませんね。では赤い渦が発生するまで、この場に……今のは!?」

 玉宮が突然叫んだが無理もない……今まで赤く染まっていた景色が 青く暗転 したからな

……そして俺の目の前に現れたのは……真っ赤ではあるが、その色合いに不気味な青みも感じ

る あかつきに似た球状の物体 ……空にではなく 目の前の空間 に浮かび……その姿はぼ

やけ、 実体が無い ように思え……俺の身長より低い高さだなと眺める中……玉宮が言った

「昨日まで夜空に出現した あかつき が目の前に……? さて、この あかつき は……」

 玉宮は目の前の あかつき に向かって手を伸ばし、やがて乱雑に手を揺らした後、言った

「触る事は出来ませんね……かき回しても水面に浮かぶ月のように乱れるわけでもない……」


 手の平で火傷する熱さは無いと確認した上で手を突っ込んではいたが……大胆だな玉宮……

「手も素通りだったな…… 実体化が不完全 のようでもあるが……玉宮、手は大丈夫か?」

「それが何の感触も無くて……こうやっても何も無い空間で手を動かしてるのと一緒ですね」

 俺の質問に玉宮はそう答え あかつき の中に突っ込んだ手を適当に揺らしたが…… あか

つき の姿は微動だにしない……俺と玉宮は離れた所からこの 幻影 を観察する事になった

「目の前に新しく あかつきの幻影 が出たな……ちょっと走ってみるか、玉宮」

「では、あたしは少し遠くの方で待ってますね」

 そう言うと玉宮は30秒足らずで《流浪》が使用出来そうな距離を移動し、俺は玉宮に向かっ

て走り出した……さて、 あかつきの幻影 は…… 俺と玉宮の位置を知っている かのよう

に その時点で俺がいる場所の周辺 に何体か現われた…… 危害を加えては来ない 様子だ

「完全に…… 鹿々身さんの位置情報を元に出現 してますね……高さにもバラツキが……」

「警戒しておこう……現在時刻は23時20分か……上空からの赤い光にも変化が起きているな」

 玉宮の発言に対し俺は言った……昨日までは昼間のように明るかった赤い光が今日の18時頃

は少々頼り無い程度の明るさまで下がり、21時頃になり一気に明るくなった……今もその昼間

のような明るさだが、切れかけた電灯が消えては点くように、さっきから何度も暗くなってい

る……それも、見渡す限りが真っ赤に染まった風景から、夜本来の暗さに青みを加えたような

風景に一変し、酷い時には何度も点滅する……そんな落ち着かない状況の中、玉宮の口が開く


「 黒い光 とでも呼びますか…… あかつきの幻影 が現れたのと関係が……暗くなった時

は幻影の赤さが際立ちますね……しかし零時には一体、どのような情報が発表されるのやら」

  参加者 たちには 常に取得できる情報 というのがあり、例えば今なら 日曜日 とい

う情報……《流浪》が使用不能の際は残り時間も常に取得出来る……ゲームで例えるなら メ

ニュー画面 に当たり、必要な時にステータス情報が表示される感じだ……ここで俺は言った

「こうして立ち止まっているよりも、移動を続けた方が他の 参加者 に遭遇する可能性は上

がる……この先、単独で白いかみつきに追われている人物に遭遇すれば話は早いんだが……」

「朝比奈さんとさくちゃん……今頃どうしてるのかなー……通信機器の情報も登録してないし

……少なくともどちらかが 参加者 で…… 2人とも参加者 の可能性もありますし……」

 ここで玉宮が朝比奈真白[あさひな ましろ]と朔良望[さくら のぞみ]の2人に触れた

「 参加者の居場所 が知られると、どうなるかは……今朝、俺が鶴木にやった通りだがな」

 俺はそう言った……鶴木のように動き過ぎるのも問題だが、動きを見せないのは厄介だ……

「例の 幻影 が浮かんでいるか……赤い渦のように好き勝手な場所にも発生するようだな」

 まるで 追い掛けて来る かのように出現する、例の 幻影 の方を観察しながら、俺はそ

う言った。赤い渦の発生にも警戒を強め、俺と玉宮は歩き続け、しばらく時間が経った頃……

「時刻は23時41分……ある程度大きくなってますが……激しいですね」

 目の前と後ろに発生した赤い渦を見ながら玉宮が言った……外周部分同士がもう少し近けれ


ば重なりそうな位置関係で、俺と玉宮は赤い煙の柵に挟まれたような状況だ……発生した2つ

の赤い渦は黒い光が来た際、赤い煙の中の金色の輝きが青い闇の中に何度も現われていた……

18時頃の赤い渦は昨日までの自動車程度の大きさのかみつきが出るには少々窮屈そうな規模だ

った……それがドーナツの穴の大きさになる規模になったのが21時を少し過ぎた頃……その赤

い渦が今…… 更に規模を拡大した ……スイカの皮一枚分の厚さの広がりと言えばよさそう

だが、今までの赤い渦は、地面に赤い色の水溜りが湧き、そこから赤く厚い煙が立ち込め……

赤い渦の内側にいれば霧の中に入ったような光景だが……この赤い渦は、渦の底で爆発でも起

きているかのように煙の動きが激しく、赤い煙の中の金色の輝きはより力強いものとなり、音

が聞こえて来そうな勢いで渦巻いている……中から出て来るかみつきの量も増えていそうだな

「とても観察出来る状況では無いですが……この先にはガソリンスタンドがありましたよね」

「幅広い道路を挟んだ向こう側に、四角い一軒家もあったな……よし、その家に移動するか」

 玉宮に続き俺が提案すると《流浪》を発動し、俺も玉宮もその四角い一軒家の玄関前に移動

していて、窓も割れていたので中に入り、電気が点く事を確認した後、《流浪》の再使用が可

能になるまで過ごし、その家を後にした……その間も あかつき は出現していた……家の中

と外に複数現われ 参加者の位置 を基準に出現位置を決定しているとみて間違いないな……

「現在時刻は23時58分か……問題の情報が公開された時が零時だ……秒読みの必要は無いな」

 俺はそう言った……この辺りは広い場所が多く、建物同士の間隔も大きい……《流浪》で逃


げ回るには格好の場所、俺と玉宮なら早い段階でこの一帯を踏破済みだ……見逃すわけがない

「空に浮かぶ 赤い月 の放つ光が…… 滑らかになった と言うのはおかしいでしょうか」

「緩やかに赤い光を失い、青い闇になった後、また明るくなる……この方がまだ落ち着くな」

 零時になり俺は問題の情報を確認したが、赤い光の方にも変化があり、それを玉宮が報告し

俺も続けて発言した……相変わらず明るさの周期はいい加減だが、急に真っ暗になっては明る

くなるより格段にいい……何かの リズムを刻んでいる ような印象を受けなくもないが……

「さっきまで 幻影 として現われていた あかつき が後ろに発生したか……だがこれは」

「 このあかつきには実体があり ますね……そしてその足元にあるのは……赤い渦ですか」

 俺に続き玉宮が目の前に現われた あかつき を見てそう言った……この赤い渦は小さいな

「では、この あかつき の様子を見ながら……今後の方針を決めましょうか、鹿々身さん」

 玉宮がそう言った。零時になり 問題の情報 も遂に公開された……その内容は次の通りだ

「 まがつき は有明高校上空に18時から出現する。 まがつき は2時に地表に到達する 

 まがつき は常に参加者の位置を知っている。 まがつき は6時の 朝日 を浴びるまで

止まる事は無い。 まがつき こそ、このゲームの 最終兵器 である」

 俺は短い時間だが上空の 赤い月 をしっかりとこの目で捉えていた。 ステージ1かみつ

き 最終日は、かみつきが大量に発生し、屋内で過ごせば安全だった…… ステージ2はねつ

き 最終日前日は、 はねつきのボス が現われた……そして ステージ3あかつき の最終


日である今日……予想はしていたが既に 有明高校上空 に出現済みで2時に到達……見る度

に大きくなっていたのは 地表に接近 していたからだ……そう、 この赤い月 こそが……

「 まがつき ……か」

 俺は心の中でそう呟き、すぐに目の前の あかつき とその下に発生した赤い渦の方へ目を

向けた……先程の大規模な赤い渦の煙の高さは柵くらいなのに対し、この赤い渦は小規模で、

湯気が少し出ている程度の高さ……この規模の赤い渦なら 大きいかみつき は出て来ないな

「この赤い渦は18時頃の小さな赤い渦と同じ規模……中に普通のかみつきしかいないなら観察

を続けながら今後の事を考える余裕もある……さて、 あかつき の光が一気に弱まったぞ」

 俺がそう言うと、 あかつき はその赤い光を失い、その白い表面を晒したかと思うと地面

に落下し、骨のような質感の表面にヒビが走り、その隙間から黒い液体が流れ出して来た……

「よく見ると鮮やかな青い光沢のある液体ですね……さて中から 何か が出て来ましたね」

 まだ赤い渦の中から、かみつきが出て来ない中、玉宮がそう報告した。 あかつき の外殻

を破り、その身体を脈打たせながら浮き上がって来た物体の色は あかつき のように真っ赤

で不気味な青さを少し帯びた色だが岩肌のような質感で、より鮮烈な赤に見える……そして黒

い液体は青い光沢が目立ち、 血液 と呼ぶには粘性が高く、 あかつき の身体から青黒い

塊が大きく千切れるように剥がれ落ちる光景は固形物を見ている気分だ……ここで俺は言った

「 赤い岩石 とでも呼んでおくか? 元の高さまで浮き上がり、形が変わり始めたな……」


「これは変形と言うより……トゲのような形の物が迫り出し……あ、今1本発射しましたね」

 玉宮が言った通り、 赤い岩石 は自身と同じ色の 半透明の水晶のような質感のトゲ を

射出したが……発射前より身体が縮まり、続けて1本放った後、あと1本分程度の体積になり

残る身体全てが3本目のトゲに変化し 参加者である俺 目掛けて突き進む中、玉宮が言った

「 赤い岩石 は丁度トゲを3本撃てる体積で、その3本目を撃つと事実上消滅しますね……

そして足元に出現した赤い渦が取り残される……3本目は明らかに鹿々身さんを狙ってます」

 俺は3本目のトゲを問題なくかわし、トゲは地面に突き刺さったが…… 赤い岩石 は後ろ

にもう1体いて、同様に発射された3本目のトゲは玉宮を狙ったが問題なく回避され……さっ

きのトゲのすぐ傍に突き刺さった……どうやら 3本目のトゲは必ず参加者を狙う ようだな

……赤い渦が2ヶ所に残ったままだが、まだかみつきは出て来ない……ここで玉宮が発言した

「1本目と2本目のトゲはどこも狙わずに発射されましたが……3本目は鹿々身さんとあたし

……つまり 参加者 を狙い……地面に刺さったらすぐに溶けて蒸発……これは面倒ですね」

 こうしている間にも、 あかつき が現われ、赤い渦を発生させた後、地面に落下し、心臓

のように脈打つ 赤い岩石 が中から浮き出てトゲを発射して来る危険性が常にあり、しかも

 3本目は必ず参加者を狙う ……23時以降に現われた あかつきの幻影 は外は勿論、四角

い一軒家の中にいた時も、俺と玉宮の位置を元に出現していた…… まがつきは常に参加者の

位置を知っている 事を考えれば当然だが、背後に あかつき が発生し 赤い岩石 となり


 参加者 を狙うトゲが常に飛んで来る状況という意味だ……しかも対象に刺さった直後、溶

けるように蒸発し、傷口が開きっ放しになる……加えて あかつきの幻影 は赤い渦のように

 参加者の位置に関係なく出現する場合 もあった……もう屋外も屋内も安全では無い。防弾

ベストはあるがトゲの両端は鋭く、アスファルトの地面に黙って半分は突き刺さる威力だ……

事前に気付けば問題なく反応出来る速度ではあるが……気付くのが遅ければ、その余裕も無く

なる。今後は周りが障害物だらけの場所で行動したいな……そう考えながら、俺はこう言った

「見通しがよく障害物が豊富な場所を探す事になりそうだな……お前との共同戦線も継続だ」

 俺が玉宮にそう伝えていると……少し遠くの方か? かみつきの不気味な唸り声が聞こえた

「これは、かみつきに痛みを与えた際の唸り声ですね……どうしますか?」

「近くに 参加者 がいる事も考えられる……行ってみるか」

 玉宮に続き俺はそう言った……かみつきは痛みを与えると、唸り声を上げながら怯む性質が

あり、徘徊の最中に唸り声を上げる事もあるが、今みたいに悲鳴とも思える不気味な唸り声を

上げるのは 外部から攻撃を受けた場合 だ。俺と玉宮は現場に駆け付け、まず玉宮が言った

「かみつきが お食事中 のようですね……傍に落ちているのは……通信機器でしょうか?」

 そう言いながら玉宮は通信機器の場所まで近付いて行った……かみつきの口からは人間の脚

が少しはみ出し、その人物の骨が砕け血肉が混ざり合う音が、かみつきの口の中から響き渡る

……食事中のかみつきは傍に生物がいても襲って来ない……そしてよく噛んで食べる為、周囲


の状況を確認する余裕もある……玉宮が通信機器を拾い上げ、俺もかみつきの様子を警戒しな

がら、その通信機器を覗き込んだが……思わず玉宮の手からそれを奪い取り、声を張り上げた

「この通信機器は……マユのと同じだ!! そして、この通信機器の 今の持ち主 は……」

 俺がそう叫んだ途端、玉宮は傍にあった血溜まりの中から、何かを拾い上げ……こう呟いた

「鹿々身さん……さっきの四角い一軒家の部屋に行きませんか? きちんと確かめたいです」

 玉宮の口調は最初こそ震えていたが、すぐに淡々とした口調になり、俺も即座に返事をした

「あぁ……」

 四角い一軒家を出てから、大して時間は経っていない……俺と玉宮は《流浪》で部屋まで移

動し電気を点けた……机の上に通信機器と玉宮の拾い上げたものが並べられる……俺が改めて

マユの通信機器である事を確認していると、玉宮は拾い上げたものを眺め、静かに口を開いた

「長い髪の毛が束になって落ちていました……これはかみつきに頭から食べられた際に、頭部

と一緒に切断されたものですね……すっかり血で染まってるので、少し拭ってみましょうか」

 玉宮が髪の束の血を拭い始め、その髪が本来の輝きを少し取り戻した頃……俺も口を開いた

「実に 見事な金髪 だな……クセが強いのか、 ゆるやかな巻き毛 になっているぞ……」

 俺も玉宮も傍たから見れば淡々とした口調でそう言った……そんな口調のまま玉宮が言った

「鹿々身さん。昨夜、朧月さんと桂さんの通信機器を……交換したんですよね?」

「そうだ……俺が昨夜から使っているのは…… 朧月の通信機器 だ……」


 そんな会話をしながらも、周囲に あかつき や 赤い岩石 ……心臓のように力強く脈動

している事から 赤い心臓 と呼ぶか……その姿が無いか警戒しながら、俺と玉宮は無言でそ

の場に佇んでいた……未だに 赤いトゲ が飛んで来ないのは アイツ の気遣いだろう……

そして《流浪》が使用可能になった頃、玉宮は《流浪》で移動した……無言の行動だったが俺

も《流浪》で移動し、すぐに玉宮を見付けた……目の前にいるのは、 さっきお食事中だった

かみつき だ……かみつきは周りに参加者がいない時、ゆっくりと辺りをうろつく……まだこ

こに留まっていると思ったよ……玉宮が このかみつき に向かって口を開き、淡々と喋った

「そういえば……あなたって味覚はあるんですか? それとも、 目の前に生物がいたら捕食

する と言う性質に従っているだけでしょうか? いずれにせよ、やってくれましたね……」

 ……俺は特に何も言わなかった。言う気など起きない、くれてやる言葉など無い……そんな

中、玉宮は所々に憤りの感情が見え隠れする口調で、目の前のかみつきに言葉をぶつけていた

「味覚が無いのなら、どんな気分ですか? と聞いてみたいですね……そして、もしも……」

 ここで玉宮は一旦、言葉を止めた……辺りは相変わらず赤と青の明滅を繰り返している……

「あなたに……味覚というものが、あるのなら……」

 再び玉宮が言葉を発した途端、 まがつき の放つ光の周期が激しくなり、かみつきと玉宮

が向き合う中、赤と青の明滅が何度も繰り返され、やがて緩やかに暗い青となり、赤い光の明

るさが最大を迎えるその瞬間、玉宮は怒りを滲ませた声でかみつきに……こう言い放っていた



「美味しかったですか? 朧月さんのお肉は……どうなんですか? そこの、かみつきさん」


 そう……さっき、かみつきが食らっていたのは、朧月瑠鳴[おぼろづき るな]だ……何と

か生き延びて欲しかった……今もどこかで元気に過ごしている…… ゲームが終わるまで そ

う思っていたかった……そんな甘い考えを噛み尽くしたヤツが今、俺と玉宮の目の前にいる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ