8.四年前と同じように
四年ぶりに会うユリハ会長は、少しも変わっていなかった。髪型も、背丈も、無表情も、なにもかも四年前のまま。服装が制服だったら、四年が経過していることを忘れてしまうところだった。
俺を見つけるとユリハ会長の目は一段大きく見開かれた。どうやらすぐに俺だと気がついてくれたらしい。ものすごい勢いで駆け寄ってくる。ユリハ会長は、俺の服の袖を掴むとそのまま一度カフェスペースに引っ張り出した。
「遅い。何してたの?」
四年ぶりの再開とは思えない言葉だった。昨日かわした約束に遅れてきたのを咎めるような言葉。
ユリハ会長は、俺が曖昧に残した約束をしっかり理解してくれている。そして、その約束を必ず果たすと信じてくれていた。それがとても嬉しかった。
「いろいろありまして……」
「まぁ、いい。植村はそういうやつ。とにかく、ぐずぐずしてたらライブが終わっちゃう。すぐに準備」
俺が言い訳を並べようとするのを遮るようにユリハ会長は俺の手を引いて、再度ライブハウスの中に入る。そのまま人混みをかき分けるようにして、入ってきたところとは別の扉を開けた。
そこは楽屋と舞台袖に続く扉になっていた。楽屋に入ると懐かしいギターケースが置いてあった。ケイガのギターケースだ。
「ほら、早く準備。ライブ終わっちゃう」
懐かしさに思いを馳せる暇もなく、せっつかれる。
聞こえてくる曲は『Four Years Later』だ。四年前のセットリストと同じなら、最後の曲。その最後の曲ももう終盤にさしかかっている。
「本当だ。もう終わっちゃいますね」
「何のんきなこと言ってる。間に合わない」
珍しく慌てた様子のユリハ会長が少し微笑ましい。こんな姿は、四年前もあまり見たことがない。
「とりあえず、この曲が終わるまで待ってますよ」
俺がそう言うとユリハ会長は、俺を見つけたときよりもさらに倍くらい目を大きく見開いた。何も言葉にできないのか、口をわずかにパクパクと開けたり閉じたりしている。
「もう、ここまで遅れちゃったなら最後の最後に登場するしかないと思います。それで、アンコールをやりましょう。四年前コールがあったのにできなかったアンコールをやるんです」
ライブの音は楽屋までしっかりと聞こえてくる。少しこもった音だけど、それでもみんな四年前よりも断然上手くなっているのが分かる。
俺が作ったはずの『Four Years Later』はみんなの手によって、俺一人では決してたどり着くことができない高みに到達している。俺が産み出した曲なのに俺の知らない曲みたいだ。みんなに大事に育てられてきたのだ。
『また必ず会えると信じて、俺は今日この歌を歌う。
一年経っても、二年経っても、戻らないかもしれない。
けれど、俺のことを信じてくれ。
必ず戻るから。
三年経つ頃には諦めてるかもしれない。
けれど、俺のことを信じてくれ。
必ず戻るから。
四年後。ともに祭を楽しんだあの日。
四年後。ともに祭を楽しんだこの街。
必ず戻ると約束するよ。
また必ず会えると信じて、お前は今日この歌を歌っていてくれ』
四年前に書いた歌詞がケイガの歌声に乗って、三人の演奏とともに俺に降りかかる。俺がみんなに宛てた歌詞なのに、まるで過去の俺からの手紙のように俺の耳に、胸に、心に容赦なくまっすぐに届く。
気がつくと泣いていた。嬉しいのか、悲しいのか、悔しいのか、どんな感情なのかも分からない。ただ、涙を止めることができなかった。
「植村。泣いてる?」
そう言うユリハ会長も泣いていた。
「少しだけ、泣かせてください。みんなに会う時までには引っ込めますから」
ユリハ会長は、うなずいてそれに応える。そして「私も努力する」と言った。
「植村がいなくなっても、私たちは活動を続けた。みんなショックを受けていたし、一度解散しようという話にもなった」
突然ユリハ会長が話し始めた。その目にはまだ涙が浮かんでいる。
「だけど、そうしなかった。リサ会長の説得もあった。それに何より、みんな植村を信じていた。もちろん私も。だから今日、ここに植村が来ることを誰も疑っていない。今、この瞬間もみんなきっと信じてる。もしかしたら、私が会場から消えたからみんな気がついているかもしれない」
ユリハ会長の言葉を黙って聞く。なんとなく話はそれだけじゃないのだろうと思う。
「私が卒業した後のロミ研は名目上、植村が会長になった。学校側からはまずまずの反対が出たらしいけど、リサ会長や私も含めてみんなで嘆願してなんとかそのままにしてもらえた」
ユリハ会長は、そこで一度呼吸を整える。ここからが本題だとその雰囲気が物語っている。
「ロミ研の会長には不思議な力が宿る。植村はそのことを知っていた。だから会長にしてくれと言った。違う?」
予想はしていたことだった。ユリハ会長も元ロミ研の会長だ。知ってても何も不思議ではない。ただ、俺は知ってこそいるが本当に信じているわけではなかった。ただの迷信だろうと思っている。けれど、ユリハ会長の目は真剣そのものだ。いつかのリサさんのように。
「知ってたといえば知っていました。リサさんから聞かされていましたから」
「それじゃあ、植村はその不思議な力で何か叶えたい願い、叶えたい思いがあった。そういうこと?」
「それはそうですけど、そのおかげでその願いが叶ったのかはわかりません。そもそも叶ったのかも分かりません。でも、どんなに小さなことでも縋りたいほど叶えたい願いがあったことは事実です」
「そう。……それならいい」
ユリハ会長はそこで話すのをやめた。それ以上、何かを追求してくる気配もない。ユリハ会長なりに知りたい答えは知ることができたということなのかもしれない。
お互いに言葉を発することなく静かな時間が流れる。余韻に浸る間もなく、すぐにそれまで聞こえていた演奏がやみ、大きな歓声が聞こえてきた。どうやらライブが終わったようだ。
俺は、ギグケースからギターを取り出して、チューニングを始める。ひととおりチューニングを終えるとギターをスタンドに立てかけた。
ちょうどそのとき、楽屋のドアが勢いよく開いた。
ケイガ、ナナカ、それからエリが駆け込んでくる。ユリハ会長が言っていたとおり、みんな気がついていたようだ。俺の涙はどうにか引っ込んでいて、ひとまず安心する。
「おい!! 来てんならステージにさっさと上がってこいよ!!」
真っ先にそう言ったのはケイガだった。懐かしさを感じることもないくらい四年前のままだ。ユリハ会長と同じ反応。昨日別れて、今日また会ったような感覚。
「本当だよ。三人でライブやんの大変なんだから」
ナナカがケイガに続く。その隣でエリは首を縦にブンブン振っていた。これまた四年前に飽きるほど観た光景。
「悪い。いろいろあってさ。遅れちった」
俺も四年前と同じように返す。不思議と意識することなくそうできた。
「ったくよ〜。ライブ、もう終わっちまったぞ。どうすんだよ」
慌てた様子も怒った様子もない。口ではそう言いながら、どうするかは分かっているのだろう。
会場からは、四年前と同じように「アンコール」と叫ぶ声が聞こえていた。
第九章最後まで読んでくださりありがとうございます。この作品も残すところあと第十章のみとなります。
とは言っても、第十章は二話しかなく実質エピローグのような章になっているのでこの第九章が最終章のような位置付けになるのかなと思っています。
物語はあと少しだけ続きます。最後までお付き合いいただけますと幸いです。




