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『ロックミュージック研究会』  作者: たうゆの
6曲目 I'd Do Anything
58/87

8.再始動

 それまでのざわざわといった声が止み、一瞬の静寂の後ひときわ大きな歓声とともに現れたのは、数か月前に地元の小さなライブハウスで見たバンド、『Pinky & Brack』だった。その中心にはわたしたちロミ研の先輩、リサさんがいた。前に見た時より伸びた髪を後ろで束ねて、ポニーテールにしていた。


「みんなお待たせぇぇぇーー!!ピンブラ、行きますっ!!」


 ライブハウスの時と変わらない様子で叫ぶリサさんに続いて、間髪入れずにドラムのカウントが鳴る。小さなライブハウスでも夏フェスのステージでも変わらないリサさんの振舞いはやっぱりカッコよかった。


 一曲目から激しめの曲を選曲したのは、きっと自分たち自身を勇気づけるためだろう。わたしがこんなステージでライブをするなら、きっとオープニング曲はオーディエンスの人気など関係なく一番自分たちがノれる曲を演る。……なんて非現実的な妄想と分析は、あっという間に圧倒的な音楽にかき消された。


 きっと、ピンブラを初めて観る人もたくさんいるだろう。

 演奏が始まる前はいくらかあった空間が、いつの間にか身動きが取れないほどに埋め尽くされていた。夏フェスではたまに見られる現象だ。オーディエンスがバンドを認めた瞬間。

 知らない曲でもいい曲ならノれる。踊れる。そんな音楽好きな人たちが集まっているのが夏フェスだ。その夏フェスにピンブラは一曲目から認められた。

 きっとこのフェスをきっかけに全国区のバンドになっていくのだろう。そう思わせるには十分だ。その実力が確かにあると思うし、リサさんには不思議なカリスマ性がある。


 ふと周りに目をやるとロミ研メンバーは散り散りになっていた。だけど、ライブハウスの時みたいな怯えた様子は誰からも感じられなかった。

 わたしは、自然とナナカを目で追いかける。ナナカは曲の激しさに負けないくらい激しいモッシュの波に飲まれては消え、また現れては消えるを繰り返していた。乗り気じゃないとばかり思っていたけど、そんなことはなさそうだ。一瞬見えた表情は、キラキラと輝いていた。

 やっぱりナナカも音楽が好きなんだと再確認する。

 すごく安心できた。本当は今すぐにでもナナカの側に行って、抱きついて色々話をしたかったが、人の壁とピンブラの音楽がそれを許してくれそうになかった。それならば、わたしもこの瞬間を全力で楽しもう。そうじゃなきゃ勿体無い。


 ピンブラの二曲目も以前のライブハウスではやらなかった知らない曲だった。

 ジャズ風味ではあるが、bpmは速い。ドラムはテクニカルで手数が多く、自然と身体を動かしたくなるような、初めて感じるビートだった。時折、聴き取れる歌詞はピンブラにしては珍しくガーリーな歌詞に聴こえた。一部分だけでも恋する女の子を歌った歌詞だと分かる。

 ピンブラの歌詞は、リサさんが書いているらしいが、一人称は『ぼく』であることが多い。

「恋愛を歌った曲はほとんどない」とユリハ会長が言っていた。この曲は、そのほんの少しあるうちの一つなのかもしれない。正直な感想としては、歌詞はイマイチだ。だけど、それを補って余りあるメロディとリズムの斬新さがあった。


 一曲目の荒れ狂うような人の波は少し落ち着いていた。たけど、決して二曲目がダメなわけではない。曲調のせいかみんなどうノっていいのか分からないのかもしれない。不思議なリズムの曲だった。

 気がつくといつの間にそこにいたのか、わたしのすぐ前にナナカがいた。ナナカは身体を左右に揺らしながら、頭はヘッドバンキングに近いくらい激しく揺らしていた。このチグハグさがこの曲のリズムの面白さを物語っている。周りも同じような動きをしていたし、きっとわたしもはたから見ればさほど変わらない動きをしているのだろう。


 肩を叩くとナナカはキョロキョロと左右を見渡した。わたしがもう一度、今度は「ナナカ」と耳元で声をかけながら肩を叩くとようやく後ろのわたしに気がついた。


「どうしたの?」


 ナナカの大声は、微かに聴き取れる程度だ。


「この曲、すごく不思議な感じがするね。カッコいい!!」


 わたしもナナカに負けじと大声を張り上げる。しっかり伝わったのかは分からないが、ナナカは頷いた。

 ふいに曲が終わる。終わり方も独特で予想外のタイミングだった。


「改めまして、ピンブラでぇぇぇす!イェェェェイ!!」


 リサさんの声に合わせて、オーディエンスが反応する。登場した時よりも何倍も大きな反応があった。センターに立つリサさんは満足そうに大きく頷くと言った。


「今日は、こんな大きなステージに立ててホントに嬉しいです!!次いつこんな大きなステージでやれるか分からないからね」


 普通に聞けば「こんなチャンスいつ来るか分からない」という謙遜に聞こえるが、リサさんの微かな表情や声のトーン、他のメンバーの表情からそれだけじゃないような気がした。もっと深刻な何かがある。勝手にそう思った。

 そんな微かな違和感を覚えたのはわたしだけではないようだ。多くのオーディエンスがどのようなリアクションを取っていいか分からず、どよめいていた。


「あははは。ごめん、ごめん!わたしたち、今年を区切りに一回活動を休むことにしたの。急に変なこと言ってごめん!今年いっぱいは全力でやるから、よかったらライブハウスにも遊びに来てねっ!!じゃあ、次の曲行きます!」


 そう言って、有無を言わさず曲に入った。

 突然の発表に驚いたのはわたしたちのように元からピンブラを知っている人だけで、この日初めてピンブラを知った人たちはそんな発表お構いなしに一曲目、二曲目と同様に踊り出していた。周りを見る限り、今日ピンブラを知ったという人が多いようだった。


 ピンブラはこの日最後の曲をライブハウスの時と同様、トレウラのカバー『Welcome To Our Festival』で締めた。音楽に晒されると心とは裏腹に身体が動いてしまう。活動休止の発表を聴いてショックを受けても、直後の曲の終盤には身体が勝手に動いていた。

 結局、最後までピンブラの音楽にノリっぱなしだった。


 最後の曲が終わるとピンブラはそそくさと袖に引っ込み、会場にはBGMが流れ出した。

 フェスではトリ以外のライブ終わりはあっけない。オーディエンスも特にアンコールを求めることなく、次のお目当のステージに向かって一斉に動き出す。


 クローバーステージから離れる人の波でなかなか思う通りに動けなかったが、ナナカとはすぐに合流することができた。


「ピンブラ、やっぱりカッコ良かったね」


 ナナカは興奮気味に言う。


「うん、最初スクリーンにピンキーアンドブラックって出た時はびっくりしたけど、いざ出てきたら全然ステージに負けてなかった。やっぱりすごいなぁ〜」


 わたしも負けじと興奮していた。いつもより早口で大声になっているのを自覚する。


「本当。ビックリしたね。結構知らない曲もやってたよね」


「うん。二曲目なんか良い意味で変な曲だった。あんまり聴いたことない感じで、カッコいいんだけど、なんかチグハグな感じもしたし」


「あ、あの曲ね。エリも聴いたことないような曲なら相当だね」


 ナナカは笑いながら言った。心なしか何かが吹っ切れたような顔をしているように見える。わたしは確かめずにはいられなかった。


「ねぇ、ナナカ」


 緊張する。声が震えないように、裏返ったりしないように慎重に声を出す。


「ん?なに?」


 どうやら、うまくいったようでナナカは特に気にすることなくいつも通りに返事をした。


「またみんなでバンドやらない?」


 断られたらと思うと喉がさらに締まるような感覚があった。けれど、感覚とは裏腹にうまく言えたと思う。


「う〜ん、そうだね。悩んでたのがバカみたいなくらいやっぱりあたし、音楽が好きみたい」


 ナナカの満面の笑みを久しぶりに見た。


「エリ、ごめんね。あたし、分からなくなっちゃってた。あたしのせいで文化祭ライブに出られなかったんだって思うとベースに触れなくて……。家で何度も弾こうとしたんだけど、どうしてもできなかった」


 わたしは黙って頷いた。


「本当は今日ここに来る前から心の整理は付いてたんだ。またみんなでバンドやろうって。ケイがさ、教えてくれたよ。エリ、一人でエリカに向かっていったんだって?」


 一瞬ナナカが何のことを言っているのか分からなかったが、すぐに思い出す。記憶にこびりつくほどの出来事だと思っていたが、そうでもなかったことに自分で驚いた。ロミ研で過ごす日々が、それを忘れさせてくれていた。


「エリはさ、きっとエリカとの関係で自分のせいで文化祭ライブに出られなかったんだって思ってたんじゃない?ケイもケイガも理由はそれぞれだけど、みんな自分のせいだって思ってたみたい。ケイに言われたんだ。「結局みんなのせいなら誰か一人が背負い込むことない」って。「エリに至っては背負い込み過ぎて、一人で解決しようとしてたぞ」って。それ聞いたらあたし一人で悲劇のヒロイン気取ってるのが急に恥ずかしくなってさ」


「本当だよ。クソダセェぞ」


 内田くんの声だ。いつの間にか三人ともすぐ近くに集まっていた。


「うるさいな。分かってるよ。だから、ごめんって」


 口調自体は軽いけど、心の底から出た言葉だと思う。内田くんは、親指を突き立てて笑った。


「それじゃあ、ロミ研バンド再始動でいい?」


 ユリハ会長が、改まってナナカに尋ねた。


「もちろんです。みんな、本当にごめん。やるからには来年、必ず文化祭ライブに出ようね!」


 ナナカは深々と頭を下げて謝った。内田くんもユリハ会長もニコニコ笑いながら頷いていた。わたしは嬉しくて仕方がなくって、ナナカに抱きついた。


 だからこの時、植村くんが一人浮かない顔をしていることに気がつかなかった。

第六章も最後までお付き合いいただきありがとうございます。


第六章はSimple PlanのI'd Do Anythingという曲からタイトルを拝借しています。

このI'd Do Anythingですが、「なんでもするよ」と訳せます。

作中では第六章第六話にエリのセリフとして出てきます。

今回はエリの心境の変化と章タイトルをリンクさせてみました。


第六章でエリは一つ山を乗り越えることができました。

他のメンバーもそれぞれ大小の問題を抱えています。

この先どのようにそれを乗り越えて行くのか、見守っていただけますと幸いです。

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