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『ロックミュージック研究会』  作者: たうゆの
5曲目 given up
49/87

8.given up

 月曜日の放課後。あたしたちは、五人で文化祭実行委員会を訪れていた。もちろん、レコーディングした音源を提出するためだ。


 先週の金曜日、あたしたちはなんとかすべりこみでレコーディングを終えていた。土、日でレイカさんがミックスしてくれたものを今朝、登校中に寄り道してエリとニ人で受け取った。

 あたしたち自身はミックス後の音源を聴いていない。どんなものに仕上がったのか楽しみで仕方がなかった。オリジナル曲に対するネガティブな感情は不思議なほどキレイに全て消え去っていた。


 ポジティブな感情しか湧かないのは、レイカさんがミックスしてくれているということはもちろん、あたし自身がやりきったと思えているからだと思う。あたし自身がそう思えていることに加えて、他のみんなのレコーディングを見て、聴いていたから。みんなの気迫だったり思いをしっかりと理解しているいうこともネガティブな感情を排除する理由になっている。

 それくらいあたしたちはあの曲に全力で取り組めていた。


 ただ、ケイの作る歌詞だけはやはりハミングでレコーディングすることになった。それとタイトルもまだ決まっていない。提出までには考えると言っていたからきっともう決めてあるのだろうけど、まだ聞かされていない。


「ギリギリですね。おそらくあなたたちが最後でしょう。では、この音源はたしかに預かりました。来週の月曜日から毎日、午後の文化祭の準備時間に出演希望バンドの音源を校内で放送することになります。そして、体育祭が終わる金曜日の夕方、全校生徒にアンケートを取り、得票数の多かった上位2バンドが文化祭ライブにそれぞれ出演することができます。……あれ?あなたたち、バンド名を記入していませんね。どうしますか?」


「そういえば、俺たちバンド名決めてなかったな。どうする?」


「どうするって言われても……今ここで急に決めるのは難しいよね」


 あたしたちが困惑していると、実行委員長が助け舟を出してくれた。


「今ここで決めなくても、問題ありません。ですが、投票の都合もあるので、できれば早く……少なくとも投票日までには決めておいてください」


 ひとまずは猶予をもらえて安心した。


「君たちが文化祭ライブに出られるとは思えないから無理に決める必要はないと思うぞ」


 離れたところで軽音部部長が薄く笑いながら言った。この人はいつもここにいるのだろうか?などとどうでもいいことを考えてしまう。ケイガは少しイラッときたようで、部長に詰め寄ろうと足を踏み出しかけたが、ユリハ会長に手で制されて思いとどまった。

 ユリハ会長は、部長の言葉が聞こえていなかったかのように丁寧に挨拶をして、あたしたちに部屋から出るように促した。みんな黙ってそれに従う。


 ロミ研に戻る途中、ユリハ会長になぜ軽音部はあんなにロミ研を嫌うのか聞いてみた。答えは、「サッカーとか野球のライバルチームみたいなものだから」だった。どちらにも興味がないあたしにはピンとこなかった。


 実行委員長は文化祭の準備期間から音源を流し始めると言っていたが、提出した翌日のお昼の時間から流れ始めていた。


 それに最初に気がついたのはエリだった。

 いつものように一緒にお昼ご飯を食べていると、急にエリの箸が止まり、キョロキョロと辺りを見回し始めた。どうしたのか尋ねてもしばらくは答えてくれなかったが、落ち着くと放送であたしたちの音源が流れていると教えてくれた。


 流れていたのはオリジナル曲の方だった。

 普段はお昼の校内放送などほとんど意識して聞かないので、気がつかなかった。エリに教えてもらって自分たちの曲だと気がついて、ほどなくするとユリハ会長からロミ研のグループチャットにメッセージが入った。


『校内放送聴いて。オリジナル曲が流れてる』


『わたしも気がつきました。確か来週の月曜日からでしたよね?』


『そのはずだけど、きっと出演希望バンドが出揃ったし、わざわざ1週間開けておく必要もないから予定より早く流し始めたんだと思う』


『なるほど。それなら最初からそう言ってくれれば良いのに。ビックリしました』


『おい、マジかよ。すげーな。改めて聞くと俺たち、曲作ったんだなって感じするな!!』


 エリとユリハ会長のやりとりに割って入ったのはケイガだった。


『うん。他のバンドの曲も聴いたけど、やっぱりあの曲が一番いい』


『グッ』というスタンプと共にユリハ会長が答える。


 他のバンドの曲。

 あたしたちの曲が流れているということは、他のバンドの曲も流れるということか。当たり前のことだけど、なんとも言えないむず痒い気持ちになる。誰にも負けたくないという興奮と他のバンドがもっと良い曲を用意していたらどうしようという不安が入り混じる。


 あたしはそれから一週間、落ち着かないお昼の時間を過ごすことになった。


 週が明けて学校が本格的に不高祭モードになる頃にはチラホラとクラスメイトが曲の感想を言ってくれるようになった。

 普段から比較的仲良くしている子はもちろん、それ以外のほとんど話したこともないような男子まであたしたちの曲を褒めてくれた。多くのクラスメイトが『ロミ研バンド』に投票すると言ってくれた。


『ロミ研バンド』とはあたしたちの仮のバンド名だ。

 曲が流れる前に毎回バンド名と、流れる曲の曲名がアナウンスされていた。

 あたしたちのオリジナル曲は結局『無題』のままアナウンスされていた。ケイはタイトルを決めきることができなかったのだ。


 とにかく、準備期間の中頃には「これは文化祭ライブに出演できるんじゃないか」という薄っすらとした期待を持てるほどに、周りの反応は上々だった。

 同級生の評判は間違いなく良い。ユリハ会長が言うには、ニ年生の評判もかなり良くて、おそらくはトップだろうと言うことだった。

 理由はいくつか考えられると思うが、一番はミックスだろうとユリハ会長は分析していた。ミックスの良し悪しというよりは、ミックスをしっかりやっているバンドがロミ研バンドしかなかった。たしかに他のバンドの曲は、ボーカルが聞き取りにくかったり、ドラムの音が大きすぎたりアンバランスなものが多く、そもそもの話、曲の良し悪しの判断がしにくかった。

 ユリハ会長はそれに加えて「ロミ研バンドは曲も良い」と付け加えることを忘れなかった。


 しかし、準備期間が終盤に差し掛かる頃、女子を中心に「ずっと聴いてたら他のバンドの曲も良いと思ったから、やっぱり他のバンドに投票するかも、ごめんね」という趣旨の声をかけられることが急に増えた。

 みんながみんな直接言ってくれるとは限らない。あたしとエリを焦らせるには十分だった。投票日前日には男子の中からもロミ研バンド以外に投票するという声が聞こえてくるようになった。


 ニ年生の間でも同じようなことが起きてるとユリハ会長が教えてくれた。「きっとみんなミックスの悪さに慣れて曲自体を聴くようになったから、好みの差で割れてきたんだろう」とユリハ会長は言っていた。

 あたしたちロミ研メンバーは、ジェットコースターのように上下する感情と周りの評価にやきもきしながから開票を迎えた。


 結果はあたしたちロミ研バンドは全バンド中、三位。文化祭出演権を獲得することはできなかった。

 一位はエリカのバンドだった。

 あたしたちは正式なバンド名を決めることができずに『ロミ研バンド』として投票を受けたが、軽音部部長の言った通り、バンド名を考える必要がなくなってしまった。


 あたしの中で、諦めの種が静かに芽を出し始めてるのを確かに感じていた。

 第五章、最後までお付き合いいただきありがとうございます。


 第五章は、Linkin Parkのgiven upから拝借しています。そのまま『あきらめた』話になっています。作中ではナナカ視点なのでナナカのあきらめとのリンクですね。


 ここまでで作品は半分が終わったことになると思います。折り返し地点です。長々とした作品にここまでお付き合いいただいている方には本当に感謝しかありません。

 この先もお付き合いいただけますと幸いです。

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