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『ロックミュージック研究会』  作者: たうゆの
4曲目 Ain't it fun
32/87

3.良くない噂話

 俺たちが呆然としていると、場を和ませるようにミズキがおどけて言った。


「あれ?ユキどうしちゃったのかな?最近、練習もハードだし、疲れてるのかも。……とにかくさ、ケイ。みんなに迷惑かけないようにしなよ」


「えっ?あ、あぁ……」


 ミズキのお決まりの挑発にも応じることができなかった。小山が去り際に言った言葉がどうしても引っかかる。小山の言った「あの子達」は俺たち四人を指しているのではないだろう。ナナカとエリの二人を指しているとしか思えない。


「ホントだね〜。ユキちゃん、前に会った時と全然雰囲気違うからビビったよ。それよりさ。ライブだけど、演るってなったら本当に見に来てくれる?俺たち絶対文化祭ライブ出るからさ」


 俺がボーッとしていると、ケイガが大見栄を切っていた。たぶん半分以上は本心だろう。


「文化祭ライブ?そんなのあるんだ」


 ミズキは声の調子こそいつもと変わらないが、視線は小山が去って行ったグラウンドの方に向けられていた。もちろん俺も気になったし、ケイガやナナカたちも気になっていたはずだ。


「うん。絶対に見に行くよ。絶対に!」


 言葉に妙な力がこもっていた。


「そうだ。ねぇ、ケイ。ちょっといい?」


 ミズキはなぜか俺だけを少し離れた場所に連れ出した。ケイガが何か茶化してくるかと思ったが、予想に反して何も言わなかった。


「なんだよ、ミズキ」


 ミズキは、さっきまでのおどけた表情とはうって変わって真剣な顔をしていた。


「うん。あの女の子二人って中学のとき何かあったっけ?同中だよね?」


 質問の真意が読み取れないが、嘘をついても仕方がないので正直に答えることにする。


「どうだったって訊かれても分からないな。クラスも違ったし。ミズキも知っての通り俺はあんまり友達いないし。男子にも知らないやつがたくさんいるのに女子のことなんか知らないよ。正直、一緒にバンド組むまで同中ってことも知らなかったくらいだし。つーか、中学のときがどうかしたのか?」


 ミズキは「そうか」と小さく呟き、俺の質問に答えるかどうか迷っているようだった。


「それがさ、私、今日あの二人に会う前からあの子たちのこと少しだけ知ってたんだよね。もちろん話したりしたことはないけど、噂話でよく名前を聞く子たちだから。ケイくんが聞いたらきっと不快になるような良くない噂話。「桜澤さんが誰かの彼氏を取って、神城さんがその手助けをして、二人をとがめた子と揉めた」とか。ほかにも色々。私は、本当かどうかも分からない話だし、よく知らない子のことを勝手に悪く思いたくないから極力聞かないようにはしているんだけど。火のない所に煙は立たないって感じで、もう女子の間では真実として広まってて結構有名な話になっちゃてるよ」


 にわかには信じがたい噂話だ。信じるには値しない。普段のエリを見ているととてもそんなことをするようには思えない。もちろん知り合って日は浅いし、裏の顔があったりするものだとは思うが、それでも俺にはどうしても信じられなかった。


「エリに限ってそんなことはしないと思うぞ。そういう子じゃないよ。そもそもそんなことできるタイプじゃない。ナナカはもし本当にそういう状況になったとしたら、エリを庇うかもしれないけど。でも、それ以上にエリをたしなめると思う。そういう子だよ。他にどんなことを言われてるか知らないけど、あの二人は悪い子じゃない。誰がそんな噂流してるかしらないけど、俺は信じないし、お前もそんな噂話信じるなよ」


 二人を擁護しているうちにだんだん頭に血がのぼる。ミズキに怒ったって仕方がないのに。でも抑えることができなかった。


「もちろん、鵜呑みになんかしてないよ。でも、何かトラブルを抱えてることだけは確かだと思う。だから気をつけてあげた方がいいと思うよ」


 ミズキはきっと俺のことを思って忠告してくれているのだと思う。それは分かるが、嫌な気分はどうにも変えることができなかった。


 なんとなく気まずい雰囲気のままミズキとは別れ、俺たちはロミ研の部室に向かった。部室に入ると、そこには当たり前のようにユリハ会長がいた。当たり前のようにそこにいられると、今日が日曜日だということを忘れてしまう。


「こんにちは、会長。本当に土日もここにいるんですね」


「当然。ここは誰にも邪魔されずに好きなことができる。来ない理由がない。それよりナナカとエリ。どうかした?」


 会長は一瞥しただけで二人に元気がないと気が付いたようだ。遠慮なく質問する。


「ギターとベース買ったんでしょ?ナナカだけ買えなかった?」


 小山のことがあってから二人は明らかに落ち込んでいた。特にエリの落ち込み具合が顕著だ。


「あ、いえ。ちょっと考え事をしてまして。ベースはお目当てのものが買えましたよ。トレウラの各務ホマレのベースと色違いです。ね?エリ?」


 エリは黙って頷くだけだった。ナナカだって、無理して元気な声を出しているのがバレバレだ。


「それならいいけど。でも、本当に問題ない?」


 ユリハ会長はナナカの言葉を信じていないようだ。真意を図るように、じっとナナカの目を見て言った。

 普段のユリハ会長ならトレウラの話題に食いつかないはずがない。さすがにカワイイ後輩の異変に知らんぷりしてまで「トレウラ!」とはならなかったようだ。


「問題ありませんよ。あははははは」


 ナナカの乾いた笑いが部室に響く。ケイガは珍しく黙ったままだった。


「嘘。内田、植村。何があった?」


 ナナカでは埒が明かないと思ったのか、ユリハ会長は俺たちの顔を交互に見ながら質問をする。ケイガを見ると質問に答える気配がない。俺もどうしたもんかと考えていると、エリが口を開いた。


「ごめんなさい。わたしのせいで……。さっき、ちょっと気になること言われちゃって。わたし……その……嫌われてて。特に遠山さんっていう子とその周りにいる子たちに嫌われてて。だから遠山さんと仲が良い小山さんはあんな風に言ったんだと思うの。みんなとバンドやってると迷惑かけることになるかもしれない。ナナカにはもう、たくさん迷惑かけちゃってるし」


 エリは目に涙をいっぱいに溜めて、声を震わせていた。


「どういうこと?」


 ユリハ会長が躊躇なく訊く。エリはまた黙ってしまった。言いたくないというよりも、どう言えばいいか分からないという反応だ。代わりにナナカが応える。


「それは……あたしたち中学の時に遠山エリカとその友達何人かと揉めたことがあって。それでちょっと気まずいというか」


 ミズキがついさっき話していたことを思い出す。ミズキの予想通り、どうやら中学時代に何か揉め事があったのは確かなようだ。


「余談。端的に言えば、エリはその子たちにいじめられてたんじゃないの?」


 ユリハ会長の口から思いもよらない言葉が飛び出した。どこをどう聞いたらそうなるのか、見当もつかなかった。しかし、ニ人の反応でなんとなくユリハ会長の指摘が図星なんだと分かってしまった。

 エリとナナカが返答に困っていると、ユリハ会長が続けた。


「私も同じような経験があるから分かる。それに揉めたってエリは内田と違って揉め事を起こすようなタイプじゃない」


 ケイガから何かしらの文句が飛ぶかと思ったが、それまで通りおとなしく黙っていた。


「図星?それならあなたたちが謝ることはない。そういう事情で仮に私が何かに巻き込まれても、私は気にしない。内田も植村も気にしない」


 ユリハ会長は確信を持って言う。もちろん俺も気にしない。ケイガだって気にしないはずだ。


「おう。俺は気にしないぜ。お前ら二人がその辺の女子に嫌われたり、いじめられたからなんだっていうんだ?まぁ、いじめは良くねぇから誰かになんかされたんなら俺がなんとかしてやるからすぐ言えよな」


 ケイガはいつもと同じ軽い調子で二人を元気付ける。少し棒読み気味なのが滑稽だが、ケイガなりの気遣いで照れがあるのだろう。

 ユリハ会長もケイガに続く。


「とにかく事情は分かった。無理に辛い話をさせて申し訳ない。もうこれ以上細かいことは言わなくていい。私はあなたたちを気に入っている。あなたたちをいじめた人があなたたちをどう思っているのかは知らないが、あなたたちには私たちが付いてる。それで十分」


「そうだよ。小山のやつ、関わらない方がいいなんて言うから何かと思ったらそういうことだったんだな。エリもナナカも大事なバンドのメンバーだよ。せっかく楽器も買ったんだ。これから文化祭ライブを目指して四人で一緒に頑張ろうぜ」


 俺もしっかり二人を励ます。

 ミズキにはあとでそれとなく言っておこう。もちろん野暮なことは言わない。ミズキは誰に対しても分け隔てなく接することができる。俺はそれをすごく良いことだと思ってる。そんなミズキならバランスは上手に取れるはずだ。

 俺たちの言葉にエリは泣いていた。ナナカも涙目になっていたが、二人とも目に浮かべた涙とは裏腹に表情には明るさを取り戻していた。


「二人ともありがとう。ユリハ会長もありがとうございます。文化祭ライブ、絶対みんなで出ようね」


 エリが力強く言った。ナナカも力強く頷く。


「あぁ。そうそう、文化祭ライブといえば、あなたたち、いつやるのか知ってるの?」


 ユリハ会長が唐突に言った。俺は知らなかった。エリもナナカも顔を見合わせ、首を横に振る。


「なんだよ。お前ら。そんなことも知らずに出るとか言ってたのか?」


 ケイガは偉そうに俺たちを指差して言った。そういえば、ケイガは去年の文化祭ライブを見に来ているのだ。知っていて当然かも知れない。


「六月一週目の土日だぞ」


 文化祭ライブまであと二ヶ月もなかった。

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