表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第六章 打たれ、歪み、熱されて

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/193

薬と冷めたカップ

 夜風にさらされながら、ニアはカジの家の前で足を止めていた。

 あの夢の続きを確かめるように、無意識にここまで来てしまったのだ。


 けれど、その扉の前には、先客がいた。

  小さな影――その姿に、思わず声をかける。

「……こんな時間に、どうしたの?」

 振り向いた少女は、驚いたように目を見開き、すぐに少しだけ笑った。


「ねえちゃんこそ。カジに用か?」

 小さな体にオーバーオール。クロガネと同じ色の髪、どこか似た口ぶり――

 それだけで、ニアには察しがついた。

「クロガネさんの、娘さん?」

 少女はにっこりうなずいてから、家の扉を見上げ、ぽつりとこぼした。


「……カジが、昨日ちょっと、泣きそうな顔してやがって。

だから、父ちゃんになにか言われたんじゃないかって、ちょっと心配で来たんだ」

 ニアは、目を伏せる。その理由が、少しだけわかる気がした。

 娘は続けた。まるで、自分自身に語りかけるように。

「私にとっては、父ちゃんはすごく良い人なんだよ。

母ちゃんが“ダメ”って言うことも、父ちゃんは“いいよ”って、こっそりやらせてくれてた。夜のお菓子とか、寒い日でも外で遊ぶとか、ね」

 けれど、そこから声の調子が少し変わる。

「でも、今思うと、母ちゃんが“ダメ”って言ったのにはちゃんと理由があったんだ。

私、体弱いからさ。甘いもの食べすぎると夜喘息が出たりしてたのに……。

なのに、“母ちゃんなんて嫌い!”って言っちゃって。たくさん泣かせた。

……たぶん、それが原因で、母ちゃん、出てったんだと思う」

 少女は唇を噛みながら、それでも笑おうとした。


「でも、今は母ちゃんと一緒に住んでる。最近やっと、笑ってくれるようになったんだ。

……でも、父ちゃんのこと、ずっと好きなんだ。母ちゃんも、好き。

だからね――“元通り”には、もうなれないんだって、ちゃんとわかってるけど……でも、

それでも、大切なの」


 ニアは黙って彼女を見ていた。

 言葉の端々からにじむ想い――ちいさな子どもが、抱えてしまった大きな傷。その痛みと、強さに、心が震えた。

「……父ちゃんや母ちゃんには話したの?」

 彼の問いに、娘は首を横に振った。

「…ううん。話してない」

 ニアは一瞬考えて、そして優しく笑う。


「親子だからって、なんでも言わなきゃいけないわけじゃないって、僕は思う。でも、伝えたいって思えたときは、伝えてもいいと思う。伝わっても、伝わらなくても……君の父ちゃんも母ちゃんも、ちゃんと“親”だから。君のこと、大事に思ってる」


 少女は照れたように目をそらし、そっと頷いた。



***


 テーブルの上には、娘が残した薬の包みと、冷めたカップ。

 シノがぽつりと口を開いた。


「…あなたのそれは、全部“甘やかし”なの。あの子のためになってない」


 頭を抱えるように、俯くシノに、クロガネはゆっくりと眉をひそめた。

「……お前が厳しすぎるんだ。病気のことばかり言ってたら、あいつ、笑えなくなるだろ」

 その言葉にシノの肩がピクリと揺れた。

「それに……やっと生まれてきた子なんだ。病気なんて気にせず、ほかの子と同じように過ごさせてやりたい」

 手元のコップをいじりながら、彼は続ける。


「いや、むしろ……あいつは、ほかの子とは違う。きっと美人にも育つし、頭もいい。きっと、たくさん才能を持ってる。……親として、逆に忙しくなるかもなあ」


 まるで希望をなぞるように言うその声に、シノは少しだけ目を伏せ、ため息をついた。

 そして、静かに、けれどはっきりと告げる。


「……あなたの劣等感を、アカリに向けないで」


 その一言で、クロガネの中に何かが音を立てて崩れた。頭が、一気に熱くなる。

「なんだと?……そういうお前は、できた母親なのかよ!」

 響く震えた大きな声。

「アカリの病気が悪化したのも、お前のせいじゃないのか!」

 視界が、怒りでにじんだ。

 シノは黙ってこちらを見ている。けれど、その顔はなぜか、よく見えない。


 そして、不意に。

「……父ちゃん? 母ちゃん?」

 静かに開く扉。そこには、あの小さな、かけがえのない娘――アカリの姿があった。

 クロガネは、戸惑いながらも娘を抱き上げる。

「なあ、アカリ。お前は父ちゃんのほうが好きだよな? お菓子食べさせてやったり、遊びにいっぱい連れて行ってるしな?」

 クロガネはアカリを抱き上げ、問いかけた。

「うん! 父ちゃんのが好き! 母ちゃんはなんでも“だめ”って言うもん。母ちゃん、きらい!」

 シノの顔がどうしても見えない。

 いや――違う。見ようと、しなかった。


 その視線の先には、ひび割れたコップが転がっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ