表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第十四章 アシュベル家の館

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

189/193

雪の底で拾われた声

 雪が降っていた。

 白いはずの世界の中で、少女はただ黒い染みのようにうずくまっていた。

 服はボロボロで、裾は裂け、

 頬には殴られた跡が紫色に浮かんでいる。

 凍えた素足が、雪の上でじっとこわばった。

「出てくるなって言ってんだろ!」

「お前らがいるから、作物が育たねぇんだ!」

 村人たちの怒号が飛ぶ。

 でも少女は、何も言い返さない。

 言葉というものは、

 反論すればするほど相手を刺激する、

 この村ではとくにそうだった。

 背後には、家と呼ぶのもためらわれる掘っ立て小屋がある。

 中には、少女と同じように衰弱した子供たちが身を寄せあっていた。

 ——あそこには戻れない。

 戻っても、待っているのは飢えと恐怖だけだ。

 そんな時だった。

 雪の上を踏む、落ち着いた足音が聞こえた。

 外套をまとった若い男が、ゆっくりと歩いてきた。

 村人たちは、その顔を見た瞬間——

 まるで冬の風よりも急に冷えて、息を呑んだ。

「……あ、アシュベル家の……」

 ざざ、と道が開く。

 村人の怒りが、一瞬で恐怖に置き換わる。

 男——アシュベル家の若い当主は、

 村人たちに視線すら向けず、ただ一言だけ落とした。

「……邪魔だ。どけ」

 その声音は、雪と同じ冷たさだった。

 村人たちは一斉に散っていく。

 残されたのは、少女と——当主だけ。

 当主はしばらく、無言で少女を見下ろしていた。

 その瞳には怒りも憐れみもなく、ただ静かな観察だけがあった。

「……立てるか?」

 少女は答えられなかった。

 声を出せば、何かが壊れそうで。

 立とうとすれば、倒れそうで。

「……聞いている」

 その言葉だけが、雪の上に重く落ちた。

 ゆっくりと、少女は顔を上げた。

 当主の目は冷たく、感情がつかめない。

 でも、村人たちの敵意とはまったく違う静かさがあった。

 少女は動けなかった。

 動く力が残っていなかったし、

 動いていいかどうかもわからなかった。

 当主は、わずかに顎を上げて言った。

「……ついてこい」

 それは救いでも、命令でもなかった。

 ただ、抗えない“運命”だけがそこにあった。


***

 食堂を出たあと、兆と光は廊下の奥にある隠し階段を見つけた。

「……下に、何かあるようです」

「……行くか」

 二人は石の階段をゆっくりと降りていく。

 空気は急に冷たく、湿っていた。

 足音が響くたび、水滴の落ちる音が遠くで返事をする。

 やがて、暗がりの先に鉄格子が見えた。

「……なんだ、ここ」

「……牢獄、のようです」

 その部屋は石の壁に囲まれ、空気は重くよどんでいた。

 そして——

 鎖で繋がれた子どもたちの幻影が、五人。

 皆、うつむき、顔は見えない。

「……子ども?」

「幻影です。でも——」

 光は一歩近づき、静かに観察した。

 幻影なのに、体温の気配だけは微かにある。

 生きているのか、死んでいるのか判別できない曖昧さ。

 部屋の中央には石碑が立っていた。

 光が碑文を指でなぞり、読み上げる。

「『救うは、ただ一人。選べ。さすれば道は開かれん』」

「……一人だけ?」

「……そのようです」

 兆はゆっくりと子どもたちを見回した。

 五人の小さな身体。

 鎖はどれも錆び、壁に深く食い込んでいる。

「……どうやって選ぶんだ」

「……おそらく、鎖を外すのでしょう」

 光が一人の鎖に触れた。

 その瞬間——声が響いた。

『……助けて』

 こすれるような、弱い声。

 光は表情を変えずに手を離した。

「……どうした」

「……いえ」

 兆も別の子どもの鎖に触れる。

『……お腹が空いた』

 兆は眉をひそめ、そっと手を離した。

「……胸糞悪い」

 その声音に、光は一瞬だけ目を細めた。

 その感情が、自分には理解できない種類のものだと悟ったように。

 光は一人の子どもの前に立った。

「……おい」

「……ごめんなさい。あなたを、選びます」

 光が鎖へ手を伸ばす。

 その瞬間——

 他の四人が、一斉に声を上げた。

『……なんで』

『……僕じゃダメなの』

『……助けて』

『……置いていかないで』

「……っ」

 兆の手が震えた。

 光は淡々と告げる。

「兆センパイ。ここの仕組みは、おそらく誰を選んでも同じです」

「……」

「“選ぶこと”自体が重要なダンジョンです」

「犠牲を払ってでも、選択する。それを試されて——」

 光の言葉を遮るように、兆が光の手を掴んだ。

 そして光の手を鎖から引き離し、

 かわりに自分の手で鎖を外す。

 ガチャン、と金属音が響いた。

 選ばれた子どもだけがゆっくりと光に溶け、消えていく。

「……すまないな」

 兆は残された四人に向かい、小さく頭を下げた。

 幻影なのに、礼を言わずにはいられなかった。

 残る子どもたちは、鎖につながれたまま——

 ただ、うつむいていた。

 そのとき、部屋の奥で重い扉が開いた。

「……行こう」

「……」

 二人は並んで歩き出す。

 光はぽつりと言った。

「どうせ幻影です。私は、そんなことで気に病みません」

 兆は静かにその頭に手を置いた。

「……あぁ、そうだな」

 光が目を丸くした瞬間、

 兆はその頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。

「やめてください。セクハラで上に報告しますよ」

「え」

 兆は前を向き、歩き続けた。

 光は数秒遅れて、その横に追いついた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ