表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第十四章 アシュベル家の館

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

186/193

影の案内人

***

 先ほどの焔羅との対話のダメージもまだ残る中、キサラギは庭園を歩いていた。ずくずくと疼く心の臓を抑えながら進む。

 庭園の奥は、迷路のように鉄柵が入り組んでいた。

 柵の一本に触れた瞬間、隣の柵が開いた。しかし、開かれた扉は、重みに負け、そのまま閉じる。そしてキサラギに胸の奥へ鈍い痛みが走る。

(……これは1人ではクリアできない仕組みだな、しかもうまくやらないと片側が怪我する)

 嫌な仕掛けだ。

 キサラギは眉をひそめ、次のルートを探そうとした。

 そのとき。

「……キサラギさん」

 背後から穏やかな声がした。

 振り返ると、アサヒが木漏れ日の向こうに立っていた。

 少し息を切らし、心細そうに目を伏せている。

「……アサヒか」

「はい。えっと……ここ、複雑すぎます。

 どこを歩けばいいのか、全然わからなくて……」

 不安そうに袖を握る仕草。

 困ったような目の動き。

 ——どれも、アサヒらしかった。

 キサラギはほっと息をつき、表情を少しだけ緩めた。

「……ああ。一人じゃ厳しい」

 アサヒは柵に近づき、そっと指を伸ばす。

 触れる直前に引っ込め、柵の角度と足場を観察した。

「……この柵、触ると……誰かが傷つく仕組みっぽいです」

 キサラギは驚いたように目を向けた。

「……気づいたのか」

「なんとなく、です。風の流れが……違和感があったので」

(風の流れ……?)

 理由は曖昧すぎる。

 だがアサヒの直感は昔から妙に当たる。

 そう思うと、不自然さはすぐ霧散した。

 アサヒは迷路の全体をじっと眺める。

 その目は真剣で、少し苦しそうでもあった。

 キサラギは無意識にアサヒから視線を外す。

 子供の苦しい表情を見るのはどうも苦手だった。

(……レイと違って、こいつは無茶しねぇ。慎重だ)

 キサラギはそう思い、アサヒの判断を静かに待った。

 やがてアサヒは、小さく息を吐き——

「……このルートなら、たぶん安全です」

 そう言って、柵の角度と通路の隙間を示した。

 その指先は震えていた。

 だが、声はしっかりしている。

「どういう理屈だ?」

「説明が難しいんですけど……

 向こう側の柵の“反応”が、ここだけ薄いんです。

 ……試すなら、今しかないと思います」

 キサラギは視線を柵へ向けた。

 確かに、言われてみれば異常はない。

 音も、風も、匂いも変わらない。

(……こいつの勘、馬鹿にできねぇしな)

 アサヒは心配そうにキサラギを見た。

「……け、見当違い、ですか?」

 アサヒはよくこのような顔をする。折れる気がないくせに、情けのない顔。

 勇者というものは矛盾のある表情をよくする。

「いや……信じる」

 その一言に、アサヒは小さく笑った。

 安心したように、ほっと。

(……なんだ、その顔)

 妙に胸がざわついたが、キサラギは気づかないふりをした。

「行きましょう。……慎重に」

 アサヒが先に歩き出す。

 柵には触れず、慎重に隙間を歩く。

 その背中を見つめながら、キサラギは短く息を吸った。

 ——庭園のどこかで、微かに誰かの呻き声がした。

 キサラギは気づかなかった。

 アサヒの歩調が乱れ、肩がほんの少し震えたことにも。


***

 扉を抜けた先は、薄暗い廊下だった。

 石畳が長く続き、奥にはまた別の部屋の影が沈んでいる。

 光は淡々と前を歩きながら、手のひらを軽く押さえていた。

 血はもう止まっているが、あれだけ平然と傷をつけたくせに、不思議とその仕草だけは人間らしかった。

「……やっぱり、こういう仕掛け多いな。犠牲とか、条件とか」

 兆は手のひらを見ながらぼそりと呟く。

 光は横目でちらりと兆の傷を確認した。

「センパイは採血慣れしているので、助かります」

「……慣れてねぇよ」

 光はふわりと首を傾げた。

 いつもの、生身なのか機械仕掛けなのか判別できない微笑。

「でも、定期検診には慣れてますよね?」

「……まあ、あれは仕事みたいなもんだが」

 歩みが少しだけ緩くなる。

 兆は前を見据えたまま、ぼそりと続けた。

「あれ、お前が担当になってからだよな。以前の担当より……回数多くねぇか?」

「当然です。あなたの場合、チェック項目が多いので」

 光はさらりと言い、石畳を靴先でコツ、と弾く。

「あなたの血液は、変動が激しいんです。興味深いデータが多い」

「……なあ、光」

 兆はげんなりしたように眉を下げた。

「お前、いつも俺の血を見て何が楽しいんだ?」

 光は一瞬だけ瞬きをした。

 そのあと、ためらいなく答える。

「データです」

「……だろうな」

「あなたは興味深いサンプルですから」

 言い切るその声は透明で、悪意も羞恥もない。

 ただ純粋に“研究者”の響きだけがあった。

「それに——」

 光は指先で自分の袖を整えながら、さらりと続けた。

「あなたの場合、後遺症がいつ出るかわからないんですよね?」

 兆の足が一瞬止まった。

「……おい。待て。それどういう意味だ」

「言葉通りです」

 光は歩みを止めない。

「あなたの体質は、不安定です。

 精神状態・環境・刺激……どれも影響する。

 だから毎回、血液データを見るのが楽しみなんです」

 その“楽しみ”の言い方があまりにも無邪気で、

 兆は頭を抱えたくなる。

「……お前、少しはオブラートに包めよ」

「センパイのためを思って、正確に説明しているだけです」

「はいはい、ありがとよ」

 兆がため息をついたとき——

 廊下の先で小さく“カチリ”と音がした。

 新しい扉が、ゆっくりと開く気配。

 光はそちらへ顔を向け、わずかに目を細めた。

「次の部屋ですね。

 ……センパイ、動揺すると症状出ますから、心拍を整えてください」

「お前のせいだろうが」

「はい、わかっています」

 光は悪びれず頷いた。

 兆は頭をかきながら、その後ろ姿を追った。

(……こいつ、よくわかんねぇな)

 そう思いながらも歩調を合わせる自分に、

 兆はふと気づかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ