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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第十四章 アシュベル家の館

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宣言空間

 長い舞台のような映像から目が覚めるまで、少し時間がかかった。

 誰かの人生を横取りしたような、胸の奥がざわつく夢だった。

 木々の隙間から差し込む光が、瞼を焼いた。眩しさに目を開けると、そこは庭園だった。  石畳の道、枯れかけた噴水、色の抜けた草花。

 どこにも風が吹いていないのに、木々だけが揺れている。

 アサヒは大きな木にもたれかかり、しばらくぼんやり座っていた。

 夢の残り香がどうにも消えない。胸が熱い。喉元にまだ視線のような感触があった。

 ——そのとき。

「……おねがい」

 背をあずける木の後ろから、声がした。

 近くでも遠くでもない。

 まるで耳のすぐ裏で、でもどこか別の世界から聞こえてくるような声だった。

 幼いようで、大人びてもいて、泣きそうなようで、必死で堪えているようでもあった。

 アサヒははっとして顔を上げた。

 ダンジョンは始まっている。

 本来なら警戒すべき、慎重になるべき場面。

 それなのに。

 その"お願い"の響きだけで、胸の奥の警戒心がすとんと消えてしまった。

「……どうしたの?」

 アサヒは声のした方に顔を向けることもなく、答えた。

 足元に映った声の主の影がふわりと揺れた。

 繊細なように見えて、強い佇まい。

 抱えている腕の細さが、妙に幼く見えた。

 なんとなく、居心地の良さを感じる雰囲気に、アサヒは静かに目を閉じて次の言葉を待った。

「おねがいが、あるんだ」

 その人影は近づいては来なかった。

 ただ、ぎゅっと拳を握りしめながら、言った



***

 光が吸い込まれるように消え、厨房前の廊下が深い暗闇に包まれる。

 足元の感触すら曖昧になるほどの闇。

 それでも焔羅だけは笑った。

「へぇ……こんな感じになるんだな」

 ゲームを楽しむかのような楽しげな声音。

 キサラギは暗闇の中で気配を探りながら、小さく息を吐いた。

「……お前、楽しそうだな」

「こんなん楽しまないと損でしょ? だから構ってよって言ってんじゃん?」

「構うも何も、もう宣言したんだろ」

「そうそう。だから、これから"質問タイム"」

 焔羅は軽い足取りでキサラギの横に回り込んだ。

 相変わらずの軽口。だが、目だけは笑っていない。

 ——空気が、変わった。

 静かに、だが確実に。

 廊下の空気が濃くなり、二人を包み込む。

 キサラギは眉をひそめた。

「……これが、"宣言空間"か」

「みたいだねぇ。外から誰も入ってこれない。今、この世界には俺とキサラギしかいないってわけ」

 焔羅は扉に背を預け、腕を組んだ。

「で、ルール。攻め側——つまり俺は、キサラギに質問できる。守り側のキサラギは、答えるか拒否するかを選べる」

「拒否できるなら、有利じゃないか」

「まあね。でも——」

 焔羅の目が細まる。

「拒否にも代償がある。"Stop"って言えば会話は終わるけど、守り側にダメージ。"Break"って言えば共倒れ。どっちもきつい」

 キサラギは黙って聞いている。

「あと、精神的に不安定だと、嘘をついたらペナルティ。ペナルティがどんなのかわかんないけど、多分肉体的に負荷がかかるのかなぁ」

「……つまり、心理的に追い詰めれば勝ちってことか」

 焔羅はにやりと笑った。

「——キサラギ、お前さ」

 一瞬の間。

「なんで、いつもそんな疲れた顔してんの?」

 キサラギの目が、わずかに動いた。

「……質問の意図がわからん」

「いや、純粋に気になってさ。いつも眉間にシワ寄せて、タバコ吸って、誰かに指示出して。で、一人になると——」

 焔羅は少し声を落とした。

「なんか、すげー暗い顔してんだよね」

 キサラギは答えなかった。

 ただ、視線を扉のあった方へ向ける。

「……答える義務はないんだろ」

「あるよ。拒否すれば代償。嘘つけばペナルティ。黙ってても、時間切れでダメージ」

 焔羅の声に、わずかな棘が混じる。

「つまり——何かしら、反応しなきゃいけないってこと」

 沈黙が落ちた。

 キサラギの指先が、わずかに震える。

 ——このゲームは、逃げ場がない。

「みちゃったんだよね、ここにくるキサラギ、廊下でずぅーっとイライラしてんの。俺が後つけてんのさえ気づかないくらいさぁ」

キサラギは静かに目を細めた。

つまりこいつは——俺の守るべき部屋の場所を知っている可能性があるということ。

「…まどろっこしいやつだな、イライラくらいする、お前もみたんだろ。変な夢」

「あ、だめだめ。今は俺のターンだから」

 その瞬間、唇が重くなる。どうやら、対話中は相手に従わなければいけないらしい。

「……キサラギのそういう、自分の気持ちにぐらぐらさせられるところ。ほんと弱点だなぁ」

 焔羅が軽口を叩きながら、キサラギを煽った。その時だった。

 轟音。

 真っ暗な世界が揺れ、警報音が鳴り響いた。

「は?なになになに」

 焔羅は動揺しながらあたりを見渡す。

 キサラギは唇をほんの少し上げてた。

「——さっきの質問の答えだけどな、焔羅」

 キサラギは動揺する焔羅に近づき、肩に手をおいた。キサラギはタバコを吸うときのように肺に空気を流す。

「俺はお前みたい心乱されるヤツがいねぇから、一人でイライラしながら、タバコ吸ってんだよ」

 肩に置いた手に力を込め、焔羅を後ろへ突き飛ばす。

「——stop」

 その言葉と共に暗闇が溶け、景色が廊下に戻る。

 違ったのはそう——扉の仕組みを無視し、力任せに突破しようとするムラサキの獣がいたこと。そして、そのイレギュラーな行動に鎧の兵隊が反応し、乱入していた。

「……あとは、まかせた」

 その言葉と共に、キサラギはすでに廊下の遠くのほうにいた。

「……くそ、やられた。キサラギのやろう」

 たくさんの鎧の兵隊の中心にいる紫水晶の瞳が焔羅をとらえた。

  焔羅は心の中で俺ってばいつもこんなだよね、とひとりごちた。


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