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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第十四章 アシュベル家の館

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とある一族たちのとるにたらない夢

 教会の片隅で、子供たちの声が響いていた。

 石壁に反響するその声は幼いのに、どこか儀式めいていた。

 古びた木製のテーブルを囲み、五人の子供たちがボードゲームの準備をしている。

 じゃんけんの掛け声が終わり、一人の少年が大げさに肩を落とした。

「げ、まじかぁ」

 負けた少年が呟く。他の子供たちは同情するように顔を見合わせた。

「観測者ってつまんないよね」

「でもいないとゲームはじまんないし、お前ずっとプレイヤーだったからいいじゃん」

 しぶしぶといった様子で、少年がルールブックを開いた。

「"はじめは、ほんのひとつの産声だった。小さな村の小さな一族にたまたま生まれた石を持つ赤子。それが、歪な一族のはじまりだった"」

 朗読の途中で、別の少女が口を挟んだ。

「ねー、聞き飽きたー!省こうよそれ」

「文句ばっかでうるさいな!久々なんだからはじめからやらないと、わかんなくなるんだよ!」

 観測者の少年が苛立ちを隠さず反論する。

「無駄に難しいもんね、観測者って」

 五人目の子供が呟いた瞬間、誰かが机を叩いた。ボードゲームの駒がマップの上でばらばらと倒れていく。

「あーあ」

 子供たちが慌てて駒を拾おうとする。しかし、伸ばした手から逃れるように、駒は次々と机から転がり落ちていった。

***

 礼拝堂に風が吹き込み、古い十字架の影が揺れた。 その揺れは、まるで二人の間に横たわる世界そのものの歪みを示しているようだった。

——そして、その光景は遠い誰かの夢の中へと溶けていく。

 シスターは古い机の前で立ち止まり、目の前の男をまっすぐに見つめた。痩せこけた体、骨ばった指先。

 彼が"最後の一人"だと気づいてから、胸の奥にずっと冷たい痛みがあった。

「……人は、食べてはいけない。いくら亡骸でも」

 静かな声だった。だが掠れている。

 男はゆっくりと顔を上げ、黒い瞳を細める。

「なんでだ」

 短い。返答というより、観測するような声音だった。

「……理由は様々あります。病原菌の感染にもつながりますし……」

 言いながら、シスターは自分でもその説明がこの男に通じないことを理解していた。  彼の世界の論理は、外側のそれとは別の枝を伸ばしている。

「……俺たちは感染しない。そうやって進化してきた」

 淡々とした返しだった。

 シスターは、喉の奥にひっかかった言葉を一つ飲み込む。

「……死者への冒涜になります。死者を尊重し、適切に弔うべきなんです」

 彼女が教え込まれた呪文のような"正しさ"。

 しかし男の瞳には、それがまるで異国の道具のように映っていた。

「人を食う前から、俺らはそんなことされなかった。ずっと差別されてきた。それは冒涜にはならないのか」

 シスターは目を伏せる。

 "冒涜"。

 その一言が、胸の奥に沈んでいたものを鋭く突いた。

「……社会的にも……タブーの一つとされていて……」

 言い訳にも似た声。

 そのとき、男の口元がほんのわずかに歪む。

 怒りでも、皮肉でもない。ただ"ああ、そうか"と理解した者の笑いだった。

「……墓のない俺たちに、同じとこに行く術さえも、世界は奪うのか」

 シスターははっとして顔を上げる。

 そのとき、初めて気づいた。

 彼が亡骸を食べてきた理由が、残酷な欲望ではなく——  帰る場所を求めるための祈りに近いものだったことに。

「……たいそう立派な世界だな」

 彼の小さな吐息のように漏れ出る声は、普段の荒々しい口調と相まって、ひどく深く沈んで聞こえた。シスターは、その声音を否定するわけでもなく、ただ飲み込んだ。

「……まあ…どうでも……いいけどさ」

 礼拝堂に風が吹き込み、古い十字架の影が揺れた。

 その揺れは、まるで二人の間に横たわる世界そのものの歪みを示しているようだった。

***

 まるで長い舞台を見たような感覚だった。

 目を開けても、しばらく彼女への感情が覚めなかった。

 薄暗い部屋。石造りの壁。真横にある投影機が円形の天井に小さな星々を映し出して揺らめかせている。赤色の瞳が、ゆっくりと焦点を結ぶ。おぼつかない視線の中、自然に星座を結びながら、ぼんやりと先ほど見た夢を反芻した。


 ——誰かの人生を、丸ごと飲み込んだような重さが胸にあった。  

 男の声。シスターの震える指先。

 「同じところに行く」という、祈りにも似た願い。  

 それは自分の記憶ではない。

 けれど、確かに"見た"。  

 細い指が、自分の喉元をそっと撫でる。

 そこには何もない。けれど、熱を持っているような気がした。  

 記号のように並べられた正しさを飲み込むシスターは、思わず誰かを思わせた。人を守るような言葉のようで、まるで暴力のような聖句たち。

 小さな拳が、毛布の上で固く握られる。

 小さなの手には、まだ何も掴めていない。  

 それでも——。


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