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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第十四章 アシュベル家の館

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雪の下のルール

 朝の雪は止み、木々の枝に残った氷が陽に反射していた。

 館の前の地面に、ノーラはしゃがみ込み、木の枝で円を描いた。

 その周囲には六人が立っている。近くの任務先からそのまま向かってきたキサラギ、焔羅、アサヒ、兆、そして光。吐く息が白く揺れた。

「――では、ここからルールを説明します」

 ノーラは枝の先で地面に文字と線を引いていく。冷えた空気の中に、さらさらと土を掻く音だけが響いた。

「“言霊ゲーム”は、もともと村で流行っていたテーブルゲームで、ある一族――アシュベル家の物語をクリアしていく形式になっています。

 登場人物にはそれぞれ“役割”、“守るべき部屋”、“秘密”が与えられます。

 このダンジョンは、機構的な謎とキャラの秘密という二重構造で成り立っていて、部屋を突破するにはその両方を解く必要があります」

 ノーラの淡々とした声音に合わせて、地面には館のような図が描かれていく。

「守るべき部屋で“秘密の言葉”が暴かれると、その人は暴いた相手の支配下に置かれます。そうなると、相手に従い、情報を渡し、主のクリアを手伝わなければなりません」

「秘密のヒントは館のあちこちに隠されています。

 また、1対1で『宣言(Invoke)』することで心理戦を発生させることも可能です。

 宣言した側が“攻め”、相手は“守り”」

 地面には「攻め側=宣言者」「守り側=相手」と書かれる。

「攻め側は質問や命令が可能です。守り側は“セーフワード”を使えば拒否できます。

 セーフワードは二種類――」

 ノーラは枝の先で、単語を並べた。

Stop:対話そのものを中断(守り側が小ダメージ)

Break:共倒れ(お互いに大ダメージ)


「守り側が不利じゃね?」

 焔羅は顎に手を添えて眉をひそめた。

「守り側は、押されすぎて嘘をつくとペナルティがあります。でも精神的に安定していれば、嘘をついても問題ありません。一見、攻め側が有利に見えますが……本当の主導権は守り側が持っているんです」

 兆は無表情のままだが、おそらく頭が追いついていない。

 ノーラは苦笑して続ける。

「現実世界でも、いろんな“リード側”がありますよね。雇用関係だったり、親子関係だったり、兄弟関係だったり……学校での先輩後輩だったり。

 これは、それを表しているものかなと思っています」

 ノーラは小さく息をつき、穏やかに微笑んだ。

「“主従”といっても、どちらが偉いということではありません。

 何にもなしに、自分のやりたいことに人をつき合わせることはできない。

 主は従える人のケアをしなければ、関係は成立しないんです。

 それはお金かもしれないし、でもお金を渡すだけでは横暴だし――

 精神的な揺らぎを支えてあげることも、ひとつのケアなんです」

 枝の先が「主」と「従」の二文字を結んだ。

 一瞬の静けさのあと、後ろから声が飛ぶ。

「だってよ、キサラギ」

 焔羅の茶化すような声。

「給料あげてほしいな、キサラギ」

「もっと飲みに連れてってほしいなぁ、キサラギ」

「休みがもっと欲しいです、キサラギさん」

 焔羅の軽口に紫と光も乗っかる。

 キサラギは眉間を押さえながら短く吐き出した。

「……うるせぇな」

 笑い声がいくつかこぼれ、緊張がほぐれる。

 ノーラも思わず口元を和らげた。

「そして――」

 枝の先で、今度は“主従”の間に小さな稲妻のような線を描く。

「主従関係に“揺らぎ”が生じたとき、下剋上が発生します」

 光が目を丸くした。

「揺らぎ?」

「はい。主が従に対して、ケアを怠ったり、二人の関係性にほころびが生じた時、従が主に宣言ができるようになります。勝てば、役割が入れ替わります」

 ノーラの声に、場の空気が静まる。

「それはまた、血気盛んな制度だねぇ、。雇われる側なら、そのままのが楽な気がするけどねぇ、俺は」

 めんどくさそうに焔羅が言う。

「確かにそれもまた選択かもしれません。でもこのダンジョンでは、それを選ぶとクリアから遠ざかります。全員がそれなりに真剣に向き合わなければ、ゲームは強制中断されるんです」

「でも、兆センパイとか参加させたら、ゲーム中断されちゃうんじゃないんですか?馬鹿だし」

「え」

 光の発言に対して、兆は初めて短い言葉を発した。

「向き合い方の問題だと思います。頭の良し悪しは勝敗には関係するかもしれませんがゲームの中断理由にはならない。――いかに“自分なりに”ゲームに、人に、向き合うかが大事です」

 レイが小さく呟いた。

「……つまり、考えることを放棄したらだめ、ってことか」

 ノーラは頷き、枝を置いた。

 まるで、それ以上言えば“言ってはいけない領域”に触れてしまうような気がしたからだ。

 同時に、冷たい風が館の扉を揺らした。

 薄暗い入口の奥で、微かな光が瞬く。

 誰もが無意識に、隣に立つ誰かを一瞥する。

 このゲームでは、勝負のたびに“主”と“従”が入れ替わる。

 けれど、それがいつ、誰の間で起きるのかは――まだ誰にもわからない。

 焔羅は肩を鳴らし、面倒くさそうに笑った。

「……まあ、やるしかねぇってことか」

 その声にアサヒが小さく頷く。光は指先で髪を整え、兆は無言のまま空を見上げた。

 キサラギだけがノーラの図をじっと見下ろしていた。

「――で、その“観測者”ってのは、お前なんだな」

 ノーラは静かに頷いた。

「はい。私は見届けるだけです。……できる限り、公平に」

 彼女の声に、誰も返事をしなかった。

 地面に描かれた円の中心が、雪に覆われていく。

 吹きつける風がそれを消し、跡だけが残った。

 その向こう、黒い館の扉が低く軋む。

 誰ともなく、一歩を踏み出した。




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