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ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第十四章 アシュベル家の館

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言葉の檻

 外は雪。白に覆われた村が、静かに沈んでいく。

 窓から射す光は淡く、部屋の中をわずかに照らしていた。

 机に広げた紙の上で、一本のペンが滑る。

 言葉は血のように滲み、消せない記録として残る。

 ――彼の顔が思い浮かぶ。

 遠い日に出会った「人を喰う男」。

 衰え、骨ばった体で、それでもこちらを見ていた。

「……なんで、食べないんだ。このままだと死ぬぞ」

 必死に告げた自分の声。

「……お前が、嫌がるから」

 そう答え、男の瞼は静かに落ちていった。

 窓の外で、雪がいっそう強くなる。

 世界そのものが、彼を覆い隠そうとするように。

 ペン先が震え、紙の上に一行が刻まれる。

「……同じところに行くよ」

 ――その言葉も、やがて檻になると知らずに。




***

 

 雪に沈む村道を進む三つの影。

 紫とレイと、そばかすの女。

 女は手帳を開いて見せた。

「水路の角度が、少しずつずれているんです。数値にすれば本当にわずかですけれど……積み重なれば崩壊につながる。……この村そのものが、沈んでいくんです」

 栗毛のウェーブがかかった髪型が特徴的な彼女は調査隊の解析班に所属している。大きな黒縁メガネの奥にある目を揺らしながら、彼女――ノーラは言った。

 レイはその言葉に耳を傾け、足を止めた。

「つまり……このままじゃ、村の基盤そのものが崩れる可能性があるってこと?」

 ノーラの目がぱっと輝いた。

「そうなんです!! よくお気づきに!」

 興奮気味に声をあげ、そのまま早口で説明を始める。

「水の流れが変わると、まず小さな氷の割れ目ができるんです。ほんの数ミリですが、それが繰り返されると土台の層がゆがみ……やがて支えが失われて、村全体が沈下してしまう可能性が――」

 はっとして言葉を飲み込む。

「あ……す、すみません。ここまでお話しできる人が少ないもので、つい……」

 頬を赤くして、困ったように笑った。

 紫は二人を見やり、ただ雪を払うように肩をすくめる。

「今回はその原因を探るってことだな、ニアの予言曰く、石の力が関わってるらしい」

 レイは雪の吐息の中で、わずかに口元を緩めた。

(……本気で考えてる。俺なんかの意見も、きちんと受け止めてくれるんだ)

 胸の奥に小さな尊敬の灯がともるのを感じながら、再び歩みを進めた。

 雪を踏みしめながら進んでいると、教会の前に子供たちが七人ほどたむろしているのが見えた。

 寒空の下、息を白く吐きながらも元気に駆け回るでもなく、ただ座り込んで盤を囲んでいる。

 赤くかじかんだ頬に似合わず、表情はどこか無気力で――それなのに手は器用にコマを動かしていた。

「……なにそれ、見たことないゲームだね」

 レイが声をかけると、子供の一人が顔を上げた。

「これはね、昔のシスターが作ったゲームだよ」

 言葉は淡々としているが、手元の駒はまるで儀式のように動き続ける。

「“言霊ゲーム”っていうんだ」

 別の子が小さく笑った。

「言霊ゲーム?」

 レイが眉を寄せる。

「そうそう。物語を進めながら、秘密を暴いていくの」

「それぞれ、“割り振られた場所”と“秘密の言葉”を持ってるんだ。その場所で秘密の言葉を言われると――支配されちゃうの」

 子供が駒を指先で押し、もう一方のコマを倒す。まるで誰かの喉を押さえつけるかのように。

「でもね、支配されても下剋上ができるんだよ」

 声はどこか楽しげだが、その瞳はどこか冷めていて、無邪気さよりも諦観に似ていた。

 ノーラは思わず身を乗り出す。

「……見たことないゲームだ。興味深いなぁ」

 解析者らしい輝きを宿した目で、子供たちの駒捌きを凝視する。

 そんな彼女を横目に、紫が低く切り込んだ。

「……今、村で起こってる天変地異の原因について調べている。何か知らないか」

「てんぺんちい?」

 子供が首をかしげる。

 レイが説明を補った。

「家が沈んだり、水路がゆがんだり、季節がおかしくなったりしてるんだ。今まさに」

「昔からそうだから、それがおかしいかもわからないや」

「そうそう。昔お母さんになんでって聞いたけど、“そういうもんだから気をつけてね”って言われただけだよ」

 子供たちの声は、どこか人形のように均質で、抑揚がない。

 紫はわずかに目を細めたが、深く追及せず、礼を言った。

「……そうか、ありがとう。止めてすまなかったな」

 すると、一番年長らしい少年が盤面から目を上げ、ぽつりと告げる。

「……町の大きな飲み屋に行けば、人がいっぱい集まってる。なにかわかるかもしれないよ」

 雪の音に混じって、子供たちのゲーム盤からカタリと駒が倒れる。


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