表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ある日、勇者の剣を抜いた。  作者: N.ゆうり
第九章 ゼフェリカの黙示録

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

116/193

仮面の奥にあるもの


 アギルの右目は――機械だった。

 精密に組み込まれた金属のフレーム、その中心にきらめく冷たい義眼。

 頬の一部は皮膚ではなく、銀のプレートで覆われ、裂け目からは黒い配線のような神経構造がのぞいていた。

 黒猫・トルクが飛び上がるようにアギルの胸元に跳びかかり、ずれた仮面を器用な前足で押し戻す。

 ぎりぎりで視界から消されたその異形――だが、その“残像”は会場に確かな爪痕を残していた。

「い、今の……」「顔が……機械?」

「なんで人間の顔に、あんな……」

「まさか、ゼフェリカが……あれ、兵器か?」

 観客席が一斉にざわついた。

 さざ波のようなざわめきが、あっという間に渦を巻き――やがて、各国の首脳席へと届く。

「ゼフェリカ……他国に見せつけるために、こんなものを……」

「戦争の準備じゃないのか……?」

 呟きの一つひとつが、鋭い棘となって空気を緊迫させていく。

 ユルザの姫君は、何も言わず、そのすべてを受け止めるように背筋を伸ばし、静かにまぶたを伏せる。

 セレナの横で、ゼフェリカ王国の技術院顧問――ガストン・ファレルは、わずかに口角を持ち上げた。

 その目には、かすかな愉悦がにじんでいた。

 まるで“見せること”すら計算のうちだったかのように。

 仮面の奥、黒い瞳の奥で――アギルの感情が揺れていた。

 うっすらと、涙が滲む。

 けれど、それは誰にも気づかれない。仮面に覆われたその影に、ただひとりトルクだけが気づいていた。

(……もし、ここで失敗したら……)

(また、“あの人”に――見限られる)

 胸の奥を、鈍く焼くような焦燥が走る。

 父に、また無価値だと思われたくない。

 ちゃんと、“役に立つ”と証明したい――

 それだけが、唯一残った、彼の願いだった。

 アギルの足元から、魔力の渦が吹き上がる。

 空気が振動し、戦場にいたすべての選手たちの肌を、焼けつくような圧が突き刺した。

「っ……」

 アサヒの息が詰まる。

 その瞬間、アギルの動きが――変わった。

 一段と速く、鋭く、そして“重く”。

 まるで殺意そのものが歩いてくるような、異質な足取り。

 仮面の奥、アギルの視線はすでに“勝つ”ためだけのものに変わっていた。

 一瞬で詰められた距離。兆の懐に入り込むアギル。

 次に飛ばされたのは兆の方だった。

 ――今の彼は、確かに「殺しにきていた」。

 アサヒは必死に剣を握りしめ、傷ついた兆に癒しを送る。

 その中で、耳の奥に――アギルの小さな悲鳴が響いた。

『見捨てられたくない……置いていかないで……お父さん……』

 そして、その中に紛れるようにして届く、もうひとつの声。

『……どうか、アギルを、助けて』

 祈るような、静かな声だった。

 アサヒは、剣を握り直す。心臓の奥が、強く脈打つ。


***

 戦場に、ほんのわずかな“停滞”が生まれる。

 何度も地に叩きつけられ、鉄球を持つ腕にまでヒビが入り始めた兆が、それでも何かを言うことなく立ち上がろうとする。

 ベンチ席――その様子を見つめていた面々の中で、誰より早く異変に気づいたのは紫だった。

「……あの仮面、制御具かもしれない」

 ごく低い声で、ぽつりと呟く。

 その目は冷静だが、視線の先にはわずかな危機感がにじんでいた。

「制御具……?」


 焔羅が眉をひそめる。

 紫は頷きもせず、続けた。「兆の攻撃が仮面に当たったとき、一瞬、動きにラグが出た。仮面を守るような動きも。……たぶん、アギルは“あれ”に縛られてる」

 その言葉に、キサラギも表情を引き締める。

「やっぱり……ゼフェリカだけはこの大会で異質だ」

 仮面の奥にある何かを、全員が無意識に感じ始めていた。

 だがその中で――焔羅だけは、まったく違う方向からぽつりと呟いた。

「けどさ……あのふたりってさ――」

「――やっぱ相性、最悪じゃない?」

 その一言に、誰もが少しだけ沈黙する。

 紫が無表情のまま眉をひそめ、キサラギも静かにうなずき、レイが小さく目を伏せた。

「レイくーん、なんであの二人組ませたのさーー!」

 焔羅はゆさゆさとレイの肩をつかみ揺さぶる。

「……似てると思ったんだよ」

 バツが悪そうな声でレイはつぶやく。

「え?」

 その一言に全員が耳を傾ける。


***

 夜の訓練場。人気のないグラウンドの中央に、ふたりの影が向かい合っていた。

 月明かりの下、レイは額にうっすらと汗をにじませ、向かいの兆を見据える。

 兆は、いつもの調子でだらしなく立っていた。武器も片手。重心もふわふわしている。けれど――

(強い)

 レイはそう感じていた。

 信じられないくらい、圧倒的に。

 何度打ち合っても、兆の動きには予測が利かない。力もある。反応も速い。それ以上に、彼の“流れ”に飲み込まれてしまう。

 読めない。制御できない。

 そんな相手を前に、レイはつい問いかけていた。

「……どんな修行したの?」

 兆は目をしばたかせ、少し考えるような素振りを見せたが――

「あー、どうだったかなぁ。なんか、色々?」

 適当にもほどがある。

「……じゃあ、何を考えて戦ってるの?」

 次の問いには、すぐに返事が返ってきた。

「相手を倒すことだろ、戦いって」

 即答だった。

 レイは、口を噤む。

「でも……考えなきゃ難しいこともあるじゃん。状況とか、位置取りとかさ」

「さぁ、知らん。そういうのは苦手だ」

 兆は、心底興味なさそうに答える。

「だが、とりあえず俺はやる。やると決めたことは、必ず」

 その声には不思議な“気迫”があった。

 根拠も、理屈もない。ただそれだけで、圧倒されるような。

(……意味わからん)

 レイは内心でそう思った。けれど同時に、ひとつの既視感に気づく。

(アサヒも、そうだった)

 何もかもを感覚でこなし、説明しない。傲慢で、わがままで、自分のテンポを崩さない。

 できない人間の気持ちなんて、考えたこともないような顔をしている。

 けれど――

(なのに、結果だけは、ちゃんと出す)

 いつも、必要なときには、なぜか“隣にいる”。

 理屈じゃない。感情でもない。

 ただ、そこにいてくれる。

 レイは小さく、ため息を吐いた。

 でももしかしたら、アサヒの、弟の数少ない理解者になってくれるのではないかと感じた。

 それは、レイがこの世で一番嫌いな期待というものだった。


***


「兆!僕はアギルを倒したい!そして助けたい!!!」

 アサヒの叫びが、場内の空気を裂いた。

「……方法は?」

 兆は静かに問い返す。まるでそんなものどうでもいいと思ってるくせに。

「わからない!!けど、絶対に助ける!!!」

 アサヒの叫びに、兆は口角をあげて答える。

「……わかった」

 そのとき、控室でレイが静かに呟いた。

「――ああいうやつらはさ。予定調和を、いつもぶっ壊すんだよ」

 黒猫の尻尾がくるりと円を描いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ