30 捜査線
「今でも10人やそこらは引っ張れますが?」
そう聞いてきた部下に、西田はタバコをくわえたまま低く答えた。
「まだだ。やるときゃ一気に検挙して丸裸にする。逮捕状の請求だけ準備して、俺の指示を待て。本部長の許可も得てる。」
「タバコは喫煙室で吸ってくださいっていつも言ってるでしょ?」
「うるせぇよ。俺は平和を愛する警官なんだよ。」
西田は龍神帮の壊滅を狙っている。
準備は着々と進んでいた。
今回はひょんなことから、半澤組の恩田の協力も得られている。見返りは半澤組の手でリュウジを始末することを黙認することだった。
あの恩田が手もなく拉致られた挙げ句、傘下に入ることを強要されたのだ。剛田なんぞは刺し違えてでも、と思っていることだろう。
まずはあいつらの納得のいくようにやらせてみる。
たとえ半澤組がリュウジの駆除に失敗しても、こちらの腹は痛まない。
あとに控える我々の特殊部隊が蜂の巣にするだけのことだ。A66にはもはや裁判は必要ないのである。どんな駆除の仕方をしても問題になることはない。
そこまでヤツを丸裸にしてから、この駆除を成功させる。
最後の「勝負」の機会くらいはヤツらにくれてやればいい。それで恩田たちは納得するだろうし、街にはまた清濁バランスの取れた平和が戻ってくる。
そんな西田の元に、新たな事件の一報が届いた。
「半澤組の健次が殺されただと?」
殺ったのはA61らしいということだった。
「飼い犬に噛まれたのか?」
西田が現場に出向いてみると、規制線の外で若頭の剛田に会った。
「追うのか?」
「追うに決まってる。」
剛田は無表情のまま言った。
「どっちをだ?」
「どっち、とは?」
「母子か剥奪か?」
「A61に決まってる。アパートの住人なんかに興味はない。」
西田は煙草をくわえたままで、ふうぅ、と煙を吐き出した。
「任せるわ。警察もいろいろ忙しいんでな。」
西田にしてみれば半澤組が一般市民に手を出さなければ、それでいい。
活劇があった方が龍神帮の目も捜査からそれる。
+ + +
「半澤の下っ端が殺された? 誰にだ?」
部下の報告を受けたA66は、泳いでいたプールの水中からいきなりざばっと跳び上がって易々とプールサイドに着地した。
水中にいてこれだけのジャンプ力をみせるというのは、人間わざとも思えない。
素っ裸だ。
「A61のようです。」
「半澤の飼い猫だった女か‥‥」
A66は、健次とかいう半澤組の下っ端がそれを連れ歩いていたのをちらと見かけたことがある。
美人だった。
(俺より前に剥奪刑を受けたやつか‥‥)
「飼い猫に咬まれたのか。どんくさいヤツだな。」
A66が冷笑を浮かべる。
「その猫、捕まえてここに連れてこい。」
「はっ!」
部下の男は一礼して下がった。
半澤組は今は龍神帮の傘下だ。
下っ端といえど傘下の組員が殺られたのだから、同じ剥奪者でもある自分の手でケジメをつけようというのだろう——。
部下はA66の命令をそう解釈した。
ならば。
半澤組や警察よりも先に見つけて捕獲しなければならない。しかもできる限り無傷で——だ。
血だらけで連れていったりしたら、あの悪魔は自分のやる分が残り少ないことに腹を立て、連れていった部下の血で穴埋めしようとさえするかもしれない。
取り次ぎの幹部は配下全員にハッパをかけた。
「警察や半澤組に先を越されるな! 捕まえたやつには褒美が出るぞ!」
もし半澤組や警察に負けるようなことがあれば、幹部である自分の身も危ういかもしれない。
リュウジさんのメンツがかかっているのだ。
A61は半澤組と龍神帮の2つの組織から追われることになった。
2つの組織とも血眼である。
警察が事実上手を引いた今、A61を狙うのはひとおもいに殺してくれるような組織とは到底言えないものだった。




