25 祈る人
びくびくしながら堤防を走って、たどり着いたところは小さな社のある神社だった。
苔むした石灯籠が2基あって、社の前には小さな賽銭箱があった。コンクリートの上に留められている。
中にお金があるかも‥‥と思ってから、自分で失笑した。
たとえお金があったとしても、今の自分に使えるわけがないじゃないか。
この小さな神社は、あまり人の来そうもない場所に思えた。たとえ来たとしても社の裏は隠れるにはちょうどよさそうな感じだ。
昼間はここに隠れていよう。
食べ物を探すのは夜の方がいいだろう。
でも‥‥どうやって探す?
A65が食べてもいいような食べ物がどこにある?
全ての「食品」は誰かの所有物で、それに手を出すということは盗むということになってしまう。
見つかれば、今度は逮捕ではなく退治される‥‥。
ゴミ箱を漁るしかないのか?
それを嫌だと思うのは、俺がまだ人間のつもりでいるからか?
ふと脇を見ると柿の木がある。
だが、それはまだ青い小さな実をつけているだけだった。
秋になれば、あれも食えるのか‥‥。と思ってから、A65は恐ろしいことに思いが至った。
やがて、冬が来る。
今は夏だからいいが、冬の寒さはどうやって凌げばいいのか‥‥?
A65は社の基壇に尻を下ろし、はあ、とひとつため息をついた。
腹が鳴った。
そういえば、昨日もらったパン以外何も食べていない。水は公園の水場で飲んだが、それだけだ。
あたりを見回してみたが、食べられそうなものは何もない。
草は生えているが、どれが食べられる草なのかは全くわからない。そういう勉強はしたことがなかった。
その時、道の方で人の気配がした。
A65は社の背後に身を隠す。
ガラ、ガラ、と何か軽い金属のぶつかり合うような音が近づいてくる。
逃げた方がいいか?
だが、小さな社のすぐ裏は藪になっている。それをかき分ければ音がして気づかれてしまう。
A65は息を細くして気配を消そうとした。
来るな。こっちには来るな。裏には回ってくるな!
A65は祈るように思った。
「あ〜、どっこいしょ。」
しわがれたような男の声がして、ガシャン、と何かを置く音が聞こえる。
それから、何か、カチャカチャとやはり金属がぶつかるような音が聞こえた。こちらにやって来るような様子はない。
何をやっているんだろう?
つい好奇心にかられて、A65は社の陰から片目だけを出して覗いてみた。
人の姿は見えない。
もう少し、と顔を全部出して見てみると、ぼろっちい服をきた人の肩だけが見えた。何やら腕を動かしている。
カチャカチャという音はその腕の先から聞こえているようだった。
「お、取れた。」
男が嬉しそうな声を出す。
男が腕を引くと、その手にはゴミ拾いのハサミが握られているのが見えた。先の方は見えない。
ゴミ拾いのハサミで賽銭を盗んでいるのか? とA65は思った。
傍に置かれたビニール袋の中には空き缶が見える。男はホームレスか何からしい。
「もっぺん頼むで。」
男の声が聞こえ、それから、ちゃりんからから‥‥とコインが賽銭箱の中に投げ入れられる音が聞こえた。
そのあと、ぱんぱん! と手を叩く音。
一度盗った賽銭をもう一度放り込んで拝んでいるのか?
それって、ご利益あるのか?
A65は思わず笑い出しそうになってしまう。
その途端、腹がぐうぅ、と鳴った。気がゆるんだんだろう。
やばっ!
気づかれたか?
慌てて社の裏に身を隠す。
じゃり、じゃり‥‥。と地面の上の小石を踏む音が社を回り込んでくる。
まずい! 気づかれた。逃げなきゃ‥‥。
でも、どこへ?
社を反対側にまわり込んで参道を道に向かって走ることはできる。
しかし、道に駆け出してもし誰かと鉢合わせたら‥‥。それこそ、大騒ぎになるんじゃないか?
迷ったまま動けないでいるうちに、社をまわり込んでやや遠巻きながらこちらを覗き込んだホームレスの男と目が合った。
「「うわっ」」
2人同時に小さく声を上げる。
男の背は低めで髭は伸び放題。髪の毛も油と埃でかぺかぺになって妙な形のヘアスタイルになっている。
目はまんまるに見開かれていたが、そこに驚きはあっても恐怖は読み取れない。
むしろ怯えをたたえているのはA65の方だった。
ホームレスの男は、遠巻きのその位置のままで片手を前に上げて手のひらを上下にひらひらと振った。
「怖がらんでええ。なんもせんで。」
A65はまだ体が動かない。
「驚ぇた。ジンケン博だらちゅーもんを初めて見ただら。」




