24 逃避行
目が覚めると橋桁の下にも朝日が差し込んでいた。
A65は目を細める。
朝日がこんなに眩しいなんて、生まれて初めて知ったような気がする。
起き上がって、キラキラと陽を反射する川面を眺める。まるで小さな光の精が踊っているようにも見えた。
世界がこんなに美しいなんて‥‥。
人でなくなって初めて知った。
なんで、こうなる前に俺はこのことに気づかなかった。
気づいていれば‥‥きっと、こんなことにはなっていなかっただろう。
雀か何かがさえずる声が聞こえ、朝日と反対側の川面にはうっすらと川霧がかかっている。
そこに虹の切れ端が見えた。
川の浅瀬に足の長い鳥が1羽立って水面を眺めている。青鷺だろうか。
夏の朝の河原はまだ暑いというほど気温は上がっておらず、時おりゆるやかに吹く川風が頬に心地よい。
再び衣服を着ることができたことで、A65は人に戻れたような気分になれた。
‥‥が、しばらく風景をぼんやり眺めていると、やがて現実が意識の中に戻ってきた。
今日は、これからどうすればいいのか‥‥?
ある意味、全くの自由だ。
あの青鷺と同じ。
ただ違うのは、A65は人間社会からは危険な害獣と見做されているということだ。川の中の鳥のように「あ、鳥さんがいる」では済まされない。
あの親切なオヤジさんだって、最初はゴルフクラブを持って出てきたのだ。
罰金を払うことになっても世の中のために駆除した方がいい、と考える人間はけっこういるに違いない。
そう考えたら朝の光の中にいることが怖くなり、A65は橋脚の陰の方に移動した。
A65にとって、今や光は恵みではなく危険なのだ。そう認識を改めなくてはならない。
A65は遠くの橋桁の上を陰の中から眺める。
夏の日の出時間だから、まだ5時台なのだろう。車や人の通りも少ないようだった。
今のうちに‥‥
どこへ行く?
人に見つからないところ‥‥
人があまり来そうにないところ‥‥
どこだ? それは。
河川敷の中はあまりいい場所ではないような気がした。
だだっ広すぎて、上から眺められたら隠れる場所があまりない。
橋脚の陰には隠れられるが、だいたい橋は人がよく通る場所だ。スマホを持っていれば警報が鳴るだろう。
そしたら、橋の下を探しにくるやつがいるかもしれない。駆除しようとするやつがくるかもしれない。
昨日1日そういうことにならなかったのは、単に運が良かっただけに違いない。
人が来ない場所。
警報を鳴らさない場所‥‥。
人家から離れた神社とか、小さな森のある場所がいいかもしれない。
それらしい場所が見えないかと、A65は堤防の上に上がってみた。
堤防の上の道路を誰かが走ってくる。ジョギングだろうか。Tシャツにトランクスみたいなものをはいている。
A65は慌ててまた堤防の下へ下り、橋脚の陰に身を潜めた。
高校生くらいの若い男性だったが、A65には気がつかなかったのか、そのまま走り抜けていった。
A65はもう一度そっと堤防の上に上がって、草の陰から道路を眺めてみた。
今度は人影は見えないようだった。
道路の上に立ち上がり、辺りを見回してみる。
住宅地が広がっていたが、少し先に農地が点在した中に倉庫のようなものも見える。
川からさほど離れていないところに低い山が迫っていた。
ああいう山の中に隠れようかとも思ったが、自分が出てきた山で奥の方から聞こえた獣の声が思い出された。
人里に近い方が危なくなくていいかもしれない。
飲める水も必要だし‥‥。公園とかがあるといいんだけど‥‥。
1キロくらい先だろうか。低い山の際のこんもりした森の端に小さな鳥居が見えるところがあった。
神社かな?
大きくなければ、昼間隠れているにはいいかもしれない。
A65はそっちに向かって堤防道路をジョギングしているみたいな風情で走り出した。
ゆっくり歩いていては、どこかの家で警報が鳴るかもしれず、顔の『X』を見られるかもしれない。




