22 選んだ運命
健次は本業の取り立ても厳しくした。
払えないやつは容赦無く売り飛ばすということもやった。人身売買のルートは龍神帮が持っている。
一種の見せしめも兼ねている。
半澤組が独立していた頃は、恩田さんが許すような案件ではなかったが、健次は必死だ。
さすがにこれは組に内緒にはできなかったが、剛田さんも何も言ってこなかったので健次はA61の見てくれと合わせて脅し、厳しく取り立てていった。
どんな状況も、必ず金にする。
そうでなければ、とても上納金が払えない。健次は健次で追い詰められているのだ。
「よう、健。オレが口きいてやるから、いっそのこと龍神帮の準構成員にならねーか?」
いつもヤクを卸してくれる正規の構成員がそんな声をかけてきた。正式に自分の子分にしてやろうということだ。
が、これについては健次は媚びた笑いと共にやんわりと断った。
「俺、喧嘩なんてできませんから‥‥。」
龍神帮の構成員は強い男に限られている。
街の喧嘩で鳴らしてスカウトされたり、リュウジの前で構成員とサシの喧嘩をやってそれなりに無様でない姿を見せられなければ認められない。
挑戦して病院送りになったバカが何人もいたと聞く。
正規の構成員との喧嘩も怖いが、そこまでして下風に立つのも癪にさわった。第一、それは恩田さんへの裏切りにもなる。
親父さんは「いずれ必ず龍神帮を叩きつぶしてやる」と言っていた。
その時になって敵側の下っ端にいるってのは、あまりにもカッコわる過ぎる。
「健は臆病だな。」
そいつが笑う。
「へえ‥‥。」
健次はわざと情けない顔をつくって首だけを前に出した。
そういうストレスを健次はA61で発散している。
この顔に『X』をつけた美人が俺の思い通りになる。そういう部分で健次の崩れそうなプライドはかろうじて保たれていた。
そのA61を連れて、今日も健次は取り立てに回る。
回収率はほぼ100%に近づいてきたが、まだ猶予を乞うやつもいる。
見るからにキツいというのは、健次にもわかっている。
恩田さんなら「待ってやれ」と言うんだろうが、今はその上に龍神帮がいるのだ。上納金を滞ればどんな目にあわされるかわかったもんじゃない。
「ふざけんじゃねぇ。今日が最終日だ。借りた金はきっちり返すのがスジってもんだろうが。」
健次がA61を背に凄んで見せる。
「り‥‥利息に少し上乗せしています。これまではそれで勘弁してくれてたじゃないですか。急に言われても全額は、とても‥‥」
訪問先の女はすがるような目を健次に向けてきた。
その母親にすがりつくようにくっついて、小学生くらいの女児が怯えた顔を向けている。
まあ、気の毒だとは思うよ。だがこっちだって生活かかってんだよ。つーか、下手すりゃ命かかってんだよ。
「これまでは恩田さんの目こぼしがあっただけだ。だが今は俺の上には龍神帮がいるんだよ。龍神帮は恩田さんほど甘くねえ。おめぇの体で払ってもらうよ。」
健次は女の腕をつかんで引っ張った。
「や、やめて! たすけて!」
「おい、A61。おまえはそのガキを捕まえろ。」
「この子は! この子だけは見逃して!」
女が片手で子どもを後ろへ押しやろうとしながら叫ぶ。
「うるせぇ! そういうガキの方が高く売れるんだよ! 龍神帮にはそういう闇店舗もあるっていうしな。」
健次のその言葉を聞いて、それまで懇願一辺倒だった女の形相が変わった。
自分の腕をつかんでいる健次の腕を、逆に抱え込んでくる。
「逃げて! 沙知子! 逃げなさい!」
必死の形相で子どもに叫ぶ。
「捕まえろ! A61! そのガキを捕まえ‥‥カハッ‥‥」
健次が「ろ」まで言う前に、女の顔が真っ赤になった。
なんだ? 何が起こった?
声が出せない。
息ができない。
A61がそれまで見たこともない形相で健次を見ている。
その手には先ほど健次が脅しのために持たせた小さなナイフが握られている。
ナイフは赤く濡れていた。
俺の血?
そう思ったところで、健次の意識は跳んだ。
「逃げろ!」
顔に大きな『X』を刻印された女が叫んだ。
「あたしが狩られている間に、その子を連れて逃げろ! 早く!」




