21 それぞれの矜持
冗談じゃねーぞ。と、健次は思った。
「しばらく耐えてくれ。」
親父さんはそう言って組員全員に頭を下げた。
「今の半澤組ではあのバケモンに立ち向かえるだけの力がない。それができるまで、俺は意地もプライドも捨ててヤツの股をくぐる。」
韓信の股くぐりのことだな——と剛田は思った。
恩田さんでなきゃできねぇことだ。こういう深さと拡さがあるから、俺は恩田さんについていってるんだ。
「いずれ龍神帮を叩きつぶす力を持った組織にする。俺がそうするから、今は耐え忍んでくれ。」
「俺はどこまでも親父さんについていきます。リュウジの靴の裏を舐めろと言われたら舐めます。どうか、最後にヤツと差し違えるのは俺にやらせてください。」
剛田がひざまづいて床に両手をついた。
他の組員も、一斉にそれに倣う。
剛田さんがそこまでするんだ。自分ごときがはねっかえるわけにはいかねぇ。
良くも悪くも、これがこの古臭い半澤組である。
健次も皆に倣って床に手をついた。
‥‥が、腹の中では「冗談じゃねぇ」と思っている。
組の盃事を受けたのは、いい格好できるからだ。
半澤組といやぁ、この界隈でも一目置かれる老舗である。
大きな顔をして街を歩き、いい車に乗って、いい女を抱く。そうなるために、この老舗の門を叩いたのである。
龍神帮みたいなぽっと出に顎で使われるためじゃない。
みんなで親父さんを美化してるが、親父さんはリュウジに恐れをなしただけじゃねーのか?
だからといって、そんな気色をおくびにも出すわけにはいかない。健次は正規の組員としてはいちばん下っ端の部類に入るのだ。
上納金のノルマがキツくなった。
健次の暮らしは一気に貧乏になった。
健次はクスリの売買に手を出した。親父さんは「クスリには手を出すな」と言っていたが、背に腹は変えられない。
自分が使わなきゃいいだろう。親父が心配しているのはそういう事なんだろうから。
健次は自分なりの理屈をつけたが、組には内緒にしておいた。
具体的にはヤクを密売している龍神帮のの組織員の下請けとして、払い下げてもらった薬物をちまちまと売るだけなのだから惨めな立場に違いないのだが、そういう現実には健次は目を背けた。
手数料ということで多少安く卸してもらったヤクを小分けして売るだけだから大した利益はでないが、それでも多少健次の暮らし向きは上向いた。‥‥が。
こんなはずじゃあ、なかった‥‥。
+ + +
「武器の調達はどうなってる?」
半澤組の事務所の1部屋で、恩田と剛田が声をひそめて話している。
「来月の19日には新潟の沖合で受け渡しができます。」
「よくこの短期間で話がついたな。」
「先代の人徳ですよ。」
恩田が短くなったホープを陶器の灰皿の上で揉み消す。
「あまり時間がかかると若い組員の中に不満が溜まる。」
「わかってます。だが、まだ知らせるわけにはいきません。」
実際、恩田は健次や鉄也が妙な動きをしているらしいことは知っていた。
だが今は、そういうことを咎めていてはむしろ組の結束が壊れかねないと思っているのだ。
コトが済んだら厳しく叱ってやろう。あいつら自身の将来のためにならん。
「警察の方はどうなんです?」
「龍神帮の内部情報を流してある。向こうとしちゃ、うちと龍神帮で喧嘩して双方疲弊してくれれば——と思ってたようだが、俺があっさり折れたんで驚いてたよ。」
「なんて言ったんです?」
「良き市民として警察に協力するためだ——と。」
恩田が温厚そうな微笑を見せると、剛田も面白そうに声を立てずに笑った。
「それはまた。」
「引き続き構成員の犯罪要件になるような情報をつかんだら、細大漏らさず俺に報告してくれ。良き市民としての義務を果たさにゃならん。」
「まさか親父さん、俺たちに『良き市民のままでいろ』なんて言うつもりはないですよね?」
「警察は龍神帮をツブそうと考えている。我々は利害が一致している。警察はできる限り構成員を逮捕してA66を丸裸に近づけてから駆除するつもりだ。」
「ヤツを殺すのは、俺にやらせてほしいんですが?」
剛田が初めて殺気をはらんだ目になって恩田を見た。
恩田は相変わらず、温厚な商売人のような表情をしている。
「県警の西田さんには話をつけてある。市民の協力ということでな。だが剛田、死ぬなよ?」




