20 バケモノの誕生
龍次が任されたのは山伝組のシノギの1つ、風俗店の締まりだった。
中学生にそういうものを任せるのはどうかとも思うが、あるいは伝次は龍次が女に溺れるようなやつかどうか試したのかもしれない。
「まあ、今度の集金係さんはかわいい坊やなのね。」
顔見せを兼ねて若い組員2人(といっても龍次よりも年上の18と19だが)を連れて集金にまわっている時、ある店のナンバーワンと言われるマッサージガールが龍次にそんなことを言った。
「ねえ、坊や。ここもなかなか厳しいのよ。少しだけ手心を加えてやってくれないかしら? そしたらお姉さんが坊やにイイことしてあげるわ。」
「女には不自由してねぇ。あいにくだな、ババア。」
女の顔がピクリとひきつった。
「あたしがアンタのお父さんとどういう間柄か聞いてないの、坊や?」
女がそう言った途端、龍次に手首をつかまれた。
「い‥‥痛い! 何すんの!」
龍次はそのまま、もう一方の手で女の小指をつかみ、ぼきり、と反対側へ折る。
「ぎゃっ!」
「初対面だから、これくらいで済ませてやる。それと、俺の名前はボウヤじゃなくて龍次というんだ。覚えとけ。」
「お父さんに言いつけるからね?」
手を押さえてうずくまった女が龍次を睨め上げる。
中学生の龍次は蔑むような目でそれを見下ろした。
翌日、女は店に出てこなかった。
消えたのである。
その店の店長はもちろん、他の店も震え上がった。
伝次さんはご満悦だ——と、組の幹部がのちに龍次に教えてくれた。
龍次が声を出さずに顔だけで笑う。
悪魔の笑いに似ている。
県下有数の進学校でも余裕で受かる——と進路指導の教師に言われたが、龍次はあえて荒れている学校を選んだ。
将来の手下を探そうという魂胆があるのだ。
路上のファイトでも高校生になった龍次の名は知られるようになっていた。
得物を持った相手にも龍次は必ず素手で相手をしたし、相手の武器は龍次にかすることすらなかった。
次第に龍次の周りに半グレの連中が集まるようになり、グループが形成されてゆく。
龍次はそういうやつの中から見込みのある者を抜擢し、NETで募集した使い捨てのバイトを使って警察のたどり着けない荒稼ぎのビジネスモデルを作った。
ビジネスの内容は、特殊詐欺から強盗、密輸や暗殺請負まで多岐にわたる。
龍次が組に納める上納金は跳ね上がるように増えた。
「大したもんだ、龍次。」
親父にそうほめられ、龍次は有頂天になった。
若い、ということだろう。
だが、伝次の心事は違った。
伝次はむしろ、このデキ過ぎる息子を恐れたのである。
こいつはやがて、俺の地位を脅かすのではないか?
伝次は密かに、組の暗殺部隊に龍次の暗殺を命じた。
結果は今では都市伝説のように語られるものになっている。
山伝組の暗殺部隊と目されていた男たち4人が、目を背けたくなるような惨殺体となって発見されたのである。
最初、警察は4人は猛獣に襲われたのではないかと疑ったという。犯人は、少なくとも警察の捜査では分からずじまいだった。
その翌日から龍次の消息は絶えている。
山本伝次も沈黙したままだった。
それから1年ほどした頃だった。関東に「リュウジ」を名乗るバケモノが現れたのは。
ほぼ同時期に、山本伝次が謎の死を遂げている。
+ + +
夜の高速道。
夜行バスのヘッドライトが真っ暗な路面に明かりの楕円を移動させてゆく。
時折すれ違うトラックのヘッドライトがそれに交錯する。
満員とはいえない乗客たちが、うつら、うつら、と眠りこける中、龍次だけが鋭い目をしたまま真っ暗な車窓を眺めている。
時おり通り過ぎる黄色い道路照明以外、景色などは見えない。
龍次の顔だけが映っている。
親父は俺を殺そうとしてきた。
‥‥‥‥‥‥‥‥
なぜだ?
俺は親父に認められていたはずだ。
ふいに、幼い頃の記憶が蘇ってきた。
母親の顔だ。
母親は、なぜ売られた?
はっきりとは形をとらないその顔は、優しく微笑んでいる。
ミルク色の記憶の中のその顔は、何の見返りもなく龍次を全肯定していた。
龍次のもとには多くの女が寄ってきたが、そんな顔には一度も出会ったことはない。女が強い男に寄ってくるのは、生物として強い遺伝子を欲しているからだ。
あの母の顔は‥‥おそらくは幼な過ぎた龍次の中で作られてしまった偽の記憶なのだろう。
龍次は頭を振って、そのミルク色の記憶を追い払った。
その真っ黒な空白に、地獄の魔物がゆっくりと頭をもたげてくる。
龍次は再び真っ暗な車窓に目を移した。
そこに自分の顔が映っている。
俺は、強そうか?
目が鋭く、首や肩の筋肉は鋼のようだ。
確かに、強そうだ。そして、実際に強い。
この身体は、つい先ほど暗殺班の男4人を殺してきた。
そうか。
親父は、俺を恐れたのか‥‥。
老いたな。山本伝次。
今は、逃げる。
単身、山伝組と戦えるだけの組織も持たないからな。
だが、見ているがいい。
いずれ、どちらが本当に強いか。証明してやる。
バスは1匹のバケモノを乗せて、暗い高速を関東へと走り続けた。




