19 男の価値
「ねえ。うちとしちゃあ、悪い扱いにするつもりはないんです。幹部扱いさせていただきますよ。なにしろ半澤組ですからねぇ。」
リュウジが圧力をかけて恩田をひざまずかせたままで言う。
「盃事、もらってもらえませんかぁ?」
中指をつかまれているだけなのに、体全体に力が入らない。
いったいこいつはどんな技を使っているんだ?
「もらってもらえないってんなら、組ツブします。あなたをここに拘束したまま、俺が直に行って子分全員の首を捥いできますよ?」
冗談じゃない!
こんなバケモノと、何もわからないままの子分たちを対峙させるわけにはいかない。
鉄蔵、雄介、パウロ、健次‥‥。先代や俺を頼ってきた、社会に居場所がなかったやつら‥‥。
おまえらの悲しみも怒りも、全部まとめて俺が呑んでやる。
そう思い定めたからこそ六代目を襲名したのだ。
恩田は、折れた。
「さすがは名だたる恩田さんだ。話がわかる。」
そう言ってリュウジは先ほど恩田が手をつけなかったブランデーのグラスを恩田の前に差し出した。
「グラス、持てますか?」
何にも知らねぇんだな。盃事ってのは日本酒でやるもんなんだぜ?
+ + +
「強さこそが男の価値だ。弱い男は俺の子やない。」
武闘派として関西一円で鳴らした山伝組の初代、山本伝次は残忍なことでも知られた男だった。
関西の名門、斉藤会の武闘派で知られる斉藤竜起に見出され、弱冠21歳で傘下の組を持つことを許された。
子は何人もいたようだが、龍次はいちばん遅い子である。
それゆえにかわいがった‥‥訳ではない。
伝次は女に執着しなかった。
だから山伝組では「姐さん」というものが長続きしなかった。
ただ継ぐ者としての男児を欲しがっただけであり、飽きれば子分に払い下げたり売り飛ばしたり、ということも平気でやる男だった。
昨日の「姐さん」が今日は苦海に沈められる。そんなことも幾度かあったという。
龍次の母親もまた、龍次が5歳くらいのころにどこかに売られてしまったらしい。
ただ、龍次は伝次にかわいがられた。
ただし、この場合の「かわいがる」は甘い顔をして溺愛することではない。山伝組の二代目としての期待がかけられる、ということである。
男児は5歳になれば武術全般を叩き込まれ、小学校に上がる頃になると月に1度はやや年上を含む少年たちとの喧嘩をやらされた。
喧嘩を嫌がったり負けてばかりいると後継候補から脱落する。兄弟は跡継ぎレースのライバルであった。
龍次は末っ子だ。
兄たちの中には喧嘩の最中に死んだやつもいたと聞いたが、そんなことで怯む龍次ではなかった。
それは、弱いからだ。——と龍次はせせら笑った。
龍次は小学校の4年生頃からめきめきと頭角を現していった。他の兄弟とは次元の違う強さを見せ始めたのである。
喧嘩相手の不良少年は町で集められた。
勝てば少なからぬ賞金が出る。
賞金に釣られてやってきた喧嘩自慢たちを、龍次はことごとく病院送りにした。
「ほうか、ほうか。龍次は強いか。」
伝次はことのほかご満悦で、賞金だけでなく龍次の欲しがる物をよく買い与えてもくれた。
かわいがられている。
龍次は大得意だった。
俺は親父に認められている。
小学校の6年生になると組のシノギ事業の1つの見習いをさせてもらえるようになり、中学生になるとそのシノギの締まりを任されるまでになった。
「いいか龍次、勉強はちゃんとしておけ。これからのヤクザは頭も良くなくちゃあかんど。」
親父に言われるまでもなく、龍次は頭もきれた。
学校では常に学年トップの成績だった。体育は当然だが、他の学科でも青瓢箪の秀才などを寄せつけもしなかった。
自然‥‥。モテる。
いつも女子生徒の黄色い声に囲まれているが、周りに集まってくる女にも男にも龍次はどこか冷ややかなところがあった。
独り孤高の位置にいるような趣きが、そうして集まってくる者たちにはまた魅力的に映るのだろう。
しかし龍次自身は、すり寄ってくるような他力本願の弱い男には興味がない。
強さこそが男の価値だ——。
「山本くんは運動も勉強もそれだけデキるんだから、望めば将来は何にでもなれると思うよ? スポーツ選手として世界に羽ばたくことだって。」
あるとき、1人の教師がそんなことを言ってきたことがあった。
暗に反社会的な家から出て、日のあたる世界に出てはどうか——と言っているのだろう。
この奇妙な優等生がヤクザの息子であることは、教職員は皆知っていた。
表向き警察の厄介になるようなことはしていないように見えたが、しかし問題児ではあるのだ。
「俺は親父の跡を継ぐんです。先生の親切は覚えておきますよ。」
中学2年生のこの言葉だけで、以後その教師は何も言ってこなくなった。




