18 龍神城
一流ホテルの出来損ないみたいな部屋に、2匹の獣の殺気が満ちる。
それは映像などでは決して伝わらない、そこにいなければ感じられない重圧だ。
先ほど恩田に昏倒させられた男の1人はすでに意識を取り戻したが、その重圧に起き上がることさえできないでいる。まるで重力が2倍にもなったかのようだ。
さらにリュウジが恩田の薬指をつかんだ。
それを外側へ捻じ曲げる。
ボギッ。
さすがの恩田もリュウジの首を絞める力が弱まる。
が、それでも恩田は声すらあげずに、親指を食い込ませてリュウジの喉仏をつぶそうとする。
ここは鍛えようがないだろうが!
「こんなことをしていると、気がついた部下たちに殺されますよ?」
さすがに苦しそうな声で、しかし口だけは笑った形のままで、リュウジがそう言った。
「舐めんな! ヤクザってのは生き様で、死に様なんだ。」
そう言いながらも、恩田は思わざるを得ない。
この状況で、恩田の指を折りながらも首を絞め返しにこない。声が出るのに、配下を呼ぼうともしない。
たしかに、こいつはバケモンだ。
3本目の中指が握られた。
そのまま外側へ捻じ曲げられたところで、ついに恩田の手がリュウジの首から離れた。
リュウジは恩田の中指をつかんだまま、さらに力をかけて恩田を床に押しつぶそうとしてくる。
なんという力だ。
恩田は足で金的を——と思ったが、相手は腿をピッタリと閉じてその隙を与えない。
一見すると内股で女々しいように見えるが、この姿勢で恩田の指を持っただけで肩ごと恩田の体を床に沈めようとするリュウジの筋力は並大抵のものではない。
恩田はじわじわと押しつぶされてゆく。
歯をむき出して勝ち誇るように笑ったリュウジの顔が、恩田の上にのしかかってくる。
ついに片膝をついた。
男として、これほどの屈辱はない。
ケホッ。と一つ咳をしてから、リュウジが力を弛めないまま自由になった声帯で言葉を発した。
「このまま意地を張ってると、組員たちの生首をここに1つずつ転がすことになりますよ?」
恩田は歯を食いしばってリュウジを睨め上げる。
「組長さん一人残ったって、組員が全員死んじゃったら組はおしまいでしょ? もったいないなぁ。歴史のある組なのに‥‥。」
「殺せ! 俺を殺せっ!」
「あなたは殺さない。客人だからね。」
+ + +
「申し訳ありません! 指でもなんでも詰めさせてもらいやす!」
清水とパウロ・フジモリが額を床にすり付けて詫びている。
「その件は後だ。今はオヤジさんをどう救い出すかが、最重要の話だ。」
若頭の剛田が眉間に青筋を立てながらも、静かに言った。
オヤジさんにもしものことがあったら、こいつらは指だけで済ませるわけにはいかん。
「カチ込むなら、先陣を! 真っ先に死にやす!」
清水が頭を床につけたままで叫ぶ。
「ばかやろう! 向こうにオヤジさんが囚われてるんだぞ? そんな一直線のやり方なんかできるか!」
「恥を忍んで警察に頼むってのはどうでしょう? オヤジさんは警察の中にも顔があります。ここは泣きついて警察に踏み込んでもらうってのは‥‥」
「その後の半澤組の名は地に落ちるな。親を拉致られたあげく、警察に泣きついたなど‥‥。」
「それに警察は動きゃしねぇ。言いたかねぇが、オヤジさんを見殺しにしてから殺人罪で一斉に家宅捜索に入るだろうよ。あいつらは龍神帮をツブしたがってるんだ。俺たちぁ、ダシにされるだけだ。」
幹部たちがそんな議論をしている中に‥‥、なんと六代目、恩田虎彦が帰ってきた。両手に包帯を巻き、龍神帮の若い衆が1人付き添っている。
そこにいた幹部全員が、呆気にとられた顔をした。
「オヤっさん!」
「オヤっさん! その手は?」
「今後、半澤組は龍神帮の傘下に入ります。詳しい合意内容は組長さんに聞いてください。」
龍神帮の若い衆は、顔色ひとつ変えずそんなことを言った。
「なんだと?」
「てめぇ、無事に帰れると思ってきたか!」
殺気だった組員たちを、恩田が包帯を巻いた手を上げて制す。
「すまねぇ。そういうことなんだ。」
「え?」
「オヤっさん、どういう‥‥」
龍神帮の若い衆が帰ったあと、恩田は清水とパウロの横の床にひざまずいて手をついた。
「すまねぇ。俺が不甲斐ないばっかりに‥‥。」
「お‥‥オヤっさん!」
「手ぇ上げてください! オヤっさん!」
剛田がひざまずいて恩田の腕をとる。
若い頃、阿修羅(仏の顔を持った鬼)と言われたほどの恩田が拷問ごときで組を売るなんてことは考えられない。
一体何があった?
恩田は横の2人を見やってから、剛田の方に顔を向けた。
「こいつらに責任はねぇ。全ては俺の迂闊さのせいだ。寛大な処置にしてやってくれ。」




