17 龍神城
「いやいや、手荒な真似をして申し訳なかった。招待しても来ていただけないと思ったもんですからね。」
半澤組六代目、恩田の前にいる男は顔に大きな『X』の刺青がある。黒っぽい色のカーゴパンツをはいているが上半身は裸だった。
額には『A666』の文字。
言葉は丁寧だが、恩田を舐めきっている様子がうかがえた。
そうか、龍神城に連れてこられたのか——と恩田は表情を変えることなく思った。
リュウジが人権剥奪者として龍神城に戻ったという話は聞いていた。それにしても‥‥。人権剥奪者は3桁に達するほどいるのか、今?
そう思ってから、恩田はその数字が額の中央からややずれていることに気がついた。
ああ、そうか。あとから6を足して悪魔の数字を気取ったのか——。厨二病か。とも思うが、そういって嗤うにはこの男は危険すぎる。
「気つけにブランデーでもいかがですか? 40年もののいいのがあるんですよ。」
男はゆったりとした動きで戸棚の扉を開けた。
背中の『X』を見せたいのだろう。
街中でいきなり何かを嗅がされて拉致されてきた恩田が、意識を取り戻した時にはこの悪趣味なインテリアで飾られた部屋のソファの上にいた。
手足は拘束されていない。それだけこのリュウジという男には暴力に対する自信があるのだろう。
頭の芯がまだ重い。不覚だった。一緒にいた清水とパウロはどうなっただろう。
「俺の子分はどうした?」
「殺してなんかいませんよ。」
男は破顔する。
『X』の刺青が付いているから笑っても凄絶さがあったが、その後ろの素顔——という目で見てみると意外にも子供っぽさがあった。
そういう観察ができるのは、人間を見抜くことに長けた恩田ならではだろう。
普通の人間ならその破壊力のある刺青だけで、笑顔すら(むしろ笑顔だから)恐怖を持ってしか見られまい。
「ちょっと眠ってはもらいましたがね。ご訪問を歓迎します。」
そう言って男は陶器のビンから、2つの洒落たグラスに琥珀色の液体を注ぐ。
その1つを恩田の前のテーブルに置いて、自分の手に持ったもう1つを目の高さまで掲げてみせた。
恩田の鼻にテーブルの上のブランデーの芳醇な香りが届く。しかし恩田は目の前の男に照準を合わせて目を据えているだけで、手を伸ばしたりはしない。
「六代目の健康を祈って。」
男はもう一度グラスを軽く上げてみせてから、くい、とひと息でその酒を飲み干した。グラスに手も触れずに睨みつけている恩田を、気にも留めていない。
「くつろいでください。あなたは客人です。この城にはいろいろ遊び場所もありますから、この部屋と下の階はどこでも自由に行き来していただいて結構です。滞在期間を楽しんでください。」
「何のつもりだ?」
恩田が低い声で言葉を発した。
「半澤組が我々の傘下に入る前祝いですよ。組長さんにはこの城のサービスを楽しんでもらいたいなぁ。」
「なんだと?」
「半澤組ほどの組が龍神帮の傘下に入るとなれば、他のギャンググループやヤクザ屋さんたちも入りやすくなるでしょう?」
「頭沸いてんのか? 誰が下につくと言った。」
恩田も並の男ではない。バケモノと恐れられるようなリュウジを前にしても、そのドスの効いた声には押し殺された殺気が含まれていた。
「穏便に話を決めてくれれば厚遇します。なにしろ歴史のある半澤組ですからね。」
「俺が脅しに屈するような男だと思っているのか? ヤクザ舐めんじゃねーぞ?」
恩田は立ち上がり、そのまま部屋の出口に向かって歩く。阻止しようとした屈強な若い男2人を、拳だけで一瞬にして床に沈めた。
普段温厚そうな表情をしているこの男の、どこにそんな力が潜んでいたのだろうと思わせる鮮やかさだ。
恩田は倒れた若造の衣服をまさぐり、ベレッタを見つけて取り出すと安全装置を外してリュウジに向けた。
‥‥つもりだった。
しかし、いつそこまで来たのかという素早さで至近距離まで近づいていたリュウジのしなやかな蹴りによって、銃口がリュウジの顔に向く前に銃は空中へと弾き飛ばされていた。
恩田はすかさず素手でリュウジの首を絞めにかかる。
しかし、ぐっとあごを引いたリュウジの首の筋肉は鉄のように硬かった。
その喉仏のあたりに親指を食い込ませるようにして、恩田はリュウジの気道をつぶそうとする。
リュウジはその両手の小指をつかんで、ぐいと外側へ捻じ曲げた。
ボギッ、と嫌な音がして恩田の小指が折れた。
が、恩田の手は弛まない。声ひとつあげない。




