16 半澤組
「親父が拉致られた?」
その一報が健次のもとに入ったのは、いつも通りA61を連れて散歩に行って帰ってきたときだった。
青い顔をして駆け込んできたのは、健次が舎弟扱いしている新入りの良郎だった。
「どういうことだ?」
「よくはわかんねぇっす。今、幹部の方々が集まって対応を協議してるらしいっす。」
「拉致られたって、どこにだ?」
「よくはわかんねぇっす。ロ‥‥」
と言いかけて、良郎の顔に恐怖が浮かんだ。
「ロ‥‥龍神帮らしい‥‥って‥‥剛田さんは‥‥」
龍神帮。
ここ数年で、裏社会に無視できない存在として成長してきた凶暴なギャング団。
そのヘッドのリュウジという男は、関西の山伝組の四代目の息子らしいという噂だった。
山伝組は関西で鳴らした武闘派の組だったが、7年ほど前の四代目の急死と共に急速に勢いが衰え、今は何人かいた息子のうちの1人が五代目を継いでいるはずだった。
リュウジが息子なら、なぜ継がせてもらえなかったのか?
当時まだ幼かったからか。それとも凶暴すぎたからか。
それらの全てが、噂にすぎない。
だいたい、龍神帮のリュウジがその四代目の息子と同一人物なのかも定かでない。
ただ、リュウジは龍神帮の中でも際立って凶暴で危険な男だった。
その神がかった、あるいは悪魔じみた凶暴さに惹かれた者たちの集まりが龍神帮である。
つい数ヶ月前にも、龍神帮と抗争を構えた半グレグループが32人の死傷者を出して壊滅したばかりだ。
そのうち28人をリュウジ1人でやった(18人殺害、10人病院送り)というのだから、常識はずれのバケモノである。
そのリュウジが、人権剥奪者A66として龍神城に戻ってきた。と聞いたのがわずか1週間前のことだ。
健次の所属する半澤組は、初代半澤寛次郎からすでに六代目となる老舗のヤクザ組織だ。
初代寛次郎は、裏の金貸しとして組を興した。
政治家や企業人などに裏の金として高金利で用立てする一方、困窮する庶民には遊びみたいな低金利で当座の金を貸したというから、任侠の人だったのだろう。
そんな初代の興した半澤組も、戦中、戦後と代を重ねてゆくうちに、いつしかずいぶんと変質したヤクザ組織になってはいった。
それも時代というものの為すところではあろう。
そんな半澤組だったが、それでも初代の心意気のようなものはどこかに受け継がれており、それが故に古臭く、時代についてゆけない部分もあり、少しずつ組は小さくなって今日に至っている。
それでも台頭する外国マフィアや新興勢力に呑み込まれてしまうことなく、一定のシマを維持しているのは、六代目が警察の内部に顔が効くからであった。
初代から続く仁義の精神を受け継いだ六代目の人柄も大きいのだろう。
警察としては六代目からもたらされる情報で行き過ぎた反社組織の力を削ぐことができ、利権に群がる有象無象の反社どもにとっては、六代目と誼を結んでおくことで警察のレッドラインがどのへんにあるのかを知ることができる。
「町が平和であることが一番」
それが六代目の口癖のようなものだった。
そんな六代目を白昼堂々と拉致るようなところがあるとすれば‥‥。
たしかに、龍神帮以外にはないだろう。
あそこに関しては六代目も苦い顔をしていたのを健次のような下っ端でも知っている。
「とにかく、全員どこにも行かねぇで待機しろって。健兄ぃに連絡つかないんで走れって言われたんで‥‥。」
良郎はまだ少し肩を上下させながら健次にそう伝えた。
いけねぇ。と健次は慌ててスマホを取り出す。
消音にしたまま忘れていたスマホの画面に通信アプリが「着信あり」の表示を出していた。
健次は慌てて『待機します』と返信を打っておく。
あとでどやされるな、こりゃ。
健次は苦い顔になった。
ふと傍を見ると、A61が不安そうな顔でこちらを見ている。
「なに見てんだ。檻に入れ。」
A61はいつもと違う健次の指示に驚いた表情を見せたが、のろのろと檻に入って膝を抱え込んだ姿勢で隅に座った。健次が扉を閉めるのを待っている。
その姿勢だと、短いワンピースは白い腿の奥を覆うことができていない。
良郎がちらちらと目を泳がせた。
健次は椅子に掛けてあった膝掛けを取り、開いた扉から檻の中に無言で放り込む。
それから肩越しにふり返って良郎を睨みつけた。
良郎が慌てて目をそらす。
「か‥‥カチ込むんでしょうか?」
良郎が少し怯えた目をして健次に聞いた。
龍神帮に殴り込むとしたら、生きて帰れる確率の方が低い。
「わからん。六代目が囚われているとすりゃ、下手なことをすればかえって‥‥」




