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アニマル  作者: Aju


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15/32

15 A65 サトシ

「デザイナーになる。」


 大学受験に失敗したあと、(さとし)は突然そう言って入学試験のない専門学校に入学した。

 しかし‥‥、小中学校と美術の成績は良くなかった聖に絵の才能などはあるはずもなく、すぐに挫折して通わなくなってしまう。

 これまでの自分を否定したいと思うのだろう。

 しかし聖自身、内側から何をしたいという欲求は出てこなかった。

 ただ‥‥、否定。 否定。 否定!


 このころの聖について、のちに近隣住民は「たまに家の中から激昂した怒鳴り声が聞こえた」と証言している。


 専門学校をやめた聖は、バイトや非正規の派遣を転々とした。

 職場では容赦なく「何やってんだ、のろま!」の罵声が飛んでくる。くすくす笑いは小学校のころを聖に思い出させた。

 一流大学に行って一流企業に就職するはずだった人生は、およそかけ離れた場所へと転落したままジリ貧になっていった。


 人とうまく接触できない。

 何もかもうまくいかない。

 正解がわからない。


「いったいどうするつもりなの? 大学を受け直しなさい。お金は出してあげるから。サトちゃんは頭いいんだから!」


「うるさい!」


 母親が嫌いだった。

 自分のことも、どうしようもなく嫌いだった。

 何をやったらいいのか、何がしたいのか、わからなかった。




 21歳になった(さとし)はこの時期ようやく、母親から逃げなければと思うようになった。

 父親はとっくに家に帰って来なくなっていた。


 家を出てボロアパートを借りた。住所は教えなかった。

 これが、正解のはずだ。



 親から独立して初めて持ったスマホで、NET空間へと考えたことや本音を吐き出してみる。

 初めは気持ちよかったが、すぐにその場は荒れていった。

 返ってくるレスには口汚いあざけりが多くなった。

 負けじと聖も(ののし)り返す。

 たいていは聖が論破して勝った。テストの成績だけは良かった聖は、()()だけならそんな連中に負けはしなかった。

 NETの中だけなら、体力も運動能力も関係ない。


 たまに優しい言葉を返してくれるアカウントもあった。


『わかります そのキモチ そうだよね』


『わかります? 世の中バカばっかりだよね。歴史からなんにも学んでないよ。1941年の遠因は1905年に遡るんだよね。』


『あの 私あんまり歴史の知識なくて』


『いいんだよ、あなたは。大事なところがわかってるから、あなたはバカなんかじゃない。』


『Satさんって 博識なんですね わたし物理なんてさっぱりですよ』


『そんな難しくないです。今度手解きしますよ。一度どこかで()()ませんか?』


 そのアカウントからブロックされた。

 何がいけなかったのか、聖にはわからない。


 バイトでかろうじて生活をつなぐ中、孤独を孤独とも感じないままに、やがて聖は自己の表現場所を求めて小説を書き始めた。

 中学の頃、図書館で読んでいたようなものが書いてみたかった。

 書いたものを投稿サイトに投稿し続けたが、さっぱりPVは上がらなかった。


 誰からも必要とされない存在‥‥。


 それでも聖にとって、もはやここ以外に居場所はないように感じられた。

 自分が自分であることを確認できるのは、ここで架空の物語を書いている時だけのように思えた。


 しかし、一方で‥‥

 自分でも自分の書く話がつまらないとわかる。何がいけないのかわからないが、漠然とそれだけはわかる。

 他の人のように豊かな描写ができていない‥‥と、それだけは聖にもわかってしまう。

 自分の書いた小説を読み直してみたら、吐き気がしてしまった‥‥。


 夜でもないのに視野が暗くなってゆく。


 ‥‥‥‥‥‥‥

 やがて、なぜか——について気づきたくない()()が見えてきた。

 それは‥‥人生に豊かな()()がないから‥‥‥


 子供の頃遊んでいない——ということが、こんなところにまで影を落としてくるなんて‥‥。


 それが‥‥、正解。


 自分が書いた小説のアイデアに似たアイデアがコミック化され、アニメ化されてゆくのを眺めているうちに、唯一()()()()()()()()であるアイデアが盗まれているんじゃないかと思うようになった。

「盗作だ」と通報してみたが、無視された。


 書く気力さえ失い始めていた頃、初めて『感想が書かれました』という表示が画面の右上に出て‥‥。

 期待と不安に慄きながら、その表示をクリックしてみる。

 そこに書かれていた感想は‥‥‥


『ヘタクソ 向いてないですねw 』


 ログインもしていない、どこの誰ともわからないやつだった。

 聖の中で、何かが音を立てて切れた。


 わかってんだよ、自分で‥‥。ダメだってことくらい‥‥。


——スマホの文字が意味を失った記号になってゆく。

 

 ありとあらゆる可能性の芽を摘まれてたんだよ、オレは‥‥。


——画面が幾つにも分割され、記号が不規則に並べ変わってゆく。


 勉強して、いい学校行って、いい大学入って、いい友達の人脈作って‥‥?


——記号が時間を超えてサトシの過去へと刺さってゆく。


 そんなこと、できるわけないだろ!


——分解された過去から緑色の血が流れた。


 初めっから間違ってたんだよ。こんな人生‥‥。


 ‥‥‥‥‥‥‥

 もう‥‥、オシマイニシヨウ。



 サトシ 25歳。

 ネットで買った刃渡りの大きなナイフを持って、バイト先の軽トラを盗んで‥‥‥


 大型ショッピングモールを楽しそうに歩いている人たち。

 あたりまえのように人生のカードを与えられた人たち‥‥‥。




 (さとし)はA65になった。



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― 新着の感想 ―
ううう…… 一歩道を間違えれば、俺も…… いや、そんな事はないと思いますが、そう思えちゃうリアリティーを感じました:(;゛゜'ω゜'):
ぎゃぁぁぁぁぁ! これはひどい展開! 何かやらかすと思ってはいたけど、そっち方向に行っちゃったー! 人生のカードを与えられた人たちでも物書きに慣れる人は僅かなのに。ひどい。 今回も大好物のひどいを楽…
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